京都大学

自律的英語ユーザーへの

インタビュー

文字起こし 2022年度






インタビューに応えてくださった方々の所属情報(学年、学科、職位など)はすべてインタビュー時のものです。


総合人間学部(人間・環境学研究科)

森江建斗さん(院生) [文字起こし] 北川裕貴さん(院生)[文字起こし

文学部(文学研究科)

南谷奉良先生(准教授) [文字起こし

教育学部(教育学研究科)

藤本大士さん(学振PD)[文字起こし] 安藤幸先生(講師)[文字起こし

法学部(法学研究科)

準備中

経済学部(経済学研究科)

黒澤隆文先生(教授) [文字起こし

理学部(理学研究科)

瀧川佳孝さん(学部生)[文字起こし]  柳島大輝先生 (助教)[文字起こし] 安留健嗣さん(院生) [文字起こし] 森和俊先生(教授)[ビデオ]  村山陽奈子さん(院生)[文字起こし

医学部(医学研究科)

しばらくお待ちください

薬学部(薬学研究科)

古田晴香さん(院生)[文字起こし

工学部(工学研究科)

立山結衣さん(学部生)[文字起こし]  小見山陽介先生(講師)[概要] [文字起こし] 本多充先生(教授) [文字起こし]  米田奈生さん(院生) [文字起こし]  飛田美和さん(院生)[文字起こし

農学部(農学研究科)

A.K.さん(院生)[文字起こし

立山結衣さん(工学部・2回生)(2022/10/24に日本語でインタビューを実施:約10,500語)

工学部・2回生

立山結衣さん




「もし周りが「英語なんて自分には無理」という人たちばかりでしたら、自分だけ英語に力を入れることも避けていたかもしれません」




インタビュー(日本語)は2022年10月24日にZoomで行われました。

インタビュアーは、英語教育部門 (DELE) の柳瀬でした。





DELE:立山さんは、中3の時に2週間ほどカナダにホームステイした以外は、英語に関しては特別な経験はないと聞いています。しかし、大学入学直後の4月の時に受けたTOEFL ITPは607点と、比較的高い点数を取っています。立山さんは大学入学以前にどのように英語を勉強していましたか?

立山:元々英語がすごく好きで、高校生のころは得意科目でしたが、特に英会話スクールなどにも通ったことはなく、高校の授業と受験対策、あるいは英検対策といった受験勉強としての英語の学習が主でした

DELE:受験対策中心ですとリスニング力が不足する人が多いです。立山さんの場合はどうでしたか。

立山:リスニングも高校までは4技能の中では苦手なほうでした。

DELE:しかしTOEFLのITP607点を取るためには、リスニングもそれなりにできないといけません。高校の授業ではリスニングをよく勉強しましたか。

立山:そうですね。よく学校でリスニングを定期的に授業として行っていたので、それで英語を聴く習慣は身についていったと思います

DELE:習慣は高校3年間を通して徐々についていったものですか。

立山:高校1年生の時はほとんど英語を聴いていませんでしたが、受験が近づくにつれて授業で英語を聴く回数も増えて、だんだん習慣化していきました




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TOEFLのリスニングスピードには衝撃を受けました

DELE:TOEFLを受けたのは大学生になって初めてですか。

立山:はい。

DELE:その時のスピードには驚きましたか、それとも、「こんなものだ」と思いましたか?

立山:正直驚きました。こんなに速いのかと軽く衝撃を受けて、やはり大学レベルにもなるとリスニングもここまで求められるのかと、勉強をもっと頑張ろうという気持ちになりました

DELE:リーディングとストラクチャーはどうだったでしょう。リーディング量に驚く人、それから質、つまり語彙の難しさに驚く人もいます。あるいはストラクチャーの設問に歯が立たない人もいます。立山さんの場合どうでした。

立山:リーディング、ストラクチャーについては時間制限を意識して解いていたので、テスト形式についての戸惑いが大きかったです。読む量や語彙に関してはそこまで驚きはありませんでした




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周りに英語が当たり前にある環境をなるべくつくりたいと心がけていました

DELE:大学一回生の12月にTOEFL ITPをもう一度受けた時には、653点まで上がっていたと伺っています。607点から653点までのレベルに上げるのはそれほど容易なことではないと思うのですが、大学入学以降はどんな勉強をされていたのでしょう。

立山:リーディングとストラクチャーの点数については、1回目に受けた時は分からない単語がそれなりにありました。リーディングに関しては単語の勉強が必要だと思ったので、全学共通科目の英語ライティング-リスニングの教材として使われていた単語帳を主に勉強しました。単語の小テストも英語ライティング-リスニングの授業の中で行われていたので、その小テストに向けての勉強も兼ねつつ、やや重点を置いて単語を勉強していました。リーディングについてはそこの単語で力が少し付いたのかなと思います。

一番大きく変わったのがリスニングです。リスニングについては、受験までに接していた英語と、TOEFLのリスニングや実際のネイティブの英語は、やはりスピードや語彙がかなり違っているなと感じたので、もっと生の英語に触れる必要があるなと感じました

1回生前期の間は、E科目などは特に取っていなくて、大学では英語ライティング-リスニングとリーディングしか英語の講義は取っていなかったのですが、夏休みの期間中にサマープログラムや、英会話テーブルというプログラムが京大から紹介されていたので、そうしたオンラインを活用して海外の学生さんと直接話す機会を積極的に自分から取りにいきました。そこでもっと生の英語に触れる機会を増やして徐々に英語に慣れていきました。

後期に入ってからは、もっとネイティブの方と実際に会話をしたいと思ったのでE科目を履修したり、英語ライティング-リスニングの上級者クラスを履修したりしました。日本人であってもネイティブレベルで英語を話せる友人をつくったりして、周りに英語が当たり前にある環境をなるべくつくりたいと心がけていました




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毎週の単語テスト対策の際にそれまでの復習も行いました

DELE:いくつか質問させてください。まずリーディングで単語力を上げるために共通の単語集を単なるテスト対策以上に力を入れて勉強したとおっしゃっていました。具体的にはどのように勉強しましたか。

立山:テストだと範囲が決まっていて、今週の範囲が終われば次の週はまったく別の範囲に移ります。テストの点数のためにその週の範囲のみを勉強して終わり、ではなく、前回の小テストで習った範囲も含めて少し復習をすることで、一回一回のテストが終わっても習った単語を忘れないように心がけていました。

DELE:例えば第3回目テストの時には、第3回目の範囲を勉強しつつ、第2回目の範囲も復習します。その時、第1回目の範囲にまで戻って全部復習していましたか。

立山:その時々の忙しさなどにもよりましたが、できる限り今まで習った全ての範囲を軽くざっとでも目を通して復習していました




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単語を覚える際には発音をしてそれを録音しました

DELE:発音のチェックはどのようにやりましたか。

立山:発音に関しては、単語を覚える際にもなるべく見たり書いたりするだけではなくて、自分で実際に発音して読みながら覚えることを意識していました。しかしチェックすることに関しては、1回生前期も後期も発音を他の友人と相互チェックするようなことはしていません。ただ、時間がある時には自分のスマホに単語の音読を録音して、後で聞き返していました

DELE:立山さんは発音記号を見たら、それをすぐに音に転換できますか。

立山:はい、発音記号は読めます。高校時代に習いました

DELE:スマホに音読するのはそのまま録音するのですか。それともAIを使って英語として音声認識させていたのですか。

立山:前者です。単純に音として録音をしていました。




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単語を例文で覚えるとストーリーとして記憶できます

DELE:単語を覚える際に、訳語や定義部分だけ覚えればいいという人とフレーズやセンテンスのレベルで覚える人がいますが、立山さんのストラテジーはどんなものですか。

立山:私は高校生の時の受験勉強の経験から、自分にとっては例文ごと覚えて、その例文の意味から一つ一つの単語の意味を連想してだんだん自分に覚えさせていく」ほうが覚えやすいと分かっていました。ですから、京大の単語集についても例文も含めて一緒に音読して例文ごと覚えるようにしていました。

DELE:単語を例文ごと覚えることを勧める英語の先生は多いのですが、多くの学生さんは「そんなのしんどいだけだ」と考えているようです。そういった人たちに例文ごと覚えることのメリットの説明をできますか。

立山:メリットは、例文で覚えるほうがストーリーとして頭の中に入ってくることです。単語の意味ですと、かなり抽象的なイメージになるかと思うのですが、例文で覚えると、状況が意味として頭の中にインプットされます。そのほうが記憶に残りやすいと思います。

DELE:例文にもよるかと思いますが、例文の状況が頭の中に絵として浮かぶこととかはありますか。

立山:はい、あります。

DELE:逐語訳暗記タイプの人が単語を思い出す時には、しばしば目が上を向きます。でも立山さんの場合はそのようにはならず、いろんなイメージと共に単語を思い出せるわけですね。

立山:はい。




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YouTubeもPodcastもかなりいろいろなジャンルのものを聴いています

DELE:今度は、リスニングについてお伺いします。生の英語を聞くことが必要だとのことでした。オンラインのリスニング教材であるGORILLAはどのように活用しましたか。

立山:私は、GORILLAは実は単語集など他の教材に比べるとあまり力を入れていませんでした。というのも、同じ教材を何度も聴くことは確かに重要だと思うのですが、私の場合GORILLAのように内容にストーリーがあるものだと、一度聴いた後にそのストーリーでどうしても聴いてしまいます。ですから内容だけを理解して、リスニングでほんとに鍛えたい英語の発音を正確に聞き取ることがあまりできていない感覚がありました。なので、GORILLAは課題として、そして小テストに向けての軽い復習として聞くくらいでした。多く英語を聴くという意味では、YouTubeやPodcastでいろんなものを次々に聴くようにしていました

DELE:いろんなものというのは興味本位で聞く対象を広げていったということでしょうか。

立山:そうですね。

DELE:それではアカデミックなものも身近な話題も聞く、あるいは英会話教材としてつくられたものも、学習用でないものも聞くといったところでしょうか。

立山:YouTubeもPodcastもかなりいろいろなジャンルのものを聴いています。英会話教材として配信されている方のPodcastを聴いたりもしましたし、あとは自分の趣味として、私の場合は音楽が結構好きなので洋楽を気分転換に聞きました。海外の日常生活を投稿していらっしゃる方もいるので、そういったサイトで普段ネイティブがどのように英語を使っているのかも聞きました。TED Talksなどのアカデミックなサイトも少し聴いていました。




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趣味のYouTubeと英会話教材のpodcastの両方を聞きました

DELE:スケジュールとして一日何分聴くことなどを設定していましたか?それとも気が向くままに聞いていましたか?

立山:特に目標やスケジュールは決めていませんでした。ただ、YouTubeは趣味のトピックに関するチャンネルが多かったので、勉強というよりは気が向いた時に、空いた時間に視聴するという感じでした。Podcastの英会話教材は、目が覚めたらスマホでそのPodcastをつけて、朝の準備をしながら聞き流すというように、そこだけは習慣づけしていました

DELE:動画で英語を聞く時には字幕は使いましたか?YouTubeの英語字幕、あるいは英語書き起こしや日本語翻訳がつくTED Talksの利用法はどんなものでしたか。

立山:YouTubeは、字幕が元々ついていなかったり自動生成されても不確かなものもあったりしたので、あまり字幕は使っていませんでした

DELE:立山さんの場合、YouTubeのリスニングでも対応できるレベルだったからこそ、どんどん聞く対象を増やせたのかとも思います。しかしそのレベルに達していない学生さんもかなりいます。これは本来、英語教師の仕事なのですが、そういった学生さんのために何かご助言いただけますか(笑)。



All or nothing




英語について0か1で考えることを止めてはどうでしょうか

立山:京大生に限らず、日本人全体として、英語について0か1で考えているように思えます。例えばYouTubeは人気があるのでコンテンツとしてはジャンルも広くて、おそらくほとんどの人が自分の見たいものを英語のYouTubeチャンネルで見つけ出すことができると思います。

それなのに英語で見ることをためらうのは、「英語を理解できなかったらどうしよう」「完璧に内容を理解しないといけない」といった思い込みがあるからではないでしょうか。しかし、私自身がYouTubeを英語で見ている時は、実は内容を半分も理解できていない時もあります。特にTED Talksですと内容が高度なものも多いので、もうほとんど意味が分からないことすらあります。そういった内容は、おそらく日本語で聴いても分からないのでしょうが・・・。

それでも、動画なので、何となく意味が伝わってきたり、ぼんやりと「こういうことかな」と理解はできたりもします。ですから、私は「英語をしっかり聴くぞ、理解するぞ」よりも、「英語は聞き取れたら、よくやったものだ」くらいの感覚で、純粋に楽しむ気持ちでYouTubeを見ています。他の方も、あまり英語の勉強だと思って気を張り過ぎずに見るといいのかなと思います。

DELE:今のご意見から、英語教師は多くを学べると思います。英語教師は、すぐにリスニング題材を教材として扱い、チェックテストで評価します。細部をきちんと聞き取れているかを確かめようとします。しかし実際に英語を聴く力をつけた人の多くは、「大体たぶんこんなことを言っているのだろう・・・」といった経験を積み重ねてだんだん聴けるようになったわけです。合格か不合格かといったハードルを設定することなく、「ちょっと聴いてみようか」というように興味本位で英語リスニングの経験を積んでいくことが王道のように思えます。




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とはいえスピーキングでは自分も最初は0か1の発想に陥っていました

DELE:今度はスピーキングのことについて話を聞かせてください。立山さんはサマープログラムに参加しましたが、その時の様子はどうでした。

立山:スピーキングについては、私自身が先ほど私が自分で言った0か1かという思考法に陥っていました。最初は、完璧に話さないといけないという思い込みから、書き言葉のような作文を頭の中で一度完成させてから話さないといけないと信じていました。ですから正直に申しあげると、あまりしゃべれませんでした。海外の学生さんが話していることを聞くばかりで、自分から何か言いたいことはあるのですが、英語にすぐ変換できなかったり、英語の間違いに対する不安が強かったりして、話せず、すごく歯がゆい思いをしました

しかし、サマープログラム中のある出来事で、その思い込みが大きく変わりました。私はILASのサポーターとしてディスカッションセッションのファシリテーターの役目を務めさせていただきました。その際にご一緒に担当したファシリテーターに、京大生の修士の方がいらっしゃいました。その方は海外への留学経験なども豊富にある方で、私が海外に興味があって留学もしたいことをお伝えした時に、いろいろとアドバイスを下さいました。




Perfectionism




文法的な完璧さよりも、しゃべりたいという気もちを優先させる

アドバイスの中で一番大きく響いたのが怖がらずに発言すること、間違いを恐れないほうが良いということでした。その方自身の経験なのですが、学部生時代にE科目で講義を英語でかなり受けられていて、英語の間違いは取りあえず気にせずにとにかく発言していたそうです。何かをしゃべりたいと思ったら、先生に対しても学生に対しても、日本語でも英語でも変わらないように取りあえず発言をするようにしていたそうです。

伝わらない時もやはりあったそうです。原因を分析してみたら、自分が使った英単語を辞書で調べたら、実は自分が考えていた意味は実際の単語の意味と大きく違っていたこともあったそうです。もちろんその時に恥ずかしさや悔しさを覚えたそうですが、逆にそういった思いこそが最大の勉強への意欲になったそうです。そういった間違いは、テストで単語を間違ったのとは違うものです。そのような悔しさの価値を踏まえた上で、その方は「とにかく間違えてもいいから発言することだ」とおっしゃっていました。

DELE:よく英語教師は、 “Don’t be afraid of making mistakes.” などと授業中に言いますが、学習者にそのメッセージが届かないこともしばしばです。しかし立山さんにそのメッセージが伝わったのは、実際の経験をくぐり抜けた先輩の発言だったことも大きいのではないかと思います。

また、E3科目やサマープログラムには本当に伝えたい大切な内容があります。学校の英語の授業の多くは言語形式の訓練を重視し、内容が二の次になっているのとは対照的です。実際のコミュニケーションでの発言は、「私はこれについてはこう思う」と内容にフォーカスしたものです。理解してもらいたいという気持ちが先行しています。先ほどの立山さんのリスニングがむしろ言語の形式よりも内容にフォーカスしていたのと同じように、スピーキングでも内容にフォーカスしながら発言することが大切だと思いながらお話を聞いていました。そのように理解してよろしいでしょうか。

立山:はい、とても丁寧にまとめていただいてありがとうございます。




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スピーキングで苦労した経験が逆によいモチベーションになりました

DELE:立山さんは、後期ではE科目を取ったり、英語ライティング-リスニングの上級クラスも取ったりしました。これらの経験についてお話しいただけますか。

立山:E科目の講義はもちろんすべて英語で行われていました。教材、提出課題、リポート課題、プレゼンテーション、チームでの口頭発表など、ほとんど英語漬けでした。特にプレゼンテーションの質疑応答の時は、結構発言をする機会がありました。他の学生さんのプレゼンに対して「質問はないか」と先生が呼びかけられた時に、先ほどお話しした先輩のお話を聞いて、取りあえずしゃべりました。以前はそんな機会ではためらっていたのですが、「内容を伝えたいのだからここで英語を気にして発言しないのはもったいない」と思って発言しました

とはいえ、やはりしゃべるとすごく緊張してことばが出てこなくなったり、とても時間がかかったりしました。でも先生方もゆっくり待って意味をくみ取ってくださったので、何とか意見を伝えることができました。そうした経験がすごく自分の中では大きくて、「これからも話そう」というモチベーションになりました

DELE:思い切って積極的に発言すると、当然頭が真っ白になったりすることもありますが、実は長い目で見るとそれも自分の財産になっているということですね。

立山:はい。




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実は私も周りの目をかなり気にしてしまいます

DELE:周りの学生さんの反応はどうでしたか。「この人、よくしゃべるなぁ。勇気あるわ」といった批判的な目で見られましたか。それとも皆さんそれなりに発言していましたか。そもそも立山さんは、周りの目を気にするほうですか。

立山:はい、私も周りの目をかなり気にしてしまいます

DELE:最初に発言するには勇気が必要かと思います。周りからよくしゃべる人だと認識されている人が挙手するのと、そうでない人が手を挙げることはずいぶん違うはずです。周りの目を気にしていた立山さんのことをもうちょっとお話しいただけますか。

立山:実を言うと、そのプレゼンの質疑応答の時も、私は最初に手を挙げる人ではありませんでした。受講生の半数くらいが海外からの留学生の学生さんで、英語力がネイティブなみの方がかなりいらっしゃいまして、そういった方々がまず積極的に発言をしていました。私はどちらかというとフォロワーといいますか、そういう方々が発言した後に若干質問しやすい空気になってからやっと手を挙げるというタイプでした。そういった意味ではあまり積極的ではなかったかもしれません

DELE:それでも日本人学生の中では割に最初に発言したわけですね。

立山:そうです。

DELE:ライティング-リスニングの上級クラスの雰囲気はどうでしたか。

立山:ライティング-リスニングの上級者クラスも留学生の方が半数以上を占めていて、国ごとにまとまっている感じもありました。ですが、日本人も何名かいましたので、その日本人同士で最初に仲良くなりました。また、日本人同士でのグループの中に一人だけ海外の留学生も一緒になって仲良くしていたので、周りの日本人もグループの中で自然と英語を使う時がありました。私もその流れに乗って英語を使うようにもしました




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周りが英語に興味をもっていない人ばかりだったら、私もこれほど英語を学んでいなかったかもしれません

DELE:このインタビューシリーズでは、しゃべれないというネガティブな経験がモチベーションになるということと、および仲間や同年代の人からの影響がとても大きいという話をよく聞きます。立山さんの場合も、英語を使っている先輩やクラスメートを知ることによってモチベーションを得たのでしょうか。

立山:はい、そこはとても自分の中で大きいと思っています。先ほど申したように、私は結構周りを気にしやすく、周りに合わせてしまいます。周りと同調したいという気持ちが強いので、もし周りが「英語なんて自分には無理」とか「英語は別にいらない」という人たちばかりでしたら、自分だけ英語に力を入れることも避けていたかなと思います。私は、たまたまそうした先輩や仲間に恵まれていたので、こうして英語に対するモチベーションも高く保つことができて幸せだなと思います。

DELE:自分の性格を大きく変えることはできません。私は立山さんのお話を「もし自分が周りに同調するタイプだったら、その周りを選び、違うコミュニティーに行けばよい」と理解しました。現在は工学部の2回生ですが、どのように英語に接していますか?今、後期の授業が始まっていますが、もうE科目などの英語での講義は忙しくて受講していないのでしょうか。




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使い続けないと英語能力はすぐに落ちてしまいます

立山:今期は専門科目が増えているので、なかなかE科目を取ることができなくて、授業としては英語にほとんど触れていません。ただ、英語は使い続けないとかなり能力が落ちてしまうなと感じているので、英語を聴く・読む・書くことは続けようと思っています。話すことも続けたいのですが、サマープログラムなどの機会がないとなかなか難しいです。

具体的に言いますと、PodcastやYouTubeを聴くことは続けていますし、パソコンやスマートフォンの言語設定を英語に変えてずっと英語に触れるようにしています。1回生後期あたりからだったと思うのですが、だんだん勉強しているうちに英語が楽しくなってきて、英語にずっと触れていたいと思うようになりました。あとは、時々メモを取ったり日記をつけたりする時にも、英語をなるべく使うようにはしています

またこれまではYouTubeやPodcastのインターネット上のコンテンツは聴くばかりだったのですが、最近は英語のニュースや雑誌の記事を読むようにはしています




To-do list




「これを英語ならどう表現するのだろう」とよく考えます

DELE:メモは例えば “Get some milk” といった生活上のものですか。授業のメモやノートも英語で取ることはしていますか。

立山:回数として多いのは前者の買い物リストやTo-doリストを英語で作ることです。ただ、自分ができそうだなと思った時は、英語で講義ノートを取ったりはしています

DELE:日記はよく書きますか。

立山:最近は少し生活リズムの変化もあって止めてしまっていますが、1回生の春休みごろは比較的時間もあったので、ゆっくり英語で日記を書いていました

DELE:ぼんやりと考え事をする時の言語を英語に変える人もいますが、立山さんはどうですか。

立山:私の場合は、自分の思考を意識的に英語にするというよりは、日常的に目の前にあるものや情景を、もし英語で説明するとしたらどうなるかなと考えたりします。するとやっぱり知らない単語が結構多いことに気がつきます。私は食べることが好きなので料理や食材の名前を日本語の日記に書いたりしていましたが、そうした時にふと「これは英語で何と言うのだろう」と思うと、分からない単語だらけでした。英語表現を考えて調べているうちに、だんだんと買い物していても「この食材は英語で何と言うのだろう」と、ふと英語に変換するような癖はつきました

DELE:今、「意識としてのバイリンガル」という新しい用語を思いつきました。通常、「バイリンガル」といえば能力についての表現ですが、立山さんにはバイリンガルとしての意識が芽生えてきているようにも思えます。常に「英語だったらどうなるのだろう」や「ちょっと英語で読んでみよう」などと思っているのでしょうか。ご自身は、自分がバイリンガルになりつつあると認識していますか?

立山:自分の中で英語と日本語の能力だけではない部分について少し意識するところはあります。よく他の英語学習者の方もおっしゃることですが、英語でしゃべっている時のほうがちょっと言い方が直接的になったりします。日本語の時はもっと婉曲的に察してもらえるように言葉を選びます。使う言語によって、思考が自分の中で少し変わることは感じています




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言語学習の楽しさは、自分の思考が言語に合わせて少し変わり、違う見方ができるようになることです

DELE:全くそのとおりだと思います。次の質問に移らせてください。英語を使うことのメリットあるいは楽しさとは何でしょう。

立山:英語に限らず他の言語でもそうですが、言語学習で私が好きなところは、さっき申したように意識というか頭の中の思考が少し言語に合わせて変わり、違う見方ができるようになることです

例えば英語を直訳すると奇妙な日本語になる文章はかなり多いと思います。英語に慣れる前までは、それは定型文というか慣用句だとしか考えていませんでした。ですが、だんだん英語に慣れてくると、この表現が日常的に使われているのは英語のリズムの特徴なのではないかなどと思うようになりました

DELE:それはすごいですね。リズムの違いを体得する人はいますが、リズムと表現、あるいはリズムと思考というレベルで考え始める人はなかなかいないと思います。ちなみに他の外国語を学ぶことも好きですか?

立山:はい、そうですね。




Rhythm




たとえ内容が理解できなくても英語に触れてみると、そこから興味が出てきますし、慣れてもきます

DELE:第二外国語は何を勉強しましたか。

立山:京大の第二外国語ではロシア語を履修しました

DELE:「京大の第二外国語では」ということは、それ以外にも何か勉強したわけですか。

立山:体得するレベルには至っておらず、いくつか単語を知っているという程度ですが、中学生の時に中国語とドイツ語に興味をもち少し勉強しました。今はタイに興味があるのでタイ語を勉強しようかなと考えています

DELE:素晴らしいですね。外国語への興味は、音への興味ですか、それとも文化への興味ですか。

立山:文化です。私は異文化や国際交流にもかなり興味があり、旅番組で外国の様子を知ることがすごく好きです。そういったきっかけから国や文化に興味をいだき、そこから言語に入っていきます

DELE:理系の専門に加えて、そのようなセンスも兼ね備えているのは、私からすると本当にうらやましいです。最後に、他の学部生に伝えておきたいことをお聞かせ願えますか。

立山:「英語学習」と言ってしまうと、「つらくて苦しいもの」「頑張らないといけないもの」というイメージにつながってしまうと思います。しかし英語はあくまでもコミュニケーションツールです。あまり気を張らずに、洋楽を聴いたり、映画を見たり、漫画を読んだりするだけでも勉強になります。自分の好きなことを日本語から英語に変えることだけでも勉強です。たとえ内容が理解できなくても英語に触れてみると、そこから興味が出てきますし、慣れてもきます。まずは、気を張り過ぎないことが英語を身につける上で一つ重要なことなのではないかと思います

DELE:英語教師としてもとてもためになる話でした。貴重なお話をありがとうございました。




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インタビューを終えて



DELE

英語教師としても、とても勉強になるインタビューでした。人間は社会的動物です。周りの人々から大きく影響を受けます。そうなると「自分もこうありたい」と思える人たちが集う場所を求めることが重要です。人間は憧れる人の言動から多くを学ぶものです。

また、人間は環境からも強い影響を受けます。スマホやパソコンの言語設定を英語にし、英語でメモを取り、英語YouTubeを気楽に聞いて気分転換をはかるといった立山さんの環境づくりはとても参考になります。

さらに、英語を1か0 (all or nothing) で考えないということも大切です。「完全な英語が話せない自分は駄目だ」と思い込むのではなく、少しでも英語に触れていれば、その音やリズムからも、メッセージの内容からも、何か新しいものが自分の中に流れてきます。そこから慣れも興味も出てきます。「まずは、気を張り過ぎないこと」という立山さんの助言は皆さんにとっても響くのではないでしょうか。

貴重な知見を伝えてくれた立山さんに心から感謝します。




立山

今回は英語学習者に向けた学習方法のインタビューという貴重な発信の機会を頂き、光栄に思います。私自身、英語の学習についてはまだまだ発展途中、という認識でいます。英語を使えるようになればなるほど、読める文章、聴ける会話も増えていきます。これは未知の世界を切り開いていくようでとても楽しいのと同時に、自分が知らない単語や句法に多く出逢うことでもあります。そうしたときに私は英語学習の楽しさを強く感じます。

インタビューでも触れましたが、言語学習は単に理解できる言葉が増えるというだけではなく、その言葉のリズム、ひいては異文化の感性を自分の中に取り入れられるというところが魅力だと思っています。私と同じく英語を学習している皆さんにはぜひ、英語を「勉強する」教科ではなく、新しい世界に触れるための入り口として学ぶ楽しさに気づいてもらえたら嬉しいです。




藤本大士さん(教育学研究科・学振PD)(2022/9/13に日本語でインタビュー:約9,400語)

教育学研究科・学振PD

藤本大士さん



留学は、時期が遅いと思っても、行きたいと思った時に行って、その時にしっかり頑張って勉強すれば良いと思います



インタビュー(日本語)は2022年9月13日にZoomで行われました。

インタビュアーは、英語教育部門(DELE)の柳瀬でした。




DELE:簡単な自己紹介をして、そして現在どのように英語を使ってらっしゃるか、教えていただけますか。

藤本:藤本大士といいます。今は教育学研究科でポスドク(日本学術振興会特別研究員PD)をしています。専門は近代日本の医学史で、博士論文ではアメリカ人の医療宣教師に注目して分析し、昨年『医学とキリスト教——日本におけるアメリカ・プロテスタントの医療宣教』という本を出版しました。

私の場合は、アメリカ人の宣教師のことを主に研究しているので、資料の多くはアメリカにあります。そのため、資料調査も兼ねて何度か留学をおこない、英語の資料の分析を進めて、国際学会で発表をおこなってきました。日本語で博士論文を書いている最中に、いくつか英語で論文を書き進めていましたが、それらが出版されたのは私が博士号を取った後でした。

留学時は、まずは英語の資料の分析を進めつつ、英語で学会発表するために英語のスピーキングの力なども培いながら、英語で論文を書くためにライティングの勉強をしているという段階でした。


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ライティングセンターでフィードバックをもらいながら、毎週、継続して書き続けることでライティング力が上がりました

DELE:アメリカではどのようにライティングの勉強をしていましたか。

藤本:森江さんも同様のことを話されていましたが、私自身、ライティング能力がかなり上がったと思ったのは、D2でイエール大学に留学している時でした。毎週のようにライティングセンターに通い、自分が日本語で書いた修士論文を少しずつ英語にして毎週講師の方(主に大学院生の方でした)に見てもらい、フィードバックを受けていました。そういったことを1年間ずっと続けていたのが大きかったと思います。

DELE:ライティングセンターは京都大学にはありませんが、ライティングセンターで実力が上がったという方の話は多く聞きます。確かに、添削を受けることは非常に大切ですね。

藤本:そうですね。フィードバックをもらうことと、毎週、継続して書き続けることはとくに大事だと思います

DELE:あるアメリカの大学のライティングセンターの講師がセミナーで、いいことを教えてあげるから、今日はこれだけは覚えてくれと言いました。それは「本を書く秘訣は、毎日15分だけは必ず書くことだ」ということでした。

藤本:私もその考えには賛成です。

DELE:私は最初、15分ぐらいで何ができるだろうと思ったのですが、その方が言うには、4~5時間の集中した時間を取ることはなかなかできないが、毎日最低15分だけ書くことはできるはずだ。毎日書いていれば、その本についてずっと考え続けることになり、15分の執筆でも質が高くなるから、毎日書き続けなさいというのが助言でした。また、実際に15分や30分といった短い時間を確保して書きますと、かなり集中して思考し執筆することができます。だらだらしている暇がありませんから。

藤本:そうですね。日本語でも英語でも論文を書く時は継続することが大事だと思います。私も先輩から同じことをアドバイスされたこともあるので、その点はこれまでずっと意識してきました。もちろん、書けなかった日もありますが、意識するようにはしていました。また、私自身はちょっとずつやっていくタイプなので、このような論文の進め方が自分の性格に合っていると思います。



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大学院に入った前後ぐらいから、英語を使っての学会発表や論文執筆は、何となく意識していました

DELE:日本語で博士論文を書きながら、国際学会で発表したい、英語論文を公刊したいという希望が出てきたわけですが、そのあたりの経緯を教えていただけますか?

藤本:私が大学院に入った前後ぐらいから、英語での学会発表や論文執筆を何となく意識するようになっていました。英語を使うことに関して一番大きな影響を受けたのは、今は東京大学にいらっしゃいますが、当時慶應義塾大学で教えられていた鈴木晃仁先生です。鈴木先生の専門は医学史です。私は早稲田大学を卒業したあと、大学院進学を希望していたのですが、どの大学で、どの先生のところで学ぶかを少し決めかねており、1年間大学院浪人している時期がありました。その際に鈴木先生の慶應の授業を聴講させていただく機会を得ました。

鈴木先生の授業では、ほとんどの課題文献が英語の論文でした。先生ご自身がイギリスで博士号を取得されたこともあり、国際的な研究者を育てるという意識があったのだと思います。英語でディスカッションしたり、論文の要点を英語でまとめる練習などがありました。加えて、鈴木先生は医学史家として国際的にも有名な方ですので、アメリカなどの海外から大学院生やポスドクを多く受け入れており、英語でのコミュニケーションが盛んにおこなわれていました。英語を使うことに対する意識は、この時に生まれたと思います。

その後、大学院は結局鈴木先生の下ではなく、東京大学の科学史・科学哲学研究室を選びました。指導教官の岡本拓司先生をはじめ、周囲のサポートのおかげで、2019年に何とか博士課程を修了することができました。大学院の授業では、英語の論文がしばしば課題文献として指定されました。また、研究室の先輩の中には英語で論文を書いている人もいました。英語だけでなく、フランス語、ドイツ語、ロシア語などを使っている人もおり、複数言語で研究を進めていくことが意識されるような環境でした。自分が研究対象としている地域に留学して、その国のことばを覚えるのは、先輩がよくやっていたことでしたので、そのような姿を見て、自分もそうしたいと考えるようになりました。博士論文のテーマをアメリカ人の医療宣教師にしたこともあり、アメリカに留学したいと思うようになりました。



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本格的な留学は、博士課程2年目の1年間の留学が初めてでした

DELE:大学院での渡米の主目的は、資料調査のためだったわけですね。

藤本:そうですね。主たる理由はそうですが、アメリカでの科学史や医学史の議論がどうなっているかもも知りたくて、留学という形で渡米しました。鈴木先生や、研究室の先生や先輩の影響もありました。また、東大でアメリカ史を専攻する大学院生の中に、アメリカの大学院に進学しようとしていた方もいたので、そういった方からも大いに刺激を受けました。

DELE:それが初めての留学ですか。

藤本:正確に言えば、18歳の時に1回、アメリカに語学留学をしたことがありますが、それは6週間ほどの短期留学でした。本格的な留学は、その博士課程2年目の留学が初めてで、1年間イェール大学に滞在しました

DELE:D2で行って、専門的な内容を研究する留学の苦労はありましたか。

藤本: D2で初めての長期留学というのは、周りと比べるとやや遅いと言えるかもしれません。留学先では、当初、研究文化や授業スタイルの違いなどに戸惑うことも多かったです。しかし、イェール大学には日本史・日本研究専攻の大学院生も多く、彼らがいつも優しくサポートしてくれました。規模もそれほど大きくなかったので、アットホームな感じで、私が拙い英語をしゃべっていても、寛容な雰囲気の中で勉強を進めることができました。


speak and listen



幸いなことに18歳の短期留学の時に、スピーキングとリスニングの壁に先にぶつかっていました

DELE:よく、留学された方は、現地のリスニングは難しかったとか、思ったほど自分はしゃべれなかったとか、あるいは読む文献の量が桁違いに多かったといったご苦労を語られます。藤本さんの場合は、言語よりも文化の違いに戸惑ったわけですか。

藤本:そうですね。今挙げられた壁には私も全て直面しました。日本では一般的な英語の訓練しか受けていなかったので、スピーキングとリスニングの能力はほとんどなかったと言えます。しかし、幸いなことに18歳の短期留学で、その壁に先にぶつかることができていました

高校時代までは比較的英語の成績は良かったのですが、アメリカに初めて短期留学した時に、自分の英語が通じず、相手が言っていることもわからないことが多かったです。自分の学んだ英語の能力では全然駄目だなと思い、日本に帰ってからしっかりやらなくてはという気持ちが強まりました。リスニングやスピーキングも、日本にいる間でもできることはあると考え、勉強を続けました。そういった意味では、スピーキングとリスニングについては、18歳の時の経験が大きかったと思います。

大学院留学での課題量の多さは、まさにそのとおりで、1つの授業で毎週1冊が課題文献として指定されました。授業を2~3個取っていたので、ついていくのが本当に大変でした。しかし、途中からいい意味で手の抜き方を覚えました。ポイントになる箇所を重点的に読むとか、自分がディスカッションの時に話すトピックの部分を重点的に読むとか、授業のディスカッションに参加するために最適化した読み方をするようになりました。それが良いのか悪いのかはひとまずおいておき、アメリカの大学院生もそういったやり方をしているとも聞いたことがあるので、徐々に向こうのやり方に慣れていったのかなと思います。



In English



普段日本語で考えていることについても、こういった状況だったら英語で何と言うのだろうと考えました

DELE:帰国してリスニングやスピーキングも日本でできることがあると考えたとおっしゃいましたけど、具体的にはどういう勉強をなさったのですか。

藤本:勉強と言っていいのか分からないのですが、音楽でも映画でも何でも、意識的に聞こうとしました。多少は教科書的なリスニングもしましたが、むしろスピーキングを重視しました。

スピーキングはやはりスピードが大切で、相手がしゃべってきたらすぐに返さなくてはいけません。そのため、普段日本語で考えていることを英語では何と言うのだろうと考え、自分に対して話す練習をしていました。もちろん英語特有の言い回しはあるのでしょうが、少なくとも文法的に意味が伝わる表現とか、文法的に少し間違っていてもある程度意味が通じる表現を、反射的に出せるようにしようとしました。あとは、海外旅行が好きだったので、旅行先ではできるだけ色々な人と英語でしゃべろうとしました。自分のしゃべった英語が海外の人に伝わるという体験はやはり嬉しいですし、それが相乗効果になり、頑張って英語をしゃべったりするようになり、しゃべることに対するためらいも減っていったと思います



Study hard



学部時代に留学はしませんでしたが、それは単純に、大学の授業が楽しかったからです

DELE:海外旅行に行かれた経験を除きますと、1人で行う訓練が多いような気がします。旅行以外で、特に他人と英語で会話をすることなどはされなかったわけですか。

藤本:確かに言われてみれば、18歳の時にアメリカに6週間留学して、大学時代は絶対に1年は留学しようという気持ちにはなっていたはずなのですが、学部時代に留学はしませんでした。それは単純に、大学の授業が楽しかったからです

学部の時の授業では英語文献が課されることは非常に少なかったと思います。学部の頃は英語学習をそれほどやっていなかったかもしれません。学内で留学生と交流することなどもとくにありませんでした。ただ、私の所属していた学部は、英語のスピーキングの授業が必修でしたので、それは役に立ったと思います



Pronunciation (2)



DELE:発音は自分で練習したと思っていても、人にはやっぱり分かってもらえないことがあります。藤本さんの場合、いかがでしたか。

藤本:やはりアメリカの大学院留学時には、自分の英語が通じなかったことはありました。少しずつ努力して現地の人の発音を聞いて、できるだけまねることを進めながら、少しずつアジャストしていきました。しかし、スピーキングに関して言えば、いまだに語学の能力の中では、まだまだ足りていないと感じています。

DELE:人の発音をまねてしゃべることができるということは、ひょっとしたら耳がいい方かとも思いましたが、いかがでしょう。例えば、人真似が上手だとか、音楽のセンスがあるとかいった才能はおありですか。

藤本:それは残念ながら、ないと断言できると思います。私のまねる能力は平均的なものだと感じています。例えばアメリカで日本語を勉強している人たちが、本当に第一言語のように日本語をしゃべっているのを聞いたりすると、ちょっとこれは太刀打ちできないなと思うこともあります。しかし、そこを比較してもあまり意味はないので、自分がどれくらい伸びているかに意識を向けて勉強するようにしています



Pair work



日本史専門のアメリカの院生たちと1週間に1回、ランゲージ・エクスチェンジをしました

DELE:人の英語の勉強のスタイルにはさまざまなものがありますが、藤本さんの場合はそれほど無理せずに少しずつやっていって、D2の留学を迎えたようにも聞こえます。

藤本:そうですね。留学前も、大学院での学びが楽しかったこともあり、英語学習にはあまり時間をかけていなかったように思います。オンライン英会話の無料版をいくつか試しましたが、いずれもトライアルだけで終わり、長続きしなかったです。やはり基本は18歳の時から一人で練習していたことだけでした。

しかし、D2のアメリカ滞在時は、日本史専門の大学院生たちと1週間に1回、ランゲージ・エクスチェンジ (language exchange:言語交換) [=外国人同士がペアを組み、相互に自分の母国語(あるいは得意な言語)を相手が学ぶことを支援するシステム]をやりました30分は英語だけ、もう30分は日本語だけを話すようにしました。1週間に1回以上はやっていたと思います。それに加え、週末は友人と遊び、その時は英語だけしか話さないようにするなどしていました。そういった訓練が、英語のスピーキングの向上に一番つながったと思います。その時に、拙い私の英語に付き合ってくれた友人には本当に感謝しています。



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ランゲージ・エクスチェンジは友人をつくる点でも非常にプラスになります

DELE:ランゲージ・エクスチェンジの話をもう少しお伺い出来ますか。

藤本:私は日本にいる時は、そういったシステムがあることを知らず、アメリカに行って初めて利用しました。京都大学にも、もしそのようなシステムがあったら、そこで留学生の人と交流するのは、英語を日本にいながら学ぶという意味ではとても良いきっかけになると思います。私もアメリカに留学していた時にそういったプログラムがあったので、それが英語の能力を向上させる上でかなり役だったと思いますし、現地の友達をつくるという点でも非常に有益でした

一方、日本に留学している人も、同じ思いで日本語を勉強したいと思ったり、日本人の友だちをつくりたいと思ったりしている人もたくさんいます。そこをマッチングする場所として機能するのがランゲージ・エクスチェンジです。実際、私もランゲージ・エクスチェンジをアメリカで経験して、帰ってきてから東大内で探したら、同じ制度がありました。その時に知り合った人とは、いまだにずっと仲良くしています。

DELE:そうですね。とってもいい話聞けました。ランゲージ・エクスチェンジに関しては、京大では留学生ラウンジの「きずな」が「きずな言語交換」として実施しています。



Presentor




プレゼンテーションに関しては、国や分野によって多少発表スタイルが変わることに注意しています

DELE:話を現在に戻します。今、例えば英語で論文を書く、あるいはプレゼンテーションをする時に、意識してやっていることや学ぼうとしていることはありますか。

藤本:そうですね、常に学んでいるところではあると思いますが、プレゼンテーションに関しては、国や分野によって多少発表スタイルが変わることに注意しています。例えばイギリスなどではスライドを使わずに、ペーパーを読み上げることが多いと思います。また、日本ではスライドに文字情報を多く入れることが多いですが、アメリカのスライドでは、ビジュアルでのインパクトが重視され、文字情報を極力減らす傾向があると思います。私も一時期はアメリカのようなスライドを作ることを意識していました。

しかし最近は、お互い英語が第一言語ではないアジア出身の研究者とディスカッションすることが多いので、視覚情報を多くするのではなく、ある程度文字情報を増やして、バランスを取るようにしています



Think and write



日本語で考えて、書く時は最初から基本的に英語で書くことが多いです

藤本:論文に関しては、できるだけコンスタントに日々書くようにしています。これは日本語でのライティングも含みますが、少しずつやっていくのが私の研究スタイルにも合っているので、英語論文も本当に少しずつ進めていくことを意識しています。英語の細かい文法や文体については、最終的には英文校閲者に読んでもらい、場合によっては自分の専門が近い人に読んでもらっています。今までに何本か英語論文を執筆しましたが、英文校閲を使わずに論文を出版するクオリティーにもっていくのは難しいと思いますので、頼れる部分は頼りつつ、進めています。

DELE:論文を書くプロセスは、アウトライン構想・ドラフト執筆・改訂作業の3つに分けることができます。アウトラインで最初の構想を練る時の言語は英語ですか、それとも日本語ですか。

藤本:英語論文を書く時は、最初から英語で論文を書き始めます。しかし、思考は全部日本語でやっています。アウトラインの見出しは英語では書いていますけれども、そのセクションで何を書くかといったことについては、日本語の箇条書きで書くことが多いです



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議論の展開や自説のアピールについては、投稿する論文によって、多少書き分けています

DELE:日本語の思考と英語の思考は違うと言う方もいますが、藤本さんの場合にはアウトラインですから、そこまで言語の影響を受けるわけではないといったところでしょうか。

藤本:そうですね。しかし、英語と日本語の学術論文の書き方はかなり異なりますので、最低限の英語でのアカデミックライティングの方法は意識しています。とくにパラグラフライティングのトピックセンテンスには注意しています。それ以上の、議論の展開や自説のアピールについては、投稿する論文によって、多少書き分けています。

論文の本論の部分では、日本語と英語で書き方を変えるというのはほとんどやっていません。しかし、論文のイントロダクションで、どのような先行研究と対話するか、自身の研究をどの研究史に位置付けるかといった点にはとくに注意を払って書いています。そして、序論の部分が変わると、必然的に本論で議論をどう展開していくかも変わるかと思います

DELE:最近の話題に機械翻訳があります。藤本さんの場合は、日本語で原稿を書いて、それを機械翻訳に入れて英語にするといったことは考えますか?

藤本:それはまだやったことないですが、非常に高いクオリティーの機械翻訳があれば、論文執筆の効率化のためにもやってもいいのかもしれません。今のところは、原稿を書くために機械翻訳を使ってはいませんが、Grammarlyなどの英文校正支援ソフトウェアは適宜使っています。日本語を第一言語とする人にとっては常にそうかもしれませんが、やはり自分の中でも冠詞をうまくつかめていない気がしますので、そういった点で英文校正支援ソフトウェアは助かります。あとは、類語辞典やコロケーション辞典はオンラインのものを使っていますが、これも英語論文を執筆する上では不可欠なものだと思います。



Collaboration



世界の色々な国の人と交流したり、共同研究ができたりすることは英語を使うメリットです

DELE:英語使用のメリットという論点に移ります。藤本さんと同じような研究分野で、基本的に日本で日本語での研究発表と論文執筆だけで活躍してらっしゃる方もいるかとは思うのですが、どうですか。

藤本:そうだと思います。しかし、先ほども少し申したように、私が教えを受けていた先生の中には、授業で英語の論文を課される方が多かったので、西洋(あるいは、英語圏)の科学史・医学史の研究と、自分の研究を関係づけることはずっと意識してきました。例えば、文学部史学科での日本史の授業では、日本語の先行研究との対話が主で、海外の研究との関係づけに意識が向けられることは少ないと思います。しかし、科学史・医学史では、分析対象の国が違っていても、研究者が互いの論文を引用することがしばしばあります。海外の研究との近しさというのは、科学史や医学史という分野の特徴であると思います。

DELE:分野や経歴によって事情が違うのでどちらがいいとか悪いとかいうものではありませんが、もし英語を使っていることのメリットがあるとしたら、それは何でしょう。

藤本:世界の色々な国の人と交流したり、共同研究ができたりすることは、英語を使うことの大きなメリットの一つとして挙げられると思います。例えば韓国の研究者と共同研究をする時には英語でコミュニケーションを取ることになります。共同研究などを行う上では、英語の能力があって損はないと感じます。

一方で、例えば日本の科学史と中国の科学史の研究者が交流する時、両国の科学は歴史的に長い交流の歴史があり、研究者もそれぞれの国の言語をよく知っていることが多いので、そういったときは英語ではなく、日本語・中国語を使った方が効率的でしょう。英語を通じての方が様々な人と触れ合える機会は増えますが、必ずしも英語だけにすべきとは考えていません。私自身、様々なバックグラウンドの人と会話することが好きなタイプなので、むしろそういった出会いを求めて英語を使っているところもあるかもしれません



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留学は、時期が遅いと思っても、行きたいと思った時に行って、その時にしっかり頑張って勉強すれば良いと思います

DELE:ありがとうございます。最後に学部生への助言をお願いできますか。

藤本:私は1年間の長期留学をD2でやっているので、留学時期は遅い方だとは思います。私がいたイェール大学とハーバード大学にはそれぞれ東アジア研究の1年間の修士課程があったので、博士課程で留学した時は、そういうプログラムに行っておけばよかったなと考えたこともありました。学部時代の自分は、色々な分野の勉強するのが楽しかった時期だったので、あまり海外のことに目が向いていませんでした。

しかし、東大の大学院に進学してからは、様々な先生や先輩との出会いによって、英語圏への留学にまた関心を持つようになりました。そして、博士課程の時に研究費を得たため、とくに躊躇することなく海外に行くことができました。そういった意味では、本当にラッキーだったと思います。

そのため、私はむしろ、博士課程あるいはポスドクの方で、留学経験がない人たちに対し、留学には遅いと思っているかもしれないが、とりあえず短期でも行ってみてはどうかと勧めたいと思います

もちろん学部で行くというのも良いことだと思います。例えば、京都大学には学内での英語授業も多数ありますし、短期・長期の留学プログラムも充実しています。そういったものに一回参加するだけでも、視野が一気に広がり、選択肢も増えると思います。また、英語学習のモチベーションアップにもつながると思います。そのため、個人的には、行きたいと思った時に行って、その時にしっかり頑張って勉強すれば良いと思います



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いくら短くでも、ちょっと海外に行くだけで、自分の考え方が変わる可能性もあります

DELE:なるほど。絶対に留学に行くと決めてしまうこともなく、逆に留学は絶対に行かないし英語の勉強も単位獲得以上のことなどしないなどと、極端な考え方をせずに、成り行きで留学してもいいのではないかということでしょうか。

藤本:そうですね。私自身は英語に対する強いこだわりがあったわけではなく、大学院の研究室の先輩方が、フランス、ドイツ、ロシアなどに行っていたのを見て、異文化経験と知識獲得の方を重視し、アメリカの大学院に留学することにしました

私は学部時代に1カ月といった比較的長い期間で海外旅行をしていて、それが自分の経験として良かったと感じています。いくら期間が短くても、少し海外に行くだけで、自分の考え方が変わる可能性もあります。もし少しでも興味があって状況が許すのであれば、安全には十分に気をつけながら、少し気楽な気持ちで行ってみると良いのではないでしょうか。

今はコロナ禍ですので、以前より選択肢は減ってしまっていますが、最近ではアメリカやヨーロッパの大学はもう以前のように留学生を受け入れているところも増えています。現在、学部3~4年生の方の中には、もう行くタイミングがなくなったと感じている人もいるかもしれませんが、短期留学なら可能かもしれません。また、在学中での留学が難しかったとしても、もし将来的に何かチャンスがあったり、留学の希望が強まったりしたときに、留学してみても良いのではないかと思います

DELE:本日はとても有意義なお話をありがとうございました。




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インタビューを終えて



DELE

このインタビューシリーズでいろいろな方のお話を伺うにつれ思うのは、英語の学びも使用も人それぞれで、要は、その人の人生と英語の学びをうまく重ねることが大切だということです。

藤本さんの場合は専門の学びの楽しさに目覚め、学ぶ中で出会った先生や先輩から自然と影響を受けました。その流れで、米国に留学し国際学会で発表したり英語で論文を刊行したりする現在に至っています。別に昔から英語が好きでたまらなかったわけでもありません。しかし今や英語を使うことは藤本さんの人生の一部になっています。

とはいえさまざまな方のお話の中には共通項もあります。1つは体験の重要性です。藤本さんも18歳の時の6週間の海外滞在で自分の英語が通じなかったことが強い印象を残しました。また1ヶ月程度の海外旅行でも自分に変化が生じることが多いともおっしゃっています。もう1つの共通項は努力を継続することの大切さです。藤本さんも、ライティング力を上げるためにも論文を完成させるためにも、少しずつ努力を積み重ねることが重要であると述べていました。また薬学研究科の古田さんも英語習得には時間がかかることを強調していました。

まとめますと、(1) まずは自分の人生を充実させること、(2) もし面白そうな機会があれば積極的にさまざまな体験をしてみること、(3) 英語を本格的にマスターしようと思ったら努力を継続すること、となりましょうか。もちろん英語教師としては、(4) 現代においては、英語を使うことにより人生の選択肢が増える可能性が高いので、とりあえず英語の授業で積極的に学ぶこと、という項目を付けたいところです(笑)。

上の(2)の体験については、国際高等教育院i-ARRC課外教育部門の行事や、インタビューの中でも言及された「きずな言語交換」やなどがあります。DELEの英語学習相談もあります。どうぞ自分の人生の主人公として、自分の学びを積極的にデザインしてください。




藤本

ここ数年間、コロナ禍により海外に行く機会が一気に減ってしまいましたが、最近は海外渡航の機会も徐々に以前のようになってきました。留学をおこなうには準備期間も要しますので、思い立ったらまずは何でも良いので、DELEの相談に行ってみるとか、学内の英語の授業をとってみるといったアクションをとってみることをおすすめします。

小見山陽介先生(工学研究科・講師)(2022/7/11に日本語でインタビューを実施:約9,500文字)

工学研究科・講師
小見山陽介先生


「人生は予定どおりにいかないからこそ、たどり着ける着地点もあります」



インタビュー(日本語)は2022年7月11日にZoomで行われました。

インタビュアーは、英語教育部門 (DELE) の柳瀬でした。





留学生の積極的な受け入れ・国際ワークショップの開催・産学連携

DELE:まず読者のために、先生が今どういった研究をなさっていて、研究活動の中でどのように英語を使っているかについて簡単にお聞かせいただけますか。

小見山:僕の現在の研究テーマは、木を使った建築のデザインです。建築家としては木を構造や仕上げに使った木造建築の設計をしています。大学の研究者としては、企業との共同研究を通じて、木にまつわる技術や材料などを新たに開発しています。

研究活動において英語を使っている場面のひとつは留学生の積極的な受け入れです。海外では木造建築が、構造安全性についての研究だけでなく、人がその空間をどう使うか、その空間が人にどう影響を与えるかなど、日本で言うところの意匠設計、いわゆるデザインについても研究されています。しかし日本では、材料にフォーカスした研究テーマに取り組む意匠設計の研究者はあまりいないので、木を使った設計・デザインを日本で学ぶことに興味がある人が僕の研究室に来てくれていると思います。英語での指導にも抵抗はないので、各地から留学生を受け入れるようにしています



©スターリン エルメンドルフ

生活空間設計学・小見山研究室ウェブサイト

(https://press.archi.kyoto-u.ac.jp/laboratory/plan/)

より許可を得て転載



小見山:それから、国際ワークショップを毎年開催しています。僕の大学時代の同級生や留学中に出会った人など、現在海外の大学で教えている人がいるので、そういう人と学生を送りあったり、あるいは合同で1週間から2週間くらいかけて一緒に何かを制作したりするワークショップを行っています。コロナの前は実際に彼らが日本に入国したり、僕らが海外に行ったりしていましたが、コロナ以降もそれをオンラインで続けています。いずれの場合も、そういった国際ワークショップでは共通言語として英語を使用しています

また、僕が携わっている研究は産学連携のプロジェクトが多いのですが、日本で木造建築に取り組まれている企業の方と一緒に関連する海外事例をリサーチしたり、日本の企業が海外に進出していく時の海外事業のアドバイスをしたりしています。それも僕が以前イギリスで働いていたのである程度イギリスの法律が分かることや、イギリスで出ている現地の報道や政府からのリリースなどをそれほど抵抗なく読めるということもリサーチに役立っていると思います。


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感性的な側面も伝えるコミュニケーション

DELE:理系の先生方では、主に英語を使うのは論文の執筆と学会の発表だけであるとおっしゃる方もいますが、先生の場合は、論文や学会発表だけではなくて、ワークショップも開いて、留学生も受け入れて、いろいろなプレゼンテーションもしています。さらに海外ばかりで活躍というわけではなく、日本の企業とも連携して、海外の事例を紹介したりしていろいろな交流をしています。

それから、意匠設計・木造デザインでは、構造計算のように数値的に追えるものだけでなく、感性的なもの、あるいは文化的なことも表現しなければならないと推測します。そういう点でも、先生は英語を使う場面がほかの理系の先生方よりも幅広いように思えます。

小見山:そういう意味では、そもそも建築学科自体が理系の中でも文系的な要素を多く含んでいる学科です。かつ、僕のいる建築設計学は、感性的な部分も追求していく研究分野なので、コミュニケーションは様々な場面で必要となります

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日本語プレゼンテーションと英語プレゼンテーションの違い

小見山:コミュニケーションといえば、1つ思い出しました。僕は研究室の学生たちと一緒に毎年前期に一つのテーマを決めてプロジェクトに取り組むのですが、学期の終わりに研究の成果を発表します。そこでは毎年、日本語と英語でそれぞれプレゼンテーションをする場を設けています

この外国語で説明する体験、2言語による最終成果報告という文化は僕の前任の先生から受け継いだものです。学生には、微妙なニュアンスまで含めて自分が考えたことを正確に余さず日本語で伝える機会が必要です。しかしそれだけでなく、自分の言いたいことがうまく伝わらない、あるいは全く違う背景を持っていて前提条件が共有できていない人に対して、自分の作ったものをどう説明できるかということを、言語的な制限をかけて体験してもらうことも必要だと思っています。それで英語での発表機会を必ず設けるようにしています。

英語では、語彙力の限界から学生たちはシンプルな表現を使わざるを得ません。しかしそれは、自分がやったことを端的に、あまり言葉で飾り立てずに伝えることにつながります。また、英語で実施するからこそ世界中からゲストを呼ぶことができます。一昨年はイギリス、昨年はメキシコとアメリカ、今年はフランスからゲストを招きました。英語をある程度話せる学生でも、日本語で話した内容をそっくりそのまま表現できるとは限りません。この後にお話すると思いますが、僕がイギリスにいた時は英語でものを考えていましたが、日本に帰ってきてからは日本語でものを考えているので、建築を考えるときの思考の方法自体も変わった気がしています。ですから、言語は完全に互換性があるものではなくて、ある特定の言語を使って思考するからこその思考の形や結果があるのではないかと思っています。日本人にとって英語は母国語ではないことを逆手にとって、英語を使うことで思考を異なる視点から整理できるのではと思っています。

DELE:このプロジェクトは、先生のゼミの日本人学生が研究発表する時に、同じ内容を別々の機会に日本語と英語で発表させるわけですが、その際にはただ表面的に使用する言語が変わっただけではないというお話ですね。

小見山:そうです。例えば今年は、学生には午前中は日本語で午後は英語で同じ日に連続して発表してもらいましたが、プレゼンテーションの内容も少し変えていたように思います。



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英語では相手に行間を読み取ってもらうことを期待しません。

DELE:使用する言語を変えることの影響についてもう少しお聞かせいただけませんでしょうか。

小見山:そう単純化できることではないかもしれませんが、日本語で建築、特に意匠や思想について語ろうとするとき、自分のことばでは語り切れないことを相手が汲み取ってくれることに期待してしまうところがあったりします。逆に、ことばで簡単に語り尽くせるようでは、底が浅いのではと思ってしまうこともあります。

しかしこれはドイツ留学中のことですが、黙り込んで考えていると、「この人は思慮深い人だから多くを語らないのだ」と思われるのではなく、「この人は何も考えていないから、何も言えることがないのだ」と思われてしまうことに気づきました。そうした環境では、自分が言語化しないかぎり、相手に自分を理解してもらうことは期待できません。ですから、英語を使う環境では、自分が発した言葉だけが自分の考えを伝えてくれると考えるようにしています。

英語で話していると、より直接的に、その場にあるものについての即物的な描写が多くなる気がするし、日本語だと、その目の前にあるものよりはその背景の思想などの説明が少し多くなるような気がします。



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日本語原稿を単純に訳すと、日本語としても英語としても変な文章になりがちです。

DELE:日本語では相手に「これ以上言わなくても何となく分かりますよね」と期待することも多いけれど、英語では明晰かつ即物的に語るようになることですね。学生さんもそのように捉えていますか。

小見山:学生たちも何回かそうした体験を重ねることで、僕と似た認識になってくる気がします。でも初めての発表では、日本語で話したいことを英語に翻訳して話してしまいがちなので、日本語としても英語としても変な文章になってしまう学生が多いです。やはり、初めから英語でスピーチするつもりで話を組み立てないとわかりにくいスピーチになってしまうことに、学生もやりながら気付いているのではないかと思います。

DELE:つまり、英語の発表は、日本語発表の翻訳版ではなく、学生さんも自分なりに英語で考えているということですね。

小見山:同じポスターを使った発表でも、日本語ではここから説明を始めるのが自然だけど、英語で話すならこちらから説明したほうが説明しやすいのでは、と助言することもあります

DELE:日本語は時系列順で説明することが多いけれども、英語は結論を先に述べてから次にその結論に至るまでの理由や原因を述べることが多いとしばしば言われます。

小見山:まさにそういったことです。

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非言語的な手段もコミュニケーションに使います。

DELE:今度は文系的あるいは感性的・アート的なことを語ることについてお話させてください。これは文系のおごりかもしれませんが、豊富な語彙が必要なのではないかとも考えます。建築について語る中で、例えば18世紀の美術や歴史に言及したりすることもあるのではないかとも思いましたがいかがでしょう。

小見山:そこについては僕自身も、在英時代はアカデミックな英語環境ではなく設計事務所の実務的な仕事の現場にいたので、あまり鍛えられなかった部分です。とても繊細なニュアンスの表現が必要なときは言葉で説明することを諦めて絵に逃げてしまっていたように思います。言葉が拙い分、図面を描いたり模型を作ったりというビジュアルコミュニケーションにだいぶ助けられていました。今も基本的にはそうだと思います。

DELE:つまり先生の場合は、言語以外の絵や模型などのコミュニケーション媒体も駆使しているわけですね。

小見山:はい。



英語と日本語の両方で考えられるのが理想

DELE:日本語と英語の話に戻りますと、先生は日本語を翻訳して英語で話すのではなく、英語で話す時は英語で考え、日本語で話す時は日本語で考えるということでしょうか。

小見山:そうですね。時と場合に応じて、英語と日本語のどちらでも考えられるのが理想です。とはいえ、帰国してからもう8年以上が経ちましたから、在英期間よりも帰ってきてからの期間が長くなっています。特にコロナ以降は海外出張がなくなったので、だんだん自分の中の英語的思考が失われてきているとも感じています。

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渡英のきっかけは、院試で第1志望の研究室に入れなかったこと

DELE:なるほど。それではそもそも英語的思考をどうやって獲得されたかについてお話いただけますか。先生は、東大の建築学科を卒業して、それからすぐにイギリスに行かれたのでしたか。

小見山:大学院の修士課程を修了してすぐにイギリスへ行きました。

DELE:なぜイギリスを選んだのか、どのように英語を勉強したのかなどについてもお聞かせいただけますか。

小見山:最初のきっかけは僕が大学院の入試に落ちてしまって、自分の第1志望の研究室に行けなかったことです。英語の点数が足りなかったと聞きました。他の研究室で大学院生にはなったけれども、少し自分のやりたいことと違うからどうしようかなと思っていました。そんなところに、東大で2年前から始まった交換留学制度の世話役の先生から、「そうやってうじうじしているくらいなら、もう海外にでも行ってしまえばいいのではないか」と背中を押していただいたのです。交換留学先は4つの国から選べたのですが、僕は建築の省エネルギー技術に興味があったので、環境先進国として知られるドイツを選びました。

ドイツのミュンヘン工科大学に僕が師事したい先生がいらっしゃったのですが、いざ行ってみるとその先生は定年退職される最後の年で、精緻な議論をするためにドイツ語を話せる人しか研究室では受け入れていないことがわかりました。またしても語学の壁にぶちあたり、僕は行き場所をなくしていたところ、大学に1人だけイギリス人の先生がいて、「ドイツ語をしゃべれない奴は、みんなうちに来い」ということで僕を受け入れてくださったのです。

その先生は自分の研究室にたくさん受け入れた留学生たちを、卒業した後はロンドンにある自分の設計事務所に呼んで、一緒に仕事をするのが常でした。それで僕もその流れに乗って、その先生の設計事務所に修士課程を修了した後に行くことになったのです。偶然がつながって、思いがけず7年間もイギリスで仕事をすることになりました


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渡英前は英会話学校に行きましたが、渡英直後は、仕事の指示も半分ぐらいしか理解できませんでした。

DELE:なるほど。人生はそれほど計画したとおりに進むものではありませんからね。英語に関してお尋ねしますと、そもそも交換留学を考えたということは、それなりに英語はできていたということでしょうか。

小見山:それについてお答えするためには、学部生時代のことをお話しなければなりません。4年生の夏休みの院試の結果から、大学院で自分の行きたい研究室に行けないことは卒業する前に分かっていましたので、留学は頭によぎっていました。ですから4年生を卒業した後の春休みに、まずロンドンとベルリンに行ってみました。イギリスかドイツに留学しようと思っていたからです。僕は元々出身が群馬の田舎なので、大学進学で群馬から東京に出てきた時に大都会にカルチャーショックを受けました。でもこの春休みの旅行で東京からロンドンに行った時には、同じ大きな街だなという感情しか起こらず、逆にベルリンでは自分がこれまで住んできた場所とは違う外国にいるなという実感が湧きました。留学するならドイツ、というのはこの時から考え始めていました

そこから実際にミュンヘンに留学できることになって、ゲーテ・インスティトゥートというドイツ語の学校とNOVAという英会話学校に3ヶ月くらい通いました。ただ、その時点では僕は決して英語が得意ではなかったので、学校に通って準備をしたつもりでも、実際には留学中も就職先でも結構苦労しました


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DELE:私は英語教師として恥ずかしいのですが、初めてイギリスのウォーリック大学に行った時に、講義の英語は分かるのですが、ゼミなどで学生が早口で語り始めると急に分かりにくくなりました。ましてや大学外で地元の人が話すことがなかなか分からないことも経験しました。実際の社会にはいろいろなアクセントをもつ人がいます。そのあたりのご苦労はありましたか。

小見山:設計事務所で僕は基本的に模型を作ったり絵を描いたりする仕事を初めは担当しました。上司から指示を受けて取り組むのですが、その指示も半分ぐらいしか理解できませんでした。ですから、一生懸命模型を作ったのに、指示と違っていることが多々ありました。それは僕が単に英語が理解できなかったからなのですが、周りの人たちは好意的に「小見山君はあわてんぼうだな」という感じで許してくれたところがありました。そもそも英語ネイティブではない教え子の留学生たちを集めているのは僕のボス自身なわけですから、みな自分の母国語のアクセントが混じった英語を話していますし僕のように英語が不自由な人も許される雰囲気はありました

DELE:異文化の人間を歓迎する環境だったわけですか。

小見山:そうです。そもそも25人ぐらいの事務所でしたが、イギリス人は経営者の3人と古株スタッフの1人しかいなくて、他はみんな外国人だったのです。日本人は僕が初めてでしたが、それでも気分的に少し助かった部分はありました

柳瀬先生はさきほどゼミでの会話が早口で初めよく分からなかったとおっしゃいましたが、僕が最後まで苦労したのはパブでの会話でした。仕事の指示はある程度定型文ですし、それまでの経緯がわかっていれば多少単語を聞き漏らしても内容が追えるのですが、話が飛びまくる雑談になるともう全く付いていけない。少しでも油断すると話のコンテクストがわからなくなり、聞き漏らした単語も推測できなくなり、ただ黙ってビールをすするばかり。わいわい話す場で気の利いた話をすることには、最後まで苦労しました。


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僕の上司が一言「くそ、小見山君が英語を話せたらな。英語で文章を書けたらな」とつぶやいたのです。

DELE:言語および文化でのご苦労をもう少しお聞かせいただけますか。

小見山:僕がイギリスで働き始めたのは2007年で、2014年まで7年間いました。その間に何が起こったかというとリーマンショックです。僕が働いていた設計事務所でも仕事がすべて止まり、最大で20人くらいいたスタッフが全員解雇されました。そのとき僕も解雇されたのですが、後日僕だけ個別に呼び出されて再雇用されました。というのも、僕は労働ビザが会社に紐づいていたので、解雇は国外退去を意味したからです。他のスタッフは知り合いの事務所で一時的に預かってもらうなどできるので、苦しい時を乗り越えたらもう一度みんなを呼び戻そうと経営陣は考えていたのです。

20人いたスタッフが僕1人になり、会社には経営陣の3人と受付の女の子と僕しかいないという状況になりました。それまで僕の周りにいて僕を助けてくれていた海外出身者が一切いなくなってしまって、英語ネイティブの4人と僕だけになってしまいました。僕は今までどおり模型を作ったりするだけでなく、同僚たちがやっていたあらゆる仕事を1人でやらなければいけなくなってしまいました。もちろん英語でのコミュニケーションもはるかに多く要求されるようになりました。

しかし、ある日の夜、上司と僕の2人だけで仕事をしていた時、上司が一言「くそ、小見山君が英語を話せたらな。英語で文章を書けたらな」とつぶやいたのです。確かに、設計案を説明する資料をつくるなど、会社の仕事のなかの多くを僕は言語面の問題から「免除」されていたことに気づかされました。会社で起こっていることのごくわずかな部分にしか自分は携われていなかった。それがすごく悔しくて、その日の夜は号泣したのですが、そこから僕の中でスイッチが入りました。会社の行き帰りで毎日2時間ぐらいの通勤時間があったのですが、その時間ずっとBBCラジオを聞いて英語に耳を慣らし、イギリスで話されているボキャブラリーを頭に入れる努力を始めました

これは結構効果があって、上司と会話をしていても英単語がはっきりと聞こえてくるようになりましたし、イギリス的な言い回しもだんだん使えるようになりました。それを1年間続けたことが大きな転機でした。それ以降は、対外的な打合せにも一人で行かされるようになったり、ドキュメントを英語で書くことも任されたりするようになりました

DELE:なるほど。BBCを聞いたことも大きかったけれども、基本は仕事を通じて英語を身につけていったのでしょうか。

小見山:そうですね。生き残るために必死に身につけました。英語学校に行く余裕はなかったです。




帰国直後は英語脳を日本語脳に変えるのに時間がかかりました。

DELE:建築のお仕事の場で生きた表現を身につけることが何より重要だったのですね。さて、そんな先生も、2014年に日本に帰ってきました。先ほど英語で考えるモードが少なくなってきているのではないかとおっしゃっていましたが、今は英語力、あるいは英語的な思考をキープするための努力は何かされていますか。

小見山:僕は大学院修了直後から、日本で実務経験を得る前にまずイギリスで働き始めたので、建設現場で知るような建築のいろいろな専門用語をまず英語で学んでいました。ですから日本に帰国した時は、それを日本語で何というのかが逆に分かりませんでした。日本に帰ってからすぐに設計事務所で働き始めたのですが、言葉が出てこないし、書かれていることも分からない。英語脳を日本語脳に変えるための時間が必要でした。でも、それも最初の半年ぐらいで、それからはもうすっかり日本語での仕事に慣れてしまいました。

ただ、それでもつい最近まで僕の中で英語的な思考が保てていたのは、年に数回いろいろな調査でイギリスに行く機会があったためです。おそらく合計すると1年のうちの1カ月くらいは、帰国してからも僕は毎年イギリスにいたのです。現地の人と引き続きコミュニケーションしていましたので、まだ英語的な思考を保てていました。しかし、このコロナになって海外出張が全くなくなって、この2年間イギリスに行っていません。最近は留学生と話をしていても英語が出てこない瞬間があって、だいぶ衰えてきたなと感じるのです

ですから、留学生の研究の相談に乗ってコミュニケーションの機会を増やしたり、海外調査の依頼をなるべく多く受託したりして、海外情報や英語の文章に触れる時間を長く取るようにしています。今でもやはり英語の学校に行く余裕はなかなかないですが、自分の教育や研究の中で英語に触れる機会をなるべく保ちたいと思っています。

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英語でアウトプットする場面がないと、英語的な考え方が抜け落ちてしまうような気がします。

DELE:先生が研究や仕事のために読む論文・短報・雑誌などは、日本語と英語ではどのような割合ですか。

小見山:調査系の共同研究では基本的には全部英語の文章しか読んでいません。でもそれを日本の共同研究先にわかるように整理するのでアウトプットは日本語です。総じて言うと、文章として英語を読む機会は多いですが、会話や執筆など英語でアウトプットする機会は日常にはあまりありません

DELE:先生にとっては、英語的思考は実際に英語で会話をしてはじめて身につくものであって、専門文献を読むだけではなかなか身につかないということですか。

小見山:そうです。やはり自分が英語でアウトプットする場面がないと、英語的な考え方が抜け落ちてしまうような気がします。イギリスにいた時、僕は寝言も英語でしたし、独り言も英語でした。今はそうではなくなってしまったので、とっさに口をついて言葉が出てこないのです。



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研究室のメンバーを多様にした方が学生も成長できます。

DELE:今度は留学生の受け入れについてですが、先生にはドイツやイギリスでのご経験もあり、留学生を積極的に受け入れることに大きなメリットを感じていらっしゃるのでしょうか。

小見山:僕の研究室は2年前にできたばかりですから、まだ学生の数も少なく、歴代の卒業生といった層も薄いのが現状です。であれば、今現在の研究室の中をなるべく多様性のあるものにしたいと願って留学生を積極的に受け入れています。学生自身もなるべく多くの人に触れたほうが研究室の中で成長できると思っています。

また、僕が学生たちに何かを一方的に教えるというよりは、僕自身も学生たちから刺激を受けて学びたいと思っています。さまざまな国から留学生を受け入れることで、僕も彼ら彼女らの国のことをよりよく知ることができます。

DELE:多様性については、建前として大切だと言っている人と、これから創造的であり生き残って行くためには不可欠だと真剣に思っている人の2種類がいます。先生は後者のように思えます。

小見山:建前ではなくて、本当に一人一人のキャラクターがしっかりと違っていてくれたほうがいいなと思っています。留学生は今、南アフリカ・アルジェリア・ドイツ・ノルウェーから来ています。さまざまな国から来てくれると学生同士の議論も活発になります

僕の研究室の学生にも留学を積極的に勧めていますので、後期から2人が留学します。後期のゼミは日本人学生より留学生の方が多くなるときもありそうです。




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結論が出ないディスカッションや、分かり合うことができないコミュニケーションのもどかしさなども僕にとってはすごく重要なプロセスなのです。

DELE:なるほど。しかし多様性を建前でしか認めない人は、本音のところではいろいろな文化的な葛藤や言語的な障害の苦労を嫌がっています。そういう人たちについての、先生なりのご意見を伺えますか?

小見山:研究課題にもよると思います。ある明確なゴールがあって、それを精度高く実現あるいは検証していくという課題ですと、コミュニケーションのところで苦労するよりも、みんなで心一つにそこに向かっていけるほうがいいのかもしれません。しかし、僕の研究領域はそもそも建築デザインというただ一つの正解はないものですし、建築空間はいろいろな人たちが使ってこそのものです。ですから、多様な考えを本当に欲しい、見つけたいと思っています。ですから、結論が出ないディスカッションや、分かり合うことができないコミュニケーションのもどかしさなども僕にとってはすごく重要なプロセスなのです。そういう点で私の分野は他の分野と少し違うのかもしれません。




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英語ができると自分がいろいろなことの窓口になれます。

DELE:素晴らしいお話をありがとうございます。最後に学部生への助言をお願いできますか。

小見山:英語は海外情報へのアクセスだけでなく、日本の情報を海外へ伝達することも可能にしてくれます。僕も最初は海外事情をいろいろ調査して、それを日本に紹介するという仕事が多かったのですが、そういうことを繰り返して、だんだん海外に知り合いができるうちに、逆に日本の事情、特に木造建築についての事情を自分の国に来て話してくれという依頼も受けるようになりました。英語を話せることは、そういう意味でとてもアドバンテージになるし、自分がいろいろなことの窓口になれるための基礎的な能力だと思います。その価値はぜひまず伝えたいです。

また僕自身も紆余曲折あって最終的にイギリスで働くことになったように、人生は予定どおりにいかないからこそたどり着ける着地点もあります。計画的に進まなければ駄目だと決めつけず、まずは1回取りあえず海外に出てみて、英語の環境に触れてみることもお勧めします

DELE:先生のゼミには、オープンな考え方をもった学生さんが、先生のお人柄や研究方針にひかれてやって来ているようにも思えます。

小見山:そういう人たちの受け皿でありたいと思っています。建築はすごく好きだけれど、建築のことだけを勉強するのも何か少し違うのではないかと思う人や、京都大学は素晴らしい環境だけれども何か他のもっと外の世界のことも知りたいという人たちをなるべく受け入れて、僕が窓口になって外の世界とつなげてあげたいなと思います。

DELE:ありがとうございました。





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インタビューを終えて



DELE

小見山先生のオープンな姿勢を随所に感じることができたインタビューでした。きっと小見山先生が設計される木造建築も同じようにオープンで心地よい建物だろうと想像します。

かつては独り言も寝言も英語だった小見山先生が、日本に帰国後、英語と日本語それぞれでの思考・表現様式を大切に使い分けているというお話は非常に含蓄のあるものでした。また、多様性の価値を心から信じて、「結論が出ないディスカッションや、分かり合うことができないコミュニケーションのもどかしさなども僕にとってはすごく重要なプロセスなのです」とおっしゃる小見山先生の姿勢は、これからの時代にますます深い意味合いをもつことと思います。

大変お忙しい中にインタビューにご協力いただいた小見山先生に改めて御礼を申し上げます。

瀧川佳孝さん(理学部・2回生)(2022/9/15に日本語でインタビューを実施:約7,400語)

理学部(学部生)

瀧川佳孝さん


自分がしゃべってもまともに取り合ってもらえなくて、言語の壁をすごく感じました








インタビュー(日本語)は2022年9月15日に吉田南総合館北棟4115室で行われました。

インタビュアーは、英語教育部門 (DELE) の柳瀬でした。




DELE:最初に簡単な自己紹介をお願いします。

瀧川:理学部2回生の瀧川佳孝と申します。専攻はまだ決まっていませんが、今の段階では物理か地学を選ぼうかと思っています。

DELE:瀧川さんは、サマープログラムに積極的に参加していると聞いています。簡単にサマープログラムの紹介をして、それでどのように関わっているかを教えてもらえますか。


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京都大学の協定校から海外留学生を招いて、京大生と一緒に講義を受けてもらい、ディスカッションや日本文化体験を共有します

瀧川:京都大学のサマープログラムでは、京都大学の協定校から海外留学生を招いて、京大生と一緒に講義を受けてもらい、ディスカッションや日本文化体験を共有します。ただ、最近は新型コロナウイルスの影響で、オンライン開催になっています。

私は、今年は運営者の1人のリーダーという役割で参加し、主にディスカッションを行うアクティビティの運営に関わっていました

仕事内容としては、サポーターさんと呼ばれる人に連絡をして、いろいろなお願いをしたり、ディスカッション当日では、海外の学生も含めたディスカッションのファシリテートをしたりしました。うまく議論が円滑に進むように、誰から、どのグループからしゃべり始めるかの誘導などをしました

DELE:ディスカッションの様子などをもう少し具体的に教えてもらえます?

瀧川:私が担当したディスカッションは参加者全員では50人ぐらいになります。もちろん50人でディスカッションはできないので、Zoomのブレイクアウトルームという機能を使って、1グループ8人から10人でディスカッションをしました

そのブレイクアウトルームのディスカッションは各グループに任せますが、私は各ブレイクアウトルームでの終了後にまた50人全員で集まって意見を共有する時に、どのグループから話してもらうかなどを誘導したり、でてきた意見にコメントを加えて、さらに深い意見を掘り出そうとしたりしました

トピックは運営側が決めるのですが、今年はジェンダー、パンデミック、学生の起業などについてディスカッションを行いました。


Not hear Not see Human

日本人と日本人以外での、意見を述べる積極性やグローバルな問題への関心の深さの違いを強く感じました

DELE:そういった経験から何を学びましたか?

瀧川:一番強く感じたのは、日本人と日本人以外での、意見を述べる積極性やグローバルな問題への関心の深さの違いです。例えばジェンダーの話題ですと、海外の学生はとても積極的に意見を発表して白熱した議論になります。しかし、ジェンダーという話題では何か発言しにくいと考える日本人が多かったです。そういうグローバルな話題については、別に自分の専門分野と関係なくても興味関心をもって、どのような問題が起きているのかを知って、自分の意見をもつことが大切だなと思いました

DELE:今、日本人は、意見を述べることに対する積極性が少ないということと、グローバルな話題に対する関心や知識が足りないという2つのポイントが出ました。これらは重なっていますか、それとも別々のものですか。

瀧川:まず大きいのは、意見を積極的に述べようとしていないことだと思います。そういう文化というか傾向があることによって、なかなかみんな意見を口に出しません。もしかしたら自分の胸の内では、グローバルな話題に関して意見をもっているのかもしれません。そもそもそういう意見についてシェアしたり、意見を交わしたりする場が、日本では少ないので私は、日本人はグローバルな問題に対して、自分の意見をもっていないという印象をもっているだけです。ですから多分一番重要な問題は、積極的に発言をしないことだと思います。


Say



一般受講生として参加した時は、相手が言っていることを十分理解しないまま、取りあえず自分の意見だけを言うだけで終わっていました

DELE:それでは京大生があまり発言しなかったのは、英語力の問題というよりも、そういった文化的な傾向性の問題だと考えてよろしいですか?

瀧川:それも原因の一つですけど、同時に私が感じたのは、やはり海外の方の話すスピードが速すぎて十分に内容が理解できないということです。大学に入学する前から感じていましたが、やはり聞き取れないことが原因で積極的な発言をすることができないことにつながっていると思います。

DELE:瀧川さんが一回生で受験したTOEFL ITPの点数は悪くはなかったと聞いておりますが。

瀧川:前期の段階では550点ぐらいで、後期に受けた時に590点台で、600点に届かずという感じでした。

DELE:550~590点のTOEFLの実力を持って、リスニングのセクションでもそれなりに点数を取ったはずだけど、実際にネイティブスピーカーと話をしてみると、スピードについていけなかったということですね。

瀧川:そうですね。590点取った後の今年の英語力では、まだなんとか聞き取ることができたのですが、昨年、ただの一般受講生として参加した時は、相手が言っていることを十分理解しないまま、取りあえず自分の意見だけを言うだけで終わっていました



Calendar




1カ月ぐらいで成長は感じましたが、ネイティブのスピードについていくには、やはり3~4カ月近くかかりました

DELE:1回生の時にはどうやってリスニング力を上げました?

瀧川:前期からCNNの英語ニュースをまとめた学習本を使ってリスニングの勉強をしました。最初はあまり成果が出なかったのですが、ずっと続けていくうちにだんだんとネイティブのスピードにも慣れてくるようになり、そこからTOEFL ITPの点数も伸びていったのだと思います。英語の勉強の中でリスニングは重点的に勉強していましたし、今もそうです。

DELE:継続しているうちに少しずつ分かるようになってきたということですが、その継続とは何週間あるいは何ヶ月ぐらいですか?

瀧川: 1カ月ぐらいで成長は感じましたが、ネイティブのスピードについていくには、やはり3~4カ月近くかかりました


Repeat



最初はスクリプトを見ずにただ聞くことを何度か繰り返します

DELE:リスニングの勉強法をもう少し具体的に教えてもらえますか?

瀧川:そんな難しいものではありません。まずはスクリプトを見ずにただ聞くことを何度か繰り返します。次に、その参考書についているゆっくりとしたスピードでの音読を聞きます。それでも分からなかった場合は、スクリプトや日本語訳を見ました

しかし1回その作業を終えたら終わりではありません。理解はしていても聞き取れていないことは多々あるので、何回も繰り返し聞いたり、シャドーイングをしたりして、1つの文章をしっかりと、ほぼ100%理解することを意識して何回も聞きました

そうするとだんだんと自分がネイティブの英語のスピードに慣れてくるような感じになってきて、何も見ない状態でもある程度内容を把握できるようになったりしました。


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自分がしゃべってもまともに取り合ってもらえなくて、言語の壁をすごく感じました

DELE:なぜそのように卒業所要単位にならない英語の勉強しようと思うようになったのですか。

瀧川:一番のきっかけは高校生の時に、私の高校に海外から学生が来て、そこで一緒にグループワークをするプログラムを経験したことです。そのプログラムでは海外の学生と一緒に1週間ぐらいかけてプレゼンテーションを作成して、それを最終的に外部から来た人たちに発表しました。しかし、プレゼンテーションのグループワークをした時に、相手が何を言っているのかが理解できませんでした。それが原因で、自分がしゃべってもまともに取り合ってもらえなくて、言語の壁をすごく感じました。その挫折感や悔しさが英語を勉強するモチベーションになって、今も続けているというような状況です

DELE:自分の知性では理解できていることも、単なる英語のスキルがないから参加できない。だからひょっとしたら向こうには「あ、この人、分かっていない」と思われるというようなことですかね。

瀧川:向こうからすると、簡単な英語に直してゆっくりしゃべっている時間が無駄だと思い、きちんと取り合わなかったのかもしれません。

DELE:大学1回生の時の最初のサマープログラムも似たような思いをしましたか。

瀧川:そうですね。その時は、海外から来た学生も優しくて、私が言った意見はちゃんと聞いてくれて、コメントもしてくれたのですが、やはり海外の学生の方が言っていることがあまり分かりませんでした。きちんと英語が理解できたらディスカッションやアクティビティをもっと楽しめたのではないかと思いました。



Clock

毎日少なくとも30分間はリスニングの勉強をしようとしています

DELE:1回生の必修科目である「英語ライティング-リスニング」には、GORILLAというオンラインシステムでリスニングを勉強することが含まれています。GORILLAについてはどうお考えですか。

瀧川:いい学習教材だと思います。また、京大生全員が、英語が得意というわけではありませんから、全員のレベルに合わせるならあのぐらいの量が適切だと思います。

しかし個人的には、学術的な英語をマスターするためにはコンテンツの量が少ないと思っています。また、一度解答したらすぐに答えを見ることができるので、一度全部適当に答えて回答を見て、そのあとにそれを入力することができるので、ついついきちんと勉強しなくなることも問題かなとは思いました。

DELE:では瀧川さんとしてはGORILLAだけではなく、自分自身でリスニング用の学習用雑誌を買ってさらに勉強しているわけですね。リスニングの勉強時間は、1日でどのぐらいですか。

瀧川:1日では、毎日少なくとも30分はやろうとしています。最初は1時間やっていたのですが、少し堕落したと言いますか、他にもやりたいこととやらなければいけないことが多くなってきました。しかし、取りあえず毎日英語に触れることは目標としています



Go down



2~3日や1週間ほど英語に触れなかったら、すごく英語能力が落ちることを感じます

DELE:1日30分にしても、英語の勉強が習慣化したのではないでしょうか。やらないと何かちょっと気持ち悪いというか、自分に対して言い訳が立たないみたいな感じはありますか。

瀧川:そうですね。1日ならまだ大丈夫かもしれませんが、2~3日や1週間ほど英語に触れなかったら、すごく英語能力が落ちることを感じます。ですから、英語能力を伸ばすよりも、維持することをまず目標として毎日英語に触れようとしています。

DELE:ある工学研究科の先生も、毎朝英字新聞を読んでそれを音読するとおっしゃっていました【】。私もその話を聞いて、音読の習慣をつけました。平日の朝は、通常The New York Timesの電子版を読み、金曜日の朝は経済学研究科の先生の影響で The Economistを読みますが、そこで見つけた印象的な英文は自分のTwitterに引用掲載した後、AIの音声認識アプリに向かって音読します。そうすると自分の発音の癖が分かって勉強になります。後は、気分転換したい時に、Netflixのスタンドアップコメディを見てげらげら笑っています(笑)。

瀧川:私はNetflixを購読していませんが、YouTubeやInstagramの海外の方の投稿した動画を見ています。暇つぶしに英語に触れるのは大事かなと思っています。



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字幕があると、内容の推測がしやすくなったり、要点がつかみやすくなったりして、どこか実際のコミュニケーションとは違う経験になってしまいます

DELE: YouTubeの字幕機能やスピード調整機能などは使っていますか。

瀧川:どうしても理解できない時には字幕をつけることもあります。しかし、字幕をつけるとどうしても字幕に頼ってしまい、しっかりリスニングができません。ですから、できるだけ字幕はつけないようにしています

再生速度に関しましては、スロースピードの英語はさっき私が述べた英語の学習本で聞けるので、You Tubeなどでは再生速度をいじらずに、ネイティブのスピードに慣れるようにしています

また字幕がないと、要点を自分で見つけなければいけません。なぜか字面を見ると、重要な単語がぱっと目に入ったりしますよね。字幕があると、内容の推測がしやすくなったり、要点がつかみやすくなったりして、どこか実際のコミュニケーションとは違う経験になってしまうことをすごく感じています

字幕がないと、本当にコミュニケーションを取っている時のように、何のヘルプもない状況で、相手の言っていることを理解してないといけませんから、意地でも聞き取ろうします。自分の理解できた内容だけでもつなぎ合わせて、なんとか相手の言っていることを理解しようとします。


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頭の中で日本語を考えてそれを英訳すると遅いし、英訳でつまずくことも多いです

DELE:瀧川さんが小・中・高・大の授業では学べなかったけれども、自分の勉強や経験で学べたことはありますか?

瀧川:一番大きかったのは、ネイティブの方がしゃべる英語のスピードを知ることができたことです。中・高ではやはり大学受験が最終的なゴールで、リスニングだと共通テストが大きな目標となると思います。共通テストの英語は非常に英語初学者向けといいますか、すごくスピードが遅く、発音も明瞭です。そういう英語しか中・高校生の時の英語の勉強では触れてこなかったので、海外の学生と交流する時には、相手が何言っているのか理解できないという状況につながったと思います。自分でリスニングを勉強することによって、自分が知りたかったネイティブのスピードを知るとともに、それに慣れることができたのが収穫でした。

DELE:スピーキングではどうですか。

瀧川:スピーキングは、最初は自分がしゃべろうとしても、うまくことばが出てきませんでした。最初はやはり頭の中で日本語を考えてそれを英訳することをやっていました。でもそれだと遅いし、英訳でつまずくことも多いです。だから、まずは日本語を考えずに、英語でしゃべり始めることを意識しました

とはいえそれでもことばに詰まりますから、最初はシャドーイングなどでもいいので、英語を発声するところから始めていくと、だんだんと英語に慣れていき、自然とことばも出てくると思います

ただ、私はまだスピーキングの勉強が不十分だと思っています。自分の課題だと感じているのは、使っている語彙が簡単で幼稚ですし、表現の幅が狭いことです。スピーキングの勉強をするならしっかりと参考書などを買って、自分の表現の幅を増やしたり、自分が知っている簡単な単語の類義語などを勉強したりしていくのがいいと思います。



Listening



こちらが話すことに関しては、文法が合っていれば、表現が幼稚になってしまったとしても相手には伝わります。ですから、聞き取るほうがコミュニケーションでは大事です

DELE:日本語で考えずに、まずは英語で話し始めると、自分の話した英語表現が、他の英語表現を連れてきてくれるといった感覚はわかりますか。言い換えますなら、英語を紡ぎ出しながら英語で考えることはできますか。

瀧川:できると思います。しかし、英語で考えるともちろん思考能力がすごく落ちます。英語で考える習慣をつけるには、普段の日常生活に少し取り入れてみるといいと思っています。例えば暇な時に、何か頭の中でものを考えたりすると思いますけど、その時に英語を使って少し考えてみるといいと思います。そのように日常的に英語で考える訓練をしていたら、英語がぱっと出てきたり、英語でしゃべっていたら自然と言葉が続いていったりするようになると思います

DELE:今はリスニングを中心に勉強しながら、折々に頭の中で英語を考えているといったところでしょうか。

瀧川:そうですね。やはりリスニングがメインですね。会話では、相手のことを聞き取ることがまず大事だと思います。こちらが話すことに関しては、文法が合っていれば、表現が幼稚になってしまったとしても相手には伝わります。ですから、聞き取るほうがコミュニケーションでは大事です


KULASIS



KULASISからの案内がもっと使いやすくなったら嬉しいです

DELE:英語教育あるいは英語学習支援について京大に望むことはありますか?

瀧川:大学はいろいろな機会を提供していると思いますが、基本的にもう少し目につくように案内をしてほしいと思っています。私もKULASISは基本的にはチェックしていますが、それでもお知らせが多くなってしまった時や授業の課題に追われている時は、なかなかチェックできません。何かトピック別にお知らせをまとめてくれる機能があったり、KULASISの案内がもっと使いやすくなったりすれば嬉しいです

2つ目は英語で卒業所要単位を認めてくれる授業が少ないということです。理学部だけかもしれなませんが、第二外国語の場合ですと、10単位ぐらい認めてくれますが、英語の場合だと1年間の勉強、つまり8単位しか認められません。

英語も中級レベルを学ぶことは、すごく大切だと思っているので、そういう中級レベルの授業を単位として認めてほしいです。たしかにE3科目はありますが、E3科目はキャリア群に含まれていて、しかも認められる単位数が少ないです。キャリア群にあるE3科目こそが、英語能力を伸ばすのに重要なものだと思うので、もっとE3科目の単位認定の数を増やしてほしいですね

DELE:貴重な意見をありがとうございます。広報について各部局はいろいろやっていますが、学生さんのほうからしたら情報が多すぎるわけです。大学の広報体制がまだ十分に学生目線になっていないと個人的には思っています。私ですら「え、ここの部局、こんなことやっていたの?」といった発見をするぐらいですから、広報体制を整備する必要があると私は感じています。また、卒業単位の認定が学生さんにとって重要であることも理解しています、ですが、これは他の卒業所要単位の関係がありますので、簡単には変えにくいところです。その他に何かありますか? 


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ただ普通に英語で交流する場を設けてくれるだけでも十分だと思っています

瀧川:各部局というのは学部のことだと思いますが、学部はちょっとアカデミックな英語にこだわり過ぎているようにも思いますが、どうでしょうか。私がまだ学部2回生であまり専門的な内容でディスカッションができないのでこう思うだけかもしれませんが、ただ普通に英語で交流する場を設けてくれるだけでも十分だと思っています。趣味などについて語り合う場を設けるだけでも、英語をもっと勉強したいと思っている京大生が参加するかと思います。

DELE:国際高等教育院・附属学術言語教育センターの課外教育部門で、昼休みにいろいろな活動をしていますが、それはご存じですか?

瀧川:私も参加したことがありますが、授業が2限にあると参加が厳しくなって足が遠のいてしまいました

DELE:昼休みの参加が難しいとすれば、交流の時間帯はいつごろがいいでしょう。

瀧川:それは難しいですね。私も「いつ開催したらいいのだろう」と考えましたが、思いつきませんでした。そのプログラムには修士課程や博士課程の院生もいたと思います。学部生だと5限終了後だと時間が取れるかもしれませんが、研究をしている院生は逆に時間が取りにくいかもしれません。

DELE:万人を満足させるスケジュールは難しいですね。しかしもしプログラムをZoomで開催したらどうでしょう。

瀧川:私が参加したときはコロナの影響で、Zoomで開催されていました。しかし、リラックスして英語を話すためには、学内でなく自分のアパートからZoom参加したかったのですが、短時間で大学からアパートに帰ることもできず、参加をあきらめていました。学内で、一人でZoomに向かって英語をしゃべるとしたらせいぜい食堂や吉田南総合館北棟の一番下の階ぐらいしかないので参加しにくかったです。




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私は挫折を感じたからこそ英語の勉強をもっと頑張ろう、続けていこうと思いました

DELE:最後の論点になりますが、他の学部生に対してメッセージはありますか。

瀧川:英語を勉強したいと思っている京大生に言いたいのは、私の参加したサマープログラムなどを含めて、英語を使う機会を京大は提供してくれていると思うので、積極的に参加してほしいということです

もちろん参加したからといってすぐに英語がしゃべれるようになったり、英語でコミュニケーションが取れるようになったりするわけではありません。というより、英語がしゃべれないし聞き取れないという挫折感を味わうでしょう。しかし、挫折感を味わうことが私とても大事だと思っています

私もその挫折を感じたからこそ英語の勉強をもっと頑張ろう、続けていこうと思ったので、そういう経験から多くの人が英語学習のモチベーションを見いだしてほしいと思っています。

DELE:積極的に参加して、どんどん挫折して、それを発奮材料にして勉強を続けたらいいのではないかということですね。

瀧川:そうすればいつか自分の成長を感じることができます

DELE:そうですね。自分の成長を実感できると本当に嬉しいですが、試練なしの成長はありえませんからね。本日はいいお話をありがとうございました。




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インタビューを終えて



DELE

今回は、このインタビュープロジェクトで初めての学部生へのインタビューでしたが、瀧川さんの話を聞いて学部生に聞いてよかったなと思いました。読者である学部生の皆さんにとっても身近な話として聞けたのではないでしょうか。

瀧川さんからは大学に対するリクエストもいろいろと伺いました。大学はすぐには変われないかもしれませんし、ある人が望むことは他の人が厭うことであったりもしますから、大学にリクエストをしても無駄だと思う人もいるかもしれません。しかし関係者は学生さんの声に耳を傾けています。どうぞ何か提言などがありましたら、大学の関係者に声を伝えてください。英語教育部門(DELE)でしたら、こちらにメッセージを送ってくださっても結構です。また期末に行われています授業アンケートもぜひ有効に活用してください。皆さんの誠実な声が集まればそれはきっと力になります。

今回、勇気をもってこちらからのインタビュー依頼に応えてくれた瀧川さんに改めて感謝します。瀧川さんの人生がこれからますます充実することを心から願っています。



瀧川

私自身もこの機会を通して、積極的に新しいことにチャレンジする大切さを再認識することができました。そして、みなさんも私のこのインタビューがきっかけで、留学に行くことや英語のイベントに参加することなどの新しいことにチャレンジしてくれれば、私としてはとても嬉しいです。

柳島大輝先生(理学研究科・助教)(2020/8/24に日本語でインタビューを実施:約9,800語)

理学研究科(助教)

柳島大輝先生



自分が多様な経験をしてさまざまな視点を取り入れているかを、常に自分で問う姿勢が必要です




インタビュー(日本語)は2022年8月24日に理学研究科1号館小会議室で行われました。

インタビュアーは、英語教育部門 (DELE) の柳瀬でした。





DELE:簡単な自己紹介していただき、今までのご経歴を簡単に教えていただけませんでしょうか。

柳島:柳島大輝と申します。2021年の4月に、理学研究科のソフトマター物理学研究室に助教として着任いたしました。生まれは東京ですが、3歳の時に日本を離れてニュージーランドで、18歳までの時間を過ごしました

4歳くらいの時に幼稚園に入って、ある日自分がしゃべっていることばが他の子たちのことばと違うということに初めて気づきました。気づくのは当たり前だろうと思われるかもしれませんが、意外とそれまでは気づいていませんでした。


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18歳までニュージーランドで育ち、大学の学部・修士・博士時代はケンブリッジ大学で過ごしました

柳島:紆余曲折ありましたが、多くのニュージーランドの先生方にご指導いただきまして、親の必死の努力もあり英語と日本語を両方使えるようになりました。18歳の時にイギリスに渡りまして、ケンブリッジ大学で自然科学コースという学士・修士一貫のコースを経て、博士課程もケンブリッジ大学で学びました。

その後、3歳以来、初めて日本に戻ってきて、日本での生活を体験することになりました。日本人でありながらも、ずっと離れていたこともありまして、カルチャーショックもありました。すごく感慨深い時間でもありましたが、同時にいろいろ勉強にもなった期間だと思います。

その後に、たまたまあるプロジェクトの関係で、ポスドクとしてまたイギリスに渡ることになりました。その後再度日本に戻り、現在に至るということになります。



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自分を “dual native” だと認識しています

DELE:現在、研究面、教育面、学内行政ではどのようにして英語を使ってらっしゃいますか?

柳島:そうですね。学内行政に関しては、英語を使うことはあまりないというのが現状です。確かに外国からの先生方もたくさんいらっしゃいますが、皆様日本語が大変堪能でいらっしゃいます。ただ、研究に関しましては、いまだオランダ、イタリア、ドイツなどの研究者とディスカッションを行うことは頻繁にありますので、研究生活は日本語半分、英語半分みたいな形です。教育面ですが、今はあまり授業には直接関与していませんので、あまり英語を使う機会はないかなと思います。

DELE: “Bilingual”と “bicultural” という概念は区別できます。先生は成人して日本に戻ってカルチャーショックを経験したともおっしゃっていました。先生は自分が “bicultural” だと認識されていますか。

柳島:正しいと思います。完全に造語ですが、私は “dual native” ということばをよく使っております。「文化的にはどちらに属しますか?」と聞かれて困ることもありますが、ニュージーランドで「外国人」であったことは間違いないので、日本人としてのアイデンティティは強く持っていると思います。しかしかなりの時間を私はニュージーランドで過ごしていますので、そういう意味ではKiwi [=ニュージーランド文化]の柳島も今でもどこかにいるのだと思います。


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英語圏の中でも情報伝達の時間差があります

DELE:物理学の世界にも文化差はありますか。

柳島:あると思います。やはり国によって、特に物理学の発展した歴史に基づいて差が出ます。あとは1つずつの国のニーズですね。今の研究環境からどのようなものを求めているかによって、細分化の仕方や研究のアプローチが異なってきます。

それからglobalisation と言われてずいぶん時間はたちますが、それでもまだまだという部分はあります。例えばアメリカ、イギリスでやられた研究が、まったく同じタイミングでニュージーランドみたいな小国で行われたことなどは、実際にいくらでもあります

そうなると、visibilityの観点からどれだけ世界に早く行き渡るかが問題になってきます。それもずいぶん解消されてきたとは思いますが、それでも、後々4~5年たってみると、いや実はこの研究は同じタイミング、もしくはもっと早いタイミングで、他の国でされていたことがわかるのはいくらでもあります。そういう問題は、English speaking worldに限ってもまだあると思います。


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日本の教科書や論文では徐々にロジックを積み立てていって、最後にconclusionを述べます

DELE:今、物理学における文化の差異を、国といったマクロのレベルでお話ししていただきました。ミクロなレベルではどうでしょうか。例えば物理学者が議論をしたり、論文を書いたりする時に違いはあるでしょうか。昔、日本にいらして、京大とも縁が深い物理学者のレゲット先生は、日本語の論の運び方と、英語での論の運び方はずいぶん違うとおっしゃっていました(『日本物理学会誌』 21巻 11号 1966年 p.790-805.)そういった違いは感じますか。

柳島:確かに違いはあると思います。論文構成にもかかわりますが、論理を立てる時に、日本語でも英語でももちろんロジカルな最初があって、最後があるのですが、私の印象ですと、特にイギリスの研究者は、conclusionがものすごく強く最初に出てきます。常に冒頭にこういうことを言いたいと述べて、その後にそれに肉付けをしていきます。

ですが日本語の教科書や論文では、徐々にロジックを積み立てていって、最後にconclusionを述べます。とてもロジカルではあるのですが、最後に至らないと何が言いたかったのか分からないという印象がありますね。イギリスのほうが “mission oriented” であるような印象を受けます。


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英語話者は、日本語的な論の運びを歯がゆいと感じるかもしれません

DELE:たとえば日本語の文章をそのまま英訳した論文があったとします。結論は最後になって初めて分かるわけです。そのような論文は、英語圏の読者にとってはやはり分かりにくいもの、できれば書き直してほしいものですか。

柳島:書き直してほしいかは分かりませんが、歯がゆい部分はあると思います。「だから、結局何が言いたいの」というのが、最後まで続きますから。少しfrustratingに感じると思います

DELE:英語教師という私にご助言をいただきたいのですが、私のライティングの授業では、さきほどありましたように結論を最初に述べることを教えます。次にその結論を正当化する理由を述べて、最後にもう一度結論を述べることを指導します。

しかし、日本人の場合、たとえ英語文化の影響を受けた人も、しばしば最初に「XはYである」と述べた後の2文目は「もちろんYではないという人もいる」というように異論を述べます。

柳島:なるほど。

DELE:私の指導では、英語圏では最初に主張を言ってその次にその主張を支持・強化するsupporting sentenceを述べることが多いと教えます。ですが、こう教えることで、私は日本的な発想を否定してしまっているのかなとも思ってしまいます。このあたりについて何か方向性を示していただけるとありがたいのですが。


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英語のプレゼンと日本語のプレゼンは全く違うと考えてもいいのではないでしょうか

柳島:そうですね。難しい問題だとは思います。ただ、今はプレゼンや学術論文執筆を英語で行う機会はとても多いですから、そういうスタイルだと思い切って英語のスタイルでやってもいいのではないでしょうか。英語のプレゼンと日本語のプレゼンはまったく違う生き物であって、私が作っているのは英語のプレゼンであり、日本語のプレゼンではないと考えるわけです。その2つが翻訳という過程を経て、AからB、BからAというふうに切り替えられるものではないと考えるわけです。そういうふうに遮断してしまうのが意外といいかな、とは思います。

DELE:なるほど。翻訳という営みは現実にありますが、 “The translator is a traitor” [=翻訳者はどんなに努力しても、元々の言語の意味を裏切る訳しか提示することができない―もともとはイタリア語での表現―]と言われますからね。

柳島:まったくです。




ニュージーランドの先生からすれば私は曖昧な子どもだったようです

DELE:一方で、さきほどの自分の発言と矛盾するようにもなりますが、日本でも例えば忙しいビジネス現場の事務的なやり取りでしたら、結論を最初に述べるでしょう。そうなると、言語や国というよりも、ことばのジャンル[=ことばの使用領域]で発想が異なってくるのではないかとも思えてきます。例えばニュージーランドやイギリスでも、生活者として暮らしていて、なかなか最後まで結論が出てこないといった日本的な発想のしゃべり方に会うことはありますか?

柳島:そうですね。やはり言い回しも考え方もとてもdirectな形を取ると思います。そうでないと優柔不断に映ってしまいます。英語圏ではかなり幼い頃から「何を言いたいの?」と言われてきています。ですから大人になって違う論理の組み立て方をするのは難しいのではないですかね。

私はよく、「大輝はとてもambiguousだ」と言われてきました。私は3歳まで日本で過ごして、私も母も日本人ですので、日本的な考え方、生活の仕方がやはり染み付いています。とはいえそれを悪いものだと思ったことは一度もありません。

しかし、ニュージーランドの学校の先生がニュージーランドの生徒を見る目で見ていると、どうしても「大輝は何を言っているのか分からない。もっと最初にはっきりと何が言いたいのか言ってほしい」となっていました


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日本語で全部書いてそれをDeepLに入れて英語にすれば論文が完成するわけではありません

DELE:話題を変えます。最近の理系の方も含めて、英語の論文をPDFで読む時にそれをDeepLで日本語翻訳して速く読む人が増えてきているとも聞いています。

情報を得るためには英語を読むよりも機械翻訳を使って日本語で読む方が圧倒的に速いです。しかしそうなると英語の単語がどのように使われているのかがわかりませんので、英語を書いたり話したりすることをなかなか学べません。学生が機械翻訳を使って英語論文を読むことについて先生はどのようにお考えですか?


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柳島:学生が論文を読む時にDeepLを使うことに対しては、私は基本的に大賛成です。確かに特にnative speakerとして英語を実際に教えられている方から見ると、英語習得の観点からは少し問題があると考えるのは、まったく一理あると思います。ただ、やはりこれだけ膨大な量の情報がある世の中で、学生はほぼ毎日2~3本ぐらい論文を読んでいかなければ学問の最先端に至れません。その中で効率重視になるのは仕方がないと思います。

ただ、おっしゃるとおり論文を書いたりプレゼンを作ったりする時に、日本語で全部書いてそれをDeepLに入れて英語にすればそれで完成というわけにはいきません。日本語と英語はとても違う言語であることも関係していると思いますが、compatibilityの問題があると思います




言語を変えると失われる何かがあると思います。

柳島:翻訳の英語が文法的には正しくても、学生が意図していたことが反映されないことがあります。それは、これからの技術革新で解決される問題かもしれませんが、それでもやはりX Factorといった何かがが失われてしまうことをとても危惧しております。

学生が作ったスライドを見たり、実際に学生のプレゼンを見たりして、それらが学生の意図していたことと違うことはよくあります。そこは日本語的発想と英語的発想を両立しなければいけないと思います。そういう意味で教育面からどれだけ補充できるかというのは、非常に重要な課題になってくると思います。


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DELE:先生はX Factorという表現をお使いになりましたが、誰も明確な分析はできていないが、違う言語には何か違うものがあることを多くの人が感じています。私としては英語教員として、そこをどう学生に伝えられるか苦労しています。

先生は物理学教室で大学院生向けの科学英語勉強プロジェクトを実施なさっているとも伺っております。それについてのお話も伺えますか?

柳島:私たちはそのプロジェクトを、 “Discussions in English about Contemporary Science (DECS)” と呼んでいます。私はDECSに関わって1年になりますが、そこではやはりコロナの影響について考えざるを得ませんでした。この2~3年間、特に修士課程のすべてをコロナ禍の中で過ごしてしまった学生は、国際学会などの交流の場で自分のscienceを世界に発信する機会もなかったし、visitorsとdiscussionを交わすこともありませんでした。しかしそういった経験は、博士課程での研究に非常に重要です。英語でのdiscussionの機会がものすごく少ない世代が出てはいけないと思い、少しでも経験を補充できればと思ってDECSを始めました。


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ややcasualなscientific communicationができる場を設けることにしました

柳島:ただ、先生もよくご存じだと思いますが、英語教育では、論文の書き方やプレゼンの仕方といったformalな英語の使い方を教えるか、逆に一番casualな英会話を教えるかの二極化になりがちです。しかしその中間領域もあります。例えば学会で、隣に座っている先生と交わす会話や、coffee breakやconference dinnerなどで自分や他人の研究、あるいは研究環境にまつわるいろいろなissueを話し合ったりすることです。これはcasualとformalのちょうど真ん中に位置するものです。

そのようなコミュニケーションを充実したいと考えまして、現在の英語部会委員であるRoger Wendell先生、物理学第一教室のAndreas Dechant先生、宇宙物理学教室のHerman Lee先生、そして私の4人で話し合いまして、ややcasualなscientific communicationができる場所を設けることにしました。

ただ、実際に始めてみると、どのようなことをしたら、そういうコミュニケーションが板につくようになるのかが問題になってきました。例えば、よくconferenceの中で、「2分あげますので、自分の研究について話してください」といったプレゼンをする機会があります。 “Elevator pitch” とも呼ばれています。そのようなものを始めてみたのですが、これまで英語に触れておらず英会話にも若干不安を感じている学生たちが、急に2分間要約をやれと言われても、どうしてもハードルが高くなってしまいます。


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英語を上手になりたいのなら、まずは日本語でのコミュニケーション能力を上げることが重要です

柳島:別の例では、group discussionとして、学術出版や共同研究においての課題などについて話し合ってもらいましたが、発言力があるのは、やはりこれまですでに英語力がかなり身についている学生です。自信がない学生は、躊躇してしまい、バランスがよろしくありませんでした。

最近はsmall group discussionに徹しまして、2~3人や3~4人の単位で話し合うような場を設けています。やはり少人数だと話しやすく、話す量も多くなります。昨日第7回目を行ったのですが、第1回目に比べてずいぶん自信がついた学生はいます。そういう意味では、段階的にそういうexposureを増やしていく形を取るしかないと思います。他にもいろいろなactivity案は上がっているのですが、いまだコロナ禍が落ち着いてくれない状況の中、選択肢は狭まってしまいます。もう少し多様性をもって挑みたいと願っています。

DELE:単純に考えてみますと、英語で2分間要約を求められた時に戸惑ってしまう学生さんは3つの要因でつまずいているように思えます。第1の要因は、そもそも短い時間でまとめる習慣を日本語でももっていない人がいることです。第2の要因として英語の語順で思考して語ることにまだ慣れていないことが考えられますし、第3の要因としては具体的な表現を知らないことがあるでしょう。学生さんはどういうところで苦労しているのでしょうね。

柳島:私は英語だけではなくて、中学・高校の時にスペイン語をやっていた経験もあります。そういう意味では、他の言語を習得するのがどれだけ大変かを一度は経験しています。

スペイン語の最終学年では、ディベートなどをよくやらされました。その時もそうでしたし、今回自分で企画する側に立っても気づきましたが、元々の母国語でどれだけ発言力をもっているかということが常に効いています。ですから、英語を上手になりたいのなら、まずは日本語でのコミュニケーション能力を上げることというのが、私のメッセージになると思います。会話のキャッチボールにはそれなりの修練が必要です。


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母国語でも、相手が分かるような形で伝えることができているでしょうか

柳島:ですから、英語力を上げようとするなら、まず「私は日本語でDiscussionができるか。自分の研究トピックを論理的に他人に説明できるか。もしくは自分の生活・研究環境・教育環境のissueについて、日本語で語れるか」といった自問自答をするべきでしょう。

さらに言いますと、伝えている相手に対する何らかのempathyをもって、相手が分かるような形で伝えることが、自分の母国語でできているのかが非常に重要だと考えています。時々、そこから磨いてほしいと思うことが多いです。ですから、確かに具体的な表現が英語で出てこないことで戸惑うことは多いと思いますが、まず日本語できちんと自分の研究を整理し、それを他人に説明できるかを確認してほしいというのが、私の今一番感じるところです。

DELE:私が聞いて面白かったのは、聞き手に対するある程度の共感をもって、あるいは聞き手の心を想像しながら話をすることが大切だという点です。これができていない日本語プレゼンテーションもあります。いわゆる原稿の棒読みです。

柳島:そうですね。

DELE:DECSで、そのような棒読み的な発言はみられますか?

柳島:そうですね。棒読み的な発表を防ぐためにも完全にimpromptuで、「用意はまったくしないで来てください」と敢えて言っています。そういう意味では、結構気軽に来てくれるというのはうれしいのですが、逆にそれだけ本質が試される。学生が自分の研究をどれだけ消化しているかが試されます。


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自分が多様な経験をしてさまざまな視点を取り入れているかを、常に自分で問う姿勢が必要です

DELE:広い意味で京大生に求めたいことはありますか?

柳島:そうですね。やはりempathy、共感の重要性に関して申し上げておきたいと思います。情報を正しく消化するためには、自分の環境の多様性が重要ですし、自分の環境をcontextualizeできること[=自分が置かれている文脈の位置づけを理解できること]が大切です現在は、情報過多の世の中です。ネットで探せば無限に情報があるようにも思えます。その中でやはり自分の価値観と経験と、それとそれに伴う情報のセットに多様性をもたらすことが重要です。そして多様な考え方のそれぞれの文脈性を理解する必要があります。

こういった意味で私は、共感は磨くものであると考えています。自分が多様な経験をして、さまざまな視点を取り入れているかを、常に自分で問う姿勢が必要です。さらに、相手の視点を理解できていなければなりません。例えば自分の分野と他の分野が異なると、backgroundが違うからどのように説明すればいいのかを考える必要があります。そのためには、相手の分野もそれなりに理解していなければなりません。だから本当に幅広く読んで、幅広く経験して、それをコミュニケーションに生かせれば最適だと思います。


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難しい知識の有無で差別化するような英語試験にはちょっと疑問を感じることはあります

DELE:共感力といいますと、非常に感性的なもののように聞こえますが、実は知的要素も必須で、自分の知識の文脈性を自覚し、自分はどのようなパースペクティブから見える景色を語っているのかがわかっていなければいけないし、同時に相手の文脈性とパースペクティブの理解も重要だということですね。そもそも世界は多様なものの見方で構成されているのだから、幅広く知識を得て経験を深めてほしい、しかしただ、むやみに知るのではなく、認識の違いも含めて勉強してほしいということだと理解していいですか?

柳島:まったくです。そういうことになると思います。

DELE:京都大学あるいは日本の英語教育に対して感じることはありますか?

柳島:そうですね、英語は非常に重要なツールであることは間違いないのですが、受験戦争においての英語は一体どういうものなのかなと感じます。もちろん、今の受験戦争と30~40年前の受験戦争を比べた時に、それはまったく別物だとおっしゃる方もたくさんいらっしゃいます。しかし基本的にやはり受験生の間で差をつけるのが受験ですので、難しい知識の有無で差別化するような方法にはちょっと疑問を感じることはあります。私はまだ日本のシステムにおいての経験がとても浅いので、確固たることは言えないのですが・・・。


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英語試験の得点差がそのまま英語の能力の差を反映しているとはならないと思います

DELE:先生のお考えを延長するならば、受験では難問奇問ではないレベルの問題を出して、そこで合格点を取ったならば、あとは極端な話、くじ引きで合格者決めてもいいかもしれないとなりますか?

柳島:英語試験の95点と94点の差、95点と92点の差は、そのまま英語の能力の差を反映しているとはならないのではないかと思います。ある一定レベルの英語力が確認できれば、それ以上合格者の線引きには使わなくてもよいのではないでしょうか。

DELE:それでは、その点数至上主義と申しましょうか、難問を受験で問い続けることによって、逆に失われているのは何なのでしょう。

柳島:そうですね、教育に充てる時間の配分時間が影響を受けていると思います。日本の中学生・高校生が難問対策に充てる時間を、例えばnative speakersと英語で会話できるような機会に充てれば、日本の英語教育は変わると思います。大学に来て、英語を話すことに躊躇する学生は本当に少なくなると思います。

DELE:そうですね。しかし残念ながら今の京都大学の英語教育の必修科目に、スピーキングはありません。

柳島:ないのですか。

DELE:基本的にはライティングとリーディングだけです。もっとも、ライティングのクラスには、リスニング教材を自動的に配信し採点するオンラインシステムでの学習が含まれていますから、科目名は「ライティング-リスニング」となっています。さらに、その「ライティング-リスニング」は、前期か後期のどちらかを英語母語話者が担当しています。しかし、本格的なスピーキングの科目は必修科目にはありません。


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他の人がどうしても話しかけたいような人間になってほしいと思っています

DELE:最後の論点です。すでにおっしゃったかもしれませんが、改めて学部生向けに、何か助言をいただけますか。

柳島:そうですね。画一的な考え方、学習方法にこだわらずに、多様な、いろんなフォーマットでの情報を得て、それを自分の中で消化してほしいですね。そして自分が話しかけるだけではなくて、他の人がどうしても話しかけたいような人間になってほしいということです。


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単に情報を飲み込むだけではなくて、自分の中で消化して、コミュニケーションがしやすいような人間になっていることが大切だと思います

DELE:素晴らしいですね。画一的な考え方にこだわらずに、自分のスタイルを見つけてほしい。そして他人が思わず話しかけたくなるような人間になってほしいということですね。

柳島:そうですね。やはり会話の楽しさは、日本語でも英語でも磨くものだと思います。先ほど共感を磨くという点がありましたが、その延長線にあるようなものだと思います。

コミュニケーションを学生たちにも楽しんでほしいですし、同時にその能力を少しずつ磨いていってほしいです。もちろんコミュニケーションが苦手な学生もいます。それは一つの個性ですから、まったく問題ありません。しかし、少し自分のベクトルを変えたいと思った時には、自分がコミュニケーションがしやすいような人間になっていた方がいいですね。

そのためには、自分の情報と価値観の多様性が自分の中で消化できていることが重要です。単に情報を飲み込むだけではなくて、自分の中で消化して、コミュニケーションがしやすいような人間になっていることが大切だと思います。

DELE:とても深い話をありがとうございました。

柳島:こちらこそ楽しかったです。



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インタビューを終えて



DELE

このインタビューは日本語で行いましたが、柳島先生の日本語はとても穏やかかつ丁寧でした。私としては数十年前にタイムスリップして、古き良き時代の日本を感じたようでした。インタビューの書き起こしを編集する際には、読みやすさを重視して婉曲表現などをずいぶん削除しましたが、それでも先生の端正な語りの雰囲気は伝わっているのではないでしょうか。

もし次に機会があれば、ぜひ英語で語る柳島先生とお話してみたいと思いました。インタビューの中で語られた論点を少し敷衍するなら、言語は、自由に取り替え可能な上着みたいなものでなく、自分自身を方向づけ規定する認識装置であるように思えます。地球規模での交流が不可避だとすれば、言語と文化の問題はこれからますます現実的な問題となってゆくでしょう。

ご多忙な中にインタビューの時間を取っていただいた柳島先生に心から感謝します。また、インタビュー修了後に京大の英語教育について多くの情報交換・意見交換ができ、私としても大変啓発されました。DECSのますますの発展と、DECSのような営みが大学各所で生まれ育つことを心から願っています。




柳島

この度は京大の学部生の皆さんを対象に情報を発信する貴重な機会をいただき、i-ARRCの先生方にはとても感謝しております。

「英語はツール・道具である」というフレーズを良く耳にします。それはまったくその通りであり、純粋に学業の一貫である言語教育と対を成す考え方です。では学部生の皆さんはその「道具」で何をしたいですか?英語論文を読みたい?国際学会で発表したい?英字の新聞やメディアを通じて異なる視点に触れたい?趣味に纏わる国際的なコミュニティに参加したい?グローバル企業や組織で活躍したい?海外で起業したい?旅をしたい?友達を作りたい?

自分の中に「ミッション」があるからこそ、言語習得以外の様々な課題を認識することができ、究極的にはツールの「ユーザー」である自分自身を多方面から磨くことができるのではないでしょうか。皆さんが各々のゴールに向かって果敢にチャレンジできること、そして英語がその道のりで大いに役に立つことを切に願っております。

安留健嗣さん(理学研究科・博士課程)(2022/8/24に日本語でインタビューを実施:約9,900文字)

理学研究科・院生(博士課程後期)

安留健嗣さん



英語はツールであり、ツール以上のものです




インタビュー(日本語)は2022年8月24日に理学研究科5号館418室で行われました。

インタビュアーは、英語教育部門 (DELE) の柳瀬でした。




DELE:まずは簡単な自己紹介と、現在どのように英語を使ってらっしゃるかについてお聞かせください。

安留:理学研究科物理学第二教室の高エネルギー物理学研究室のドクターの4回生である安留健嗣と申します。学部は京都大学で、そのまま理学研究科へ進学して10年間ぐらい京大にいます。しかし実は高校を卒業してからは早稲田大学に行きました。英文学を4年間学んで卒業しました。卒業論文は、シェークスピアの四大悲劇についてでした。だから、英文学を学んだ後に、ちょっと理系の勉強をしてから、京都大学の理学の道に進んだわけです。

英語をどのように使っているかについては、大学院に入る前と入ってからで大きく変わっています。入る前は、ほとんど英語の勉強はしていない状況でした。していたとしても、物理学の英単語を学んだぐらいで、英会話やリスニングについてはまったく勉強していませんでした。



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英文学専攻で大学を一度卒業していたのですが、理学研究科のある面接で、自分が英語を話せないことに気づきました。

安留:大学院に入ってから最初の関門は、あるサマースクールに応募した時に英語の面接でした。そこでまったく自分が英語を話せないということに気づきました。面接にも落ちましたので、次にインターナショナルな研究活動をしている研究室の中で英語を使うことに注目しました。自分の興味と英語使用の両方の環境がそろった所に行こうと思い、結局そこに行きました。

その時までの私の英語はリーディングのみに特化していましたが、そこからはリスニングとスピーキングの2つの能力が必須になりました。海外のコラボレーターたちと一緒に研究しますので、英語をツールとして情報交換をするために使います。

今は主に海外の人たちと研究しているので、「Slack」というアプリを使って英語でチャットをしています。ミーティングで議論をする時も全部英語です。リスニング、スピーキングは非常に多いです。もちろん書いている論文も英語です。ライティングについてはまだ書き方を学んでいる最中です。

DELE:早稲田の英文から京大の理学部に来たという、いきなり面白い話題が来ました。英文学を勉強したことと、今物理学を研究していることで、通底しているものはありますか。

安留:文学を知らない人は、文学研究は研究者が自分の感想を書いているだけのように思うかもしれません。この作者がここでこう言っているのは、こういうことなのだろうという考察は、感想を述べているだけに過ぎないというわけです。しかし、考察のすべてには根拠があります。

たとえば、シェークスピアを作品という世界の神だと思ってください。1つ1つの文は、その世界の現象です。その現象と現象をつなげて1つの何か定理のようなものを導くことが文学研究です。それは科学と重なります。物理学の対象は、神がつくった現象で、それを人間が解き明かそうとしています。文学は人間が作ったものを人間が解き明かそうとしているので、スケールはまったく違いますが、やっていることは似ているという感じを受けます。




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英語はツールであり、ツール以上のものでもあります

DELE:とても面白いです。その話だけで、1時間ぐらい使ってしまいそうです。しかし、時間は限られていますから、いきなり話の核心部に入ってゆきたいと思います。インタビューを正式に始める前に少し語られたお話についてお伺いさせてください。

さきほど英語は、ツールであり、ツール以上のものであるとおっしゃっていました。それについて、もう1度改めてご説明願えますか?

安留:よく言われるのがツールとしての英語です。情報交換のために英語を使います。しかしそれだけではなく、英語をツール以上のdestinationというか目的として使うこともあると思います。英語は言語なので、美しさというか芸術的な側面をもっています。例えばレトリックですが、こういう場合に、こういうように使うとうまくいくといった例が文学にはたくさんあります。レトリックはプレゼンテーションをする時にも役立ちます。簡単な単語で情報を伝えることはもちろんできますしそれが喜ばれる場面もたくさんありますが、表現にイディオマティックなフレーズや昔の人の言い回しを織り交ぜてみるとインパクトを与えられます




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安留:ツールとしての英語に話を戻しますと、スピーキングやリスニングは即効性が重要です。会話はキャッチボールなので、相手の発言を瞬時に判断して自分の発言をしなければなりません。その交換がかなり即座に行わなければならないので、メインのポイントを伝えることが優先されます。ですから会話では文法や発音がそこまで正確でなくても、ある程度通じ合えればかまいません

他方、リーディング・ライティングは、もう少し時間をかけて情報交換を行います。また対面したときに得られる非言語的情報もありません。ですから言語表現も厳密になり、英語のロジックに忠実に読み書きしなければなりません。これは英語の基礎というものが分かってないとできません。基礎が分かっていれば、恐らく機械翻訳をうまく活用することもできると思います。

しかし、情報交換のためのツール以上のものとして英語を使う場合、機械翻訳はまったく役に立たないと思っています。例えば、あることをもっとも効果的に相手に伝える言い回しを選択することは今の機械では不可能だと思います。アメリカ英語の使い手に、もっとも説得力をもって伝える方法を知るには、アメリカ文化およびその背景を知らなければなりません。言語表現は、その土地の文化と密接に絡んでいるので、そういうところの理解が必要になってきます




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情報交換のレベルの英語だけでは友人を作るのも困難かもしれません

DELE:ここで私なりの理解をはさんでもよろしいでしょうか。最初にツールとしての英語とツール以上のものとしての英語という2区分がありましたが、ツールとしての英語はさらに2つに下位区分されて、口頭言語としてのツールと書記言語としてのツールに区別できると考えた方がいいかとも思いました。口頭言語でしたら、とりあえずその場でポイントが伝わればよいわけですが、書記言語としてのツールだとそれなりに時間をかけて読み書きします。この点で、書記言語としてのツールの英語は、ツール以上のものとしての英語に少しつながっているように思いました。

しかし大きくいいますと、やはりツールとツール以上という区別は有効です。ツールとして英語を使う場合、ツールそのものにあまり価値はありません。大切なのはメッセージです。極端な話、メッセージさえ伝わればメディアは英語以外の言語や手段でもいいわけです。

ところがツール以上のものとして英語を使う場合、英語は何でもいいメディアではありません。英語というメディアがメッセージと融合しています。メッセージに、メディアを使う文化共同体の認識が反映しています。この場合のメディアとは、無味乾燥なツールではなく、認識装置といってもいいものでしょう。

安留:そうです。ですから、例えば、英語を使ってアメリカ人と友だちになろうとしても、英語が情報交換のレベルだけでは難しいです。スラングとまではいかないにせよ、アメリカ人がよく使う表現を使うと、アメリカ人の方にも親近感がわきます。辞書的な表現だけではなく、イディオマティックな言い回しを知っていると、「何かこの人話しやすいな」と思われます

DELE:英語では “We speak the same language.” という表現があります。これはただ同じ文法と発音を使っているというのではなく、細かな表現の仕方が一致しており考え方が非常に似ているという意味です。

安留:そうですね。そのレベルの英語は、例えば高校までの勉強ではなかなか身につけられないのかもしれません。そういった学びは、大学生だからこそ開拓していけると思っています。テキストなどに縛られない勉強ができるのは大学に来てからでしょう




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発表を終えた後に、議論し合うことが物理学会では重要です

DELE:なるほど。ここでまた質問させてほしいのですが、“We speak the same language.”といった共通の価値感覚の重要性については私のような文系の人間としてはとてもよく分かります。しかし、同時に「えっ、物理学をやってらっしゃる方でもそうなのですか。物理学の学会でもそのような感覚が大切なのですか」といった素朴な疑問が浮かびました。

安留:物理学会での焦点は、どんな物理をやり、どんな結果を出しているかということです。それを表すプレゼンテーションで、仮に発音があまりできてなかったとしても、スライドの論点の立て方などがちゃんとしていれば、親近感をもってもらえます。さらに、発表を終えた後に、議論し合うことが物理学会ではむしろメインになってきています。その時の関わり合いの中で共通の感覚があるとコミュニケーションがうまくできます




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技術がどれだけ進んでも英語での会話でデバイスに頼るべきではないと思っています

DELE:ある工学研究科の先生も、機械翻訳器などのデバイスを仲介した科学者同士のコミュニケーションは考えがたいとおっしゃっていました。科学のベースは人間と人間の語り合いだからです。やはり物理学でも論文やプレゼンテーションを終えた後の議論が大切だということでしょうか。

安留:そうですね。そもそもコミュニケーションを1対1でする時に、パソコンと議論したい人は多分ほとんどいないわけです。デバイスを通じてコミュニケーションをすると、パソコンと議論しているのと同じ感覚として扱われてしまいますから、スピーキング・リスニングに関してはデバイスには頼れません

技術がどれだけ進んでもデバイスには頼るべきではないと私は思っています。だから、スピーキング・リスニングのスキルは、ベイシックなところを含めて、どこまでいっても大事です。




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情報の中身には、物理学の知識だけではなく、それに伴う感情も含まれています

DELE:即興で話をするということは、同じ瞬間に同じような感情を共有することです。

安留:そこですね。感情のやり取りが大事になってきます。ですから、先ほど言っていた情報の中身には、物理学の知識だけではなく、それに伴う感情も含まれています。その感情のやり取りができるようになるのは、どれだけ英語を使って話したかという経験にかかっています。こういう英語を使った時は、何かこういうふうに感じたとか、こういう英語を使った時に相手はああいうふうに感じていたとかを知ることが大事だと思います。

DELE:そのような感覚を身につけることを、残念ながら高校までの英語教育ではあまりやっていないわけですね。

安留:やっていないです。




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単に英語を学ぶだけでなく、同じ場所で英語を学んでいる人とコミュニティを作ることが重要です

DELE:では、そのような感覚を身につけるにはどうしたらよいのでしょう。英語という巨大な認識装置の中に入っていき自分がその一部になることが大学生の学びの課題だとしましても、具体的にはどうすればよろしいのでしょう。

安留:自分自身はあまり経験できなかったのですが、京都大学の中にはたくさん外国人向けのサークルというか、英語で語り合う集まりがあります。そういうインフォーマルな環境の中にいかないと、感情のやり取りをするのはやはり難しいと思っています。私は、研究生活をするようになって初めて、そういうコミュニティに入ることができました。

それから特定企業の宣伝をするわけではありませんが、オンライン英会話がありますよね。ネイティブスピーカーと何回でも話ができるオプションがついたものもあります。もし大学で英語を使うコミュニティを探すのが難しいというのであれば、そういうオンライン英会話でも多分全然問題ありません

フリーのディスカッションをネイティブスピーカーの人たちとすると、自分の英語とネイティブスピーカーの英語がまったくかみ合わないことがあります。情報は伝わるのですが、使っている英語が全然違うことに気がつきます。向こうから指摘されたりすることもあります。そういった経験で英語の使い方は分かってくるのかなという気はしています。そういう訓練で自信がついてきて、また京大の英語のコミュニティに入るといいのかもしれません。

DELE:お話を聞きながら、E2科目ILASセミナーへの参加の重要性を再認識していました。

安留:そうですね。そういう授業に参加することのメリットは、単に英語で学ぶということだけではなくて、同じ教室にいる学生と仲間になれるということです。英語を話したい日本人学生や英語しか分からない留学生とコミュニティを作ることができます。京都大学はそういうコミュニティを作りやすい環境が整ってきていますから、そこを使いこなすのがいいと思います。

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ノンネイティブの方と英語で話すと英語を話すことが増えるかもしれません

DELE:安留さんのお話を聞いていても、他の人のお話を聞いていても、いわゆる4技能の中で、スピーキングが英語使用と英語学習を引っ張っていく要因になっているような気がします。スピーキングをして自分ができないことに気づくことも含めて、スピーキングの経験が英語使用・英語学習をドライブしていくようです。もちろん、スピーキングの基礎にはリスニングとリーディングがあります。しかしその基礎を学ぶだけではあまり前進しません。

安留:そうですね。まあ受け身ですから。

DELE:そうです。ですからやはりしゃべることが重要だと思います。そもそも “Do you speak English?” という表現は英語が使えるかという一般的な意味をもっていますよね。英語をしゃべることは意識してやらないといけないと思いましたがいかがでしょう。

安留:そうだと思います。しかしスピーキングの最初の関門が、スピーキングをする相手に対して、自分の英語が拙くて申し訳ないとか恥ずかしいといった感情が湧くことです。自分の発音や、いろいろ考えてしまうから空いてしまう間などを嫌だと思ってしまいがちです。特に相手がネイティブスピーカーの人だとそういった感情が強くなりがちです。

しかしノンネイティブの方と話すとすこし感覚が違ってきます。他のアジアの方でも、ヨーロッパ圏の方でもいいのですが、そういう人たちの使う英語は、第2言語として英語を学んでいますから、私たちが話している英語と結構共通点があります。第2言語として学んでいるからむしろ聞きやすいこともあります。自分の母国語ではないから洗練されてないという言い方はできるかもしれません。しかし、お互い同じ立場でスピーキングをしていくことで自分が英語を使う機会は増えていくと思います






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自分の中に英語力のブレイクスルーを引き起こそうとすれば、スピーキングが一番です

DELE:やはり言語は、生身の人間の間の関係性の中でもっともよく育つものだと思えます。感情的に同調したり反発したりしながら言語の使いこなし方をつけることが大切だということです。もちろん読書をして育つこともあります。私のドイツ語力は非常に限られていますが、それでもカントやマルクスの原著が読めると、あの数世紀に1人しか出ないような天才の言語を今読んでいるのだと妙に興奮することもあります。しかしやはり大切なのは生身の人間の間でのやり取りかなと思います。

安留:科学の進歩について思い出したいのですが、科学は常にスムーズに進展しているのではなく、ブレイクスルーを通じて発展します。問題が共有された時に、それを克服するためのさまざまなアイデアが出された結果ブレイクスルーが起き、科学が発展するということが繰り返されています。

英語の勉強もたぶん同じです。リーディングやリスニングだと、分かってない問題点も頭の中でスルーして、分かった気持ちになって進みがちです。分からない部分は置いておいて、大意だけ理解してとりあえず自分は英語ができていると思い込みます。しかしスピーキングをすると、自分の問題点がはっきり分かります。自分ができていない部分、相手に伝わらない部分が明確に分かり、それが問題として突きつけられます。発音にしても表現にしても、自分ができないことが明確にわかります。自分の中に英語力のブレイクスルーを引き起こそうとすれば、スピーキングが一番です

DELE:ライティングも自分で経験を重ねると、自分でロジックが通らないのでごまかして書くことがあります。ところが他の人の論文を見ると、「この人はごまかさずに書いている。そうかこのように書けるのか」といった発見があります。

安留:研究者はライティングでもスピーキングと同じようなことを経験できます。添削で、「これは何を言っているか分からない」とか「分かりづらい」とか言われることは、自分の問題点の理解につながります。しかし学部生の場合は、やはりスピーキングがもっとも有効だと思います。スピーキングの経験で自分の問題を発見して、その問題を解決するにはどうすればよいかを学ぶのが、真の意味での学びかと思います。





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スピーキングでは、コミュニケーションが楽しいとか、相手の文化や考えを学べるのが嬉しいということが大切です

DELE:私の失敗談で恐縮なのですが、あるスピーキングアプリではうまく学習を継続することができませんでした。私は英語教師ですから、いいアプリがあると聞けば、できるだけ自分でも試してみます。その一環である有名なスピーキングアプリをしばらく有料契約しました。しかし、それはまさにパソコンに向かって、AIに向かってしゃべるものなのですね。AIが指定した英文を私が読み上げたり、AIの指示にしたがって私が英語を話したりすると、AIが「あなたの発音や発話は何%正しいです。よくできました」という反応を返してくれます。しかし、私はそういった学習は続きませんでした。私の場合は、人間に対してではなく、AIという判定装置に話しかけることは継続できませんでした。

安留さんはそんな感覚を共有しますか?この問いをお尋ねしますのは、学生さんが英語を勉強しようとする場合、1人で勉強する人が多いからです。そして勉強がなかなか続かないという話もよく聞きます。さっきのオンライン英会話でしたら生の人間の相手がいます。コミュニティが生身の人間の集まりだということは言うまでもありません。安留さんの話を聞いていますと、英語の生身の人間の反応が大切だと言っているようにも思えたのですが、どうでしょうか。

安留:生身の人間の反応が大切というのもあるかもしれませんが、おそらく英語を英語として勉強するのがつらいというのもあるかもしれないです。オンライン英会話や実際の人とかのスピーキングで思うのは、コミュニケーションが楽しいとか、相手の文化や考えを学べるのが嬉しいということです。英語を使うだけでなく、そういう2次的なものがあり、情報と感情のやり取りがあるから楽しいわけです。機械に対して話しかけるのは、自分の英語力だけを上げることにだけとどまっているから続かないのかもしれません。

DELE:間違ったたとえかもしれませんが、野球のバットを素振りするだけなら辛い。ところが、ゲームに出て自分の振ったバットがヒットになったりするともうほんとに楽しくてしょうがない。だから逆に自分の問題点を克服するための素振り練習もするようになります。

安留:その野球の喩えを使うと、英語を使った果てにいろいろなことができることが重要だというのは、私が言っていることに近いかもしれません。

DELE:ごめんなさいね。私のような文系はすぐにアナロジーやメタファーを使いますから、精密な思考をする方を混乱させてしまいます。

安留:いやいや。そうですね。別の喩えを考えてみるなら、料理の喩えが使えるかもしれません。例えば料理の勉強をしている時に、味見をして「これおいしいな」と思ったりします。あるいは自分が包丁を使っている時に、「あれ? 自分がなんかうまく使えているな」といった感覚が少しずつ出てきます。そのように感じると、恐らく人間はうれしいと思うわけです。そういう側面もあるかもしれません。機械に対してしか英語の練習をしなかったり、野球で素振りしかしなかったりすると、やっている時の達成感が小さいのかもしれません。





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「こういう言い回しをしたいのだけどできないな」と思った時に、相手の意見をそのまま受け入れて、ただ「イエス」と言っていました

DELE:ありがとうございました。どんどん話を聞きたいのですが、随分時間がたってしまいました。今まで話し損ねていたことなどはありますか。

安留:そうですね、自信をもって英語を話せないとどうなるかという話をします。私があまり英語をしゃべれなかった時の話ですが、私のプレゼンに対して質問や意見が来ます。それを仮に理解できたとして、「こういう言い回しをしたいのだけどできないな」と思った時にも、相手の意見をそのまま受け入れて、ただ「イエス」と言っていました。

議論をすることができなかったわけです。反論したいのですが反論することができない。それは日常の会話の中でも同じで、相手が「こう思う」みたいな話をした時に、自分の知っている引き出しが狭いと、言いたいことが言えない。学部生はもしかしたら最初はそういうことを多く経験するかもしれません。しかしスピーキングの大事さはそういうことを経験して、それをさらなる学びにつなげることです。





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どんな道を選んでも自分が後悔することがなければいいと思っています

DELE:最後に改めて学部生に最後にメッセージをいただけますか。安留さんの場合は、一度大学を卒業して、改めて別の大学に入り直したわけです。人生は自由なはずですが、自分たちは自由でないと思っている学生さんも多いように思えます。そのあたりのお考えをおうかがいできればありがたいのですが。

安留:私の偏見かもしれませんが、そもそも京大に来るような人は、他の大学生と比べると、自分がやりたいと思っていることが世間の人の意見と少し違っていることが多いかもしれません。私はそれでいいと思っています。普通は大学を終えたらそのまま就職するべきだろうっていうのが普通の見方だと思いますが、私は英文学を学んでから就職をする道よりも理系の道を進むという道を選びました。世間では、安定した生活が一番大事だというふうに思われているでしょうが、私の中では本当に自分がやりたいことに向かって走っていった結果、現在に至っているわけです

ですが何が大事かは大学生1人1人が決めることです。ですから、助言としては難しいのですが、どんな道を選んでも自分が後悔することがなければいいと思っています





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大学生のうちに大学生だからできる学びをしてほしい

安留:あとは、英語の話に戻ってくると、大学生のうちに大学生だからできる学びをしてほしいということです。小学生、中学生、高校生の生活は、周りによってある程度自動的に決められてしまっています。高校でも、まあ一応サークルとか部活動はありますが、それでも自分で決めてやれることは限られています。

しかし大学生には自由があります。学部が決まっていても、交友関係や交際関係を今までとは比べものにならないほど広げることができます。特に京都大学は広げることができる大学だと思います。もし、先ほどの英語の学びの話で共感できるところがあったら、大学生のうちにどんどん交友関係を広げてください。でも、私はむしろそういうことをしたかったなという立場なので、難しいですね、助言をするというのは。助言というのは難しい。

DELE:いえいえ、それは安留さんが非常に誠実な方だからですよ。不誠実な人ですとどんどん助言やお説教をしますから(笑)。

安留:いやあ、難しいですね、助言は。

DELE:しかし、交友関係であれ、コミュニティであれ、読む本であれ、あるいは学びたいと思う学問であれ、大学生の間にはそれを選ぶ自由があるから、それをできるだけ行使してほしいというご助言は説得力があります。それは小中高生ではできないことですし、会社員になってもしにくいでしょうから。

安留:そうですね。それは、むしろ会社員になってからのほうが難しいでしょう。おそらく大学生の間が最も幅広く友だちを作ることができると思います。それも日本の友だちだけではなくて、海外の友だちを作るチャンスも大学生の間が一番あると思っています。

DELE:ありがとうございました。これでインタビューを終えさせていただきます。長時間ありがとうございました。



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インタビューを終えて




DELE

安留さんは英文学と物理学を専攻したせいか、物事を深く考え、自分が納得できることばで語られる方でした。インタビュー書き起こしでは読みやすさを優先するため、安留さんが思考を紡ぎ出す過程の多くを削除しましたが、インタビューの席で私は、よく考えながら話をする安留さんの姿に魅了されました。そこで私は調子に乗って、変な喩えを出したり妙な問いかけをしたりしたのですが、それらにも誠実にお応えいただいた安留さんに深く感謝します。読者のみなさんもどうぞ安留さんのことばからさまざまなことを学んでください。

追記

インタビューの中で私(DELE:柳瀬)は、AIの指示にしたがって私が英語を発音・発話するアプリでの学習が長続きしなかったことを書きましたが、別に私もAIを使ったアプリ全般を苦手としているわけではありません。

例えば私は平日の朝は、The New York Timesなどの英文報道を読み、印象的だった英語を自分のTwitterに流すようにしていますが、最近は、その英語を音読してあるAIアプリに音声認識してもらうようにしています。

この自己訓練方法は、毎朝英字新聞を音読するという工学研究科の先生の習慣とLINEに語彙学習の記録を残すというある学生さんの勉強方法を組み合わせたものといえるかもしれません。

ともあれこの訓練方法だと、自分が共感・納得する英文を私が誰かに伝えようとする時、私の発音のどこが問題になるだろうかという問題意識で行いますからか、私は長続きしています。具体的にも私はやはり/w/, /r/, /t/, /d/などの子音と二重母音系の発音にエラーが多いことがわかります。毎朝、自分の好きな英文を使って自分の発音技能をチェックするのはいい習慣になっていると思っています。





安留

インタビューの最後に、学部生への助言を質問していただきましたが、うまく言語化できなかったので、改めてインタビューでの応答を基にして考え直してみました。もし参考になるようでしたら使っていただけると幸いです。

***

私の体験にも基づきますが、学部生のうちに、英語に関して何らかの挫折をすることを経験しておくことが、その後の英語能力を伸ばす上で大事なことかと思っています。特にスピーキングでしょうか。おそらく、英語能力を伸ばしたいと思う一番の原動力は、「自分に英語能力がないということを自覚すること」だと思うからです。インタビューの中でも触れたように、「問題」を自分の中に内在化すること、が大事かと思います。

京大に合格するような学部生であれば、高校までの英語教育で挫折を経験することは少ないと思います。僕自身も恥ずかしながら、早稲田の英文学コースから、理系の大学院に進むまでに、英語は人並みより上と思っていました。しかし、インタビューでお伝えしたように、大学院に進学後、英語の面接試験で、思っていることを全く話せないことを痛感して、自分の英語能力はたかが知れたものだということを認識しました。

挫折とはいかないまでも、英語が必要とされる環境に身を置いて、その中で自分がどれほど英語でコミュニケーションとれるのか、情報交換レベルの英語は使いこなせるのかなどを経験しておくのは、有意義だと思います。そういう経験をするなかで、英語のコミュニティに近づこうとする動機などが芽生えてくるかなと思います

南谷奉良先生(文学研究科・准教授)(2022/8/3に日本語でインタビューを実施:約8,500語)

文学研究科(准教授)

南谷奉良先生



「同調ばかりを求めていると、世界を広げる他者の声が入りにくくなります」



インタビュー(日本語)は2022年8月3日にZoomで行われました。

インタビュアーは、英語教育部門 (DELE) の柳瀬でした。



DELE:最初に、現在先生が文学の研究者としてどのように英語をお使いかお話しいただけますでしょうか。

南谷:私は文学研究科の英語学英米文学専修の教員です。アイルランドのジェイムズ・ジョイス(1882-1941)という作家を専攻しています。ジョイスは非常に難解なことで知られる作家なので、その作品をいかに読めるようにするか、ということ意識して、教育や研究を行っています。その一環として、『ユリシーズ』という難解な小説をアカデミアの外で読む企画「2022年の『ユリシーズ』―スティーヴンズの読書会を同期の研究者とともに開催してきました。2019年からスタートし、3年間をかけて同書を読破するという試みです。毎回50名ぐらいの方が参加し、ちょうど3日前に第18回目が終わったところです。積極的な参加者の方の協力もあって、大成功に終わった読書会だと思います。

DELE:『ユリシーズ』に50人も集まるなんて驚きました。

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「22Ulyssess」というイベントには毎回200名ぐらい来ます

南谷:ほんとですよね。私もびっくりしたのですが、コロナ禍の中でオンライン文化が生まれたことが功を奏してそのような読書会が可能になりました。それと並行して今年の2月から、22 Ulysses―ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』への招待」という企画の発起人の一人にもなりました。ジョイスのユリシーズは1922年に出たので今年は出版100周年です。さらにジョイスの誕生日が2月2日なので、その22を記念する形で、1年間で全22回のオンライン講座を行い、22人もしくはそれ以上のジョイス研究者にご発表を依頼して、同書の謎や魅力、読み方などを解説していくイベントです。いまは小説の半分ほどまで来たところです。こちらはもっと参加人数が多くて、毎回だいたい200人の方が参加してくれています

DELE:すごいですね、それは。

南谷:私自身を含め、13人いる発起人全員で驚いた次第です。難解なものを読みたいとか、誰かと一緒に文学作品を読み解きたいという思いを参加者の方から強く感じました。それは人文学にとっても大きな希望だと思います。色々な方法はあると思いますが、アカデミズムの中でその研究を深めることと同時に、その専門知を外に向かって公開していくことも大事だと考えています。


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James Joyce Quarterlyに論文が掲載されたことは研究上の励みになりました

南谷:文学研究者としてどのように英語を使っているかという点ですが、当然研究面では英語論文を読んで、英語論文を書くことが大事になります。ジョイス研究の中で、James Joyce Quarterlyと呼ばれるジョイス研究の本丸のようなジャーナル誌があり、そこに論文が採択されたことがありました。振り返ってみても、その掲載が自分の研究を進めていく上で大きな励みとなりました。

最近は、CFP (Call For Paper) で多彩なテーマが出ることが多いので、自分の関心に沿ったテーマのCFPが出た時に、論文を英語で書けることが重要なことだと思います。私の専門研究はジョイスですが、より幅広い枠組みでは、文学の中で描かれる動物や痛みの表象を研究していますので、「ジョイスと動物」というテーマがでてきたときに、その機会を逃すわけにはいきませんでした。海外の査読誌では掲載されるまでに数年かかることがあり、私の場合も約3年かかりました。厳しい査読があるためですが、ついに論文が公開されたときには非常に嬉しかったですね。

それから海外でコミュニケーションを取る時には、やはり英語が大事です(他の言語も少し話せるとなおよいです)。6月には、ダブリンで『ユリシーズ』100周年記念の国際シンポジウムが1週間にわたって開催され、私も参加してきました。世界中から、ジョイスの研究者やファンが集まって交流する機会であるため、その時に英語で会話できることは非常に大事でした。そのとき連絡先を交換した人とは、今でもコミュニケーションを取っています。それから、学会の発表の質疑応答時のときには英語で質問をするわけですが、発表が終わってから「いい質問だったね!」といろんな人から声をかけられたのは嬉しかったですね。質疑応答時に質問をすることはその発表後のコミュニケーションにも通じていきますので、学会参加時は遠慮せず、どんどん質問するとよいと思います。


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先行研究からコロケーションやロジックの組み立てを学びます

DELE:ジョイス研究の本丸のJames Joyce Quarterly に採択されるためには、内容はもちろんのこと、文体も的確でないといけないと思います。先生の文体感覚は、今までの大量の読書と執筆経験から身につけたものでしょうか。

南谷:そうですね。特にアカデミックな論文の中では、要求されているコロケーションを意識することや、ある言い回しやセットフレーズを記憶して、ロジックを組み立てていく必要があります。日本語話者が英語論文を書くと、日本語のロジックで書きがちです。英語の先行研究をたくさん読んで文体やロジックに意識的になり、なるべく分かりやすく書いていくことが大事だと思います

DELE:これは、英語圏の研究者共同体の中の言い回し・考え方・ロジックを最大限尊重した上で、自分なりの貢献をするということでしょうか。

南谷:日本語で考えた表現や構文をそのまま英語にしない、ということです。私自身そうでしたが、海外雑誌に投稿したときに、査読をパスしても、修正依頼が編集者からやってきます。その時に英語のコロケーションに従ってないとか、こちらがうまく表現できたと思っていてもうまく通じていないという例を指摘されました。冗長な表現を一語か数語で置き換えられることもありました。その経験があったので、博士論文執筆時は、先行研究の文献を読みながら、どのような批評的セットフレーズがあるか、どのようなコロケーションがあるのか、どのように論を展開しているかを意識して読み、使えそうな語句や表現はメモをしていました。


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研究発表の中でのユーモアの有無には違いを感じます

DELE:そのように先生は、英語圏の論文を読んで、自分で英語論文を書いて学会等でも英語でコミュニケーションを取り、学会が終了した後もいろいろなコミュニケーションを取るという、英語で研究を進めておられます。でも一方で、日本語で論文を書くことはありますか。

南谷:はい。もちろんあります。

DELE:その時に英語と日本語の間でギャップを感じたりしますか。別の言語を使っていることから生じる違いです。

南谷:同じ主題について書く場合でも、日本語で書いたものと英語で書いたものは、どこか異なるものにはなると思います。ただ最近では、いずれ英語にできるように日本語を書いたりすることがありますし、先に話した明晰なロジックをつくるように書いていくので、論文という形式では、それほど大きなギャップを感じません。

ただ口頭発表に関しては、原稿作りに大きなギャップを感じます。先日は、日本の学会で自分が日本語で発表をした後にダブリンに向かい、そこで英語の発表を聞くという体験をしましたが、その時に感じたギャップは、原稿の作り方が全く違うということでした。よく言われるように英語圏では、口頭発表の冒頭でひと笑いを取るということがよくありますよね。その慣例が冒頭部だけでなく、発表全体に浸透していて、いろんなところにユーモアを交ぜたりして聴衆をエンターテインしていました。もしかしたら、それはジョイス研究に特殊なことであったかもしれませんが、日本で研究発表をするときにユーモアを必須として原稿を書くことは私にはまずありません。ユーモアを無理して混ぜる必要はないと思いますが、少なくとも原稿棒読みではなく、聴衆に関心をもたせ、こちらの言葉を聞いてもらうように工夫をする必要はあるなと感じます。


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「他の見方もあるけれど」という譲歩を先にしてから自説を展開するというロジックが、日本の学生の中で働いているようです

DELE:私が教えている1回生の話と先生の話を比べるのは失礼かとは思うのですが、学生の書く英語では結構ロジックの進め方が違うことを時に感じます。英語では冒頭のトピックセンテンスで主張を述べたら、それに続く第2文ではその主張を補強することがほとんどです。授業ではその展開を教えていますが、何人かの学生は、日本語の論の運びにしたがって第1文の主張の後の第2文を “It is true / Of course /Certainly”などの表現で始めて、自分の主張に対する譲歩を述べます。主張を述べた直後に異論があることを示した上で、「しかし」と述べて自分の主張を再び行うというロジックの立て方です。このような違いを感じることはありますか?

南谷:私が学生の英文を添削していてよく見かけるロジックの特徴は、 “though” や “although” が非常に多くなることです。一つには日本語の順接の「が」をそのまま英語にしていることが理由の一つでしょうもう一つの理由は、おそらく自分の主張を最初から通すことは考えず、「他の見方もあるけれど」という譲歩を先にしてから自説を展開するというロジックが、日本の学生の中で働いているのだと思います。その構文を使いすぎると、ロジックが「うねうね」して、自分の主張の核心の部分になかなか行かず、アーギュメントがはっきりしないということが起こります。端的にまだ英語での論文の書き方に慣れてないのでしょう。あるトピックセンテンスを置いた時に、次に何を置くべきか、どのように具体例を展開していくかというパターンを教えて行く必要があると思います。

DELE:先生が英語で書く場合は、そのように日本的な「まあまあお互いに擦り寄っていきましょう」みたいな感覚はさておいて、取りあえず自分の主張を客観的に提示する形で論を進めるわけですか。

南谷:その客観性をパラグラフライティングの作法に基づいて確保しようとします。自分の説を主張するのであれば、先行研究と比較して自説の意義を強調し、できるだけその独自性を目立たせます。また、一つのパラグラフの中にいろいろなトピックを入れないようにして、論があっちに行ったりこっちに行ったりしないように注意します。他にも、パラグラフ冒頭で代名詞を使わないなど、できるだけパラグラフ単体で読ませるような英語にすることを心がけています。


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うまく日本語には翻訳できない「ノイズ」が翻訳の中に残っていることも重要です

DELE:話を少し変えます。日本の英文学者についてのステレオタイプとして、英語から日本語への翻訳をよくやり、いかに達意の日本語に翻訳するかに腐心するというイメージがあるかと思います。先生は翻訳についてどのように取り組んでいらっしゃいますか。

南谷:元の言語に結びついている固有の話法・用法・コロケーション、発音・リズム、そして歴史などを翻訳しようとした時に、当然100%再現できるわけではありません。ですから、外国語から日本語に移した時に、何かいびつなもの―完全に日本語としてすらりとせずに、日本語話者が読むと「これは翻訳された日本語だ」と感じるもの―が残ります。それを私は日本語の中で必要なものであると思っています。翻訳に特有な文体の特徴を通じて、言語の特性を理解できることに通じるからです。

日本語的な日本語ばかり読んでいると、違和感やノイズ、よく分からないもの、意味不明なもの、つまり他の言語体系・文法体系・発音体系に通じているものに対して自分を閉ざしてしまうことになります。ですから翻訳の中でいびつなものがいくつか残っていてもいいと思います。そのいびつさが疑問に通じていくと思います。もちろん達意の日本語翻訳は、それはそれで良いとは思います。

DELE:なるほど。達意な日本語だけではなくて、日本語を拡張するような翻訳文も重要だということですね。考えてみましたら、奈良・平安の時代は中国語で、明治以降は英語を中心としたヨーロッパの外国語で、日本語は表現の幅を拡張してきました。先生の研究活動の一部には、そういった翻訳の活動もあるわけですね。

そうです。


Martin_Buber

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英語を理解する時にも、他の文法体系や発音体系があってこそよりよく理解できます

DELE:先生は研究者として、実はドイツ語も使っていらっしゃると聞いております。

南谷:基礎教養として残っているような感じですね。元々学部時代に、第二外国語でドイツ語を履修していました。修士課程の時代では「ジョイスと未完作品」というテーマで研究をしました。そのときにカフカを扱っているドイツ語の授業に出させてもらい、どんどんドイツ語が面白くなり、いくらか読めるようになりました。そのあとも自分でカフカに関する研究会を独文の人たちと作って作品を読んだりしていました。英文科の所属なのに独文科のほうに入り浸っているくらいはまっていましたね

そのうち瀬尾育生先生という現代詩とドイツ文学の研究者でもあるドイツ語の先生ともう1人の独文研究者と私の3人で、マルティン・ブーバーの『我と汝』を翻訳しようという話になりました。3人でそれぞれ同じ部分を訳し、その3つの訳を並べるという形式をとったため、立体翻訳というタイトルをつけました。

その時に学んだドイツ語の教養は今でも役に立っています。先日、一緒にブーバーを訳した独文研究者が日本にパートナーを連れて来ました。京都のあるバーで飲みましたが、私とその友人は日本語あるいは英語で、その友人とパートナーの間ではドイツ語で、そのパートナーと私は英語で話をしました。3つの言語を使い分けて対話をしたり、翻訳し合ったりしました。ある意味「立体翻訳」ですね。私はドイツ語を読んだり聞いたりすることはできますが、スピーキングができるわけではありません。でもそれで全然問題ないのですね。なんとなく知っているということと、まったく発音も文法もまったく分からないこととには雲泥の差があると思います。今、第2外国語が必修から外れて、自由選択科目になる傾向があるとよく聞きます。しかし英語を理解する時にも、他の文法体系や発音体系があってこそよりよく理解できます。表面的でもいいですし、辞書を引けば読めるというレベルでもいいので、私は学生には第2外国語の履修を強く勧めます

それから研究で文献を引用するときに、英文学をやっていると当然英語圏での先行研究を利用しますが、他のドイツ語圏で行われている研究にも触れられます。引用できる文献の数が増えるメリットは大きいです。


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後半に続く

前半を始めから読む

日本の英語教育の一つの難しさは、日本特有の、学生たちの気恥ずかしさです

DELE:そういった文学研究者として、先生は現代の英語教育についてどのようなお考えをおもちですか。

南谷:私の肩書は今、文学研究者ですが、これは今年の4月から文学を専門に教えるようになってからのことです。それまでは英語科目を教える語学教員でした。その時に思いましたし、今でもその考えは変わりませんが、日本の英語教育の一つの難しさには、日本特有の、学生たちの気恥ずかしさや遠慮、そして、自分の答えや意見を人前で公表する事に関する苦手意識が関わっています。いわゆる「空気」の問題ですね。例えば授業中に「意見ある人いますか?」や「この文章を英語ではどう表現するでしょうか?」というように話を振っても、なかなか反応してくれないことがあります。2010年代からアクティブ・ラーニングが推奨されてきましたが、そういったアクティビティが本当に苦手な学生もいますし、無理強いしてやらせることにも抵抗がありました。

それから、学生たちがスマホをもっていることも授業を進める上での一つ課題です。スマホは気散じを招くデバイスなので、なかなか授業で教員のほうを見てもらうことが難しいです。こういうわけで、どうしたら学生がこっちを見て授業に参加してくれるのか、どうしたら学生が授業を面白く受けられるのか、どうしたらコミュニケーションが苦手な学生にも積極的に授業に参加してくれるのかを考えた結果、システムエンジニアと一緒にあるアプリを作りました

OUTISという名前の匿名のチャットボードです。QRコードで学生たちにOUTISのURLを読み込ませたあと、その教室にいる学生たちだけが参加できるパスワードを教えます。チャットボードの中に入ると、スマホから匿名でメッセージが打ち込めます。誰が書いたか分からない文字列がスクリーンにたくさん出てきます。それを教室前方のプロジェクターに移すことで、スマホをその時間は教育用デバイスに変え、視線を前方に移させて、同じ学びの空間をつくるという工夫になります。最初はアイスブレイキングで「今日の朝ご飯は何を食べましたか?」などと質問して書き込ませますが、これだけで一気に空気がなごみます。


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南谷:そのアプリを使う前までは、ライティングの授業などで限界を感じていました。英作文をやらせるにしても、「では黒板の前へ来て書いてください」などと指示して、多くても4人5人に黒板に英文を書かせて、それを添削するだけでした。しかし、そのアプリを使うと、40人いるクラスで全員が一斉に書けるわけです。フィードバックもその場でリアルタイムで返せます。学生は自分が間違えたといった気恥ずかしさにとらわれることが少なくなりますし、他の学生が行う典型的な文法ミスも見られます。うまく表現できない経験と間違えを修正する機会を増やし、アウトプットの量を増やすことができるのです。そのアプリは英語教育にはとても有用で、前任校で一度シンポジウム発表させてもらったこともあります。

DELE:日本の英語教育では、学生が感じる気恥ずかしさや間違いに対する恐怖を克服するためアプリの開発と使用に携わったわけですね。

南谷:そうです。とにかく、日本で英語を上達させる場合に、英語を使う機会が端的になくアウトプット量が限られてしまいます。その時に、気軽にカジュアルに書ける空間、間違いを恐れずに書ける空間があればいいと感じました。


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同調ばかりを求めていると、世界を広げる他者の声が入りにくくなります

DELE:では、京都大学の1回生、2回生に何かご助言を頂けますか。

南谷:はい。お話ししようと思っていたのは、文学研究の観点からの話になりますが、一般的なことばの使い方についてです。今、日本語には、多くの点で均一化と表現のための語彙数の減少、短文化の傾向が見られます。特にあるコミュニティーを形成してその中で同調することや、符丁化した表現を作り、短い言葉で瞬時に伝わる表現が好まれていると思います。テクノロジーに規定されたコミュニケーションであること、長文は相手に迷惑になること、そして文字を打つのが面倒くさいといった新しい世代に固有の背景がそこには働いています。

SNSを見ていると、あるアカウント上で、アイコンをまとって自分をフォロワーに対してコンテンツ化させるモードがあります。「類型的な私」や求められているキャラクターを作る、あるいは、作らされているという傾向があると思います。こうしたSNS文化のなかで発達する言語は、制限された文字数のなかで、内輪向けの言語をつくっていくメカニズムをもっています。

私はこうした傾向を全て否定しません。仲間内で意思疎通がノイズなく行えるのは楽しいことですし、テレビやSNSで流行しているフレーズを使うのも、自分をキャラ付けするのも、あるときには楽しいことです。しかし、そうした言語がいつのまにか島宇宙を形成していることにも、学生たちには意識的になってほしいなと思います。島宇宙の言語だけを使っていると、「類型化」を通じて世界を見る癖が身につきますし、周りからも予想したものしか返ってきません。何より、世界を広げる他者の声が入りにくくなり、いつの間にか自分を排他的にしてしまう可能性があります

SNSの中でつながる時代ではありますが、コミュニティーにすぐにはつながらない自分をもっていてもよいのかなと思います。言ってみれば自分を孤独にしてしまうかもしれないような言語が自分の中にあってもいいと思います。

文脈が共有されず誤解やノイズがあるため、相手が言っていることが分からないという状況が最初にあり、そこでなんとかお互いに通じ合おうとして、ことばが生まれます。ディスコミュニケーションが言語の起源ということです。つながっているという恒常的な状態ではなく、分からなさの中でつながったという変化する経験のほうが嬉しいと思います。「つながっている」という状態も一方では大事ですが、その島宇宙の外に出て、違う島宇宙の言語にも触れてほしいなと思います。

その点で文学は私たちのことばを孤独にする効力があると思います。そこで使われていることばは、過去と現在の歴史と文化の粒子を含んだ訳のわからない、複雑な存在です。そのようなことばを学んでいくと、普段使っていることばや感性に大きな変化が生じ、特定のコミュニティから離れていく契機になります。そうしてできあがっていく孤独な状態から、再び別の誰かとつながれるようになるという学びのプロセスが起こってきます。この孤立化のプロセスは何度起こってもいいと私は思います


Real world



本を読むと同時に、実際のリアルな世界を体験してください

DELE:ことばが島宇宙化してしまうのは若者だけでなく、中高年もそうかもしれません。

南谷:そうですね。

DELE:英語圏の言い方でしたら、"filter bubble" が、狭い世界の中で他者の声を聞かない状況を表しています。しかし、他者の声に耳を傾けて、それとつながるための努力は大切です。

少し前の学生文化でしたら、知的虚栄心も入っていたかもしれませんが、他者の声を積極的に求めて、例えば岩波文庫はできるだけ読もうといった文化もありました。よく分からない翻訳書でも読むべきだといった価値観がありました。それは今、かなり消えてしまったような気がします。

南谷:そうですね。私はそういう、「みんなろくでもないものばかり読んでいるが、私はもっと違うものを読む」といった気持ちが秘かにあっていいと思っています。島宇宙化してしまったコミュニティーの友人と同じ意味・同じ用法で言葉を使い続けることに倦み飽き、そこから抜け出るためには、知的な虚栄心も有用だと思います。理屈付けは何でもよいですが、自分のことばと感性を、異なる言語に晒して、その都度新しく鍛えていく経験ができる場所を求めてほしいと思います。


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DELE:先生は、「日常的に使われてる言語とは異なる文学の言語を読むことは、読者を孤独にしてしまうかもしれない」とおっしゃっていましたが、若い自分の私は初めから孤独でしたから、むしろ文学の言語の中に、「ここに私のことを分かってくれる人がいた」という発見をしていました。私は実は文学を通じて実は孤独から脱したタイプです(笑)。

南谷:そちらの力学もあるのが、文学の面白いところですね。孤立と融和が不断なく生起する場とでも言えるかもしれません。

DELE:平たく言うと、いろんな本読んでみようとなります。

南谷:色々な本を読み、自分の知らない言語の中に飛び込んでいってほしいと思っています。そして本を読むと同時に、その文字とつながっている現実の世界を体験してほしいです「焚き火」という文字を読んだら実際に焚き火をしてみること、「波」という文字を読んだら、海辺にでかけて波に手を浸してみることです。コロナ禍がこうした機会を若い人々から奪っていることが残念ですが、可能な限り、現実に触れてほしいなと思います。

Library



大学に来て、さまざまなリソースと知識と、知られざる分野に触れる興奮を知ってほしい

DELE:私としては、あと2時間ぐらいお話を聞きたいのですが、そういうわけにもいきません。何か言い残したことはありますか。

南谷:教育全般の話になりますが、今コロナの中でほぼオンラインで教育を受けてきた学生たちの中の一部には、コロナ禍特有の恨みをもっている人がいると思います。「自分たちはちゃんとした教育が受けられなかった」という恨みです。それは大学機関や個々の教員に対して、文科省や政府に対して向けられている恨みであると思います。そうした恨みをもつ学生がいずれ家庭をもったり、社会人になったりした時に、その恨みを再生産してしまうことが怖いです。つまり、「大学なんてたいしたことないよ。何にも面白いこと教えてもらえないよ」と言うようになることを恐れています

大学という新しい場所に来て、さまざまなリソースと知識と、色んなところからやってくる人たちの自分とは異なる考え方に触れる興奮を知ってほしいのですが、オンラインではそうした知的興奮を体験しにくくなったように思います。ですから、今もしオンライン教育によって、何か教育に対する恨みをもっている学生たちがいたら、その学生が卒業した後でも、学びの楽しさを感じることができる場所を私はつくりたいと思っています

そのアイデアから最初の話に戻りますが、大学の中だけではなくて、専門知を共有して、大学の外でも学べるようにすることを考えています。


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学ぶことはすごく面白いということを伝えたい

DELE:たまたま今朝読んだニューヨークタイムスに、2本ほど同じような記事がありました (Elite Universities Are Out of Touch. Blame the Campus. とWhy Is America Fractured? Blame College, a New Book Argues.)。アメリカの大学が、地理的にも社会的にも文化的にも、あまりに他の人々から離れてしまったことを批判する記事でした。先生は、冒頭に教えてくださった勉強会などでどんどん大学の知を開いて、実は学ぶことはこんなに面白いのだということを伝えているわけですね。

南谷:そうですね。

DELE:外国語を学ぶことも、確かに大変だけれど、実は何事にも代えられないような喜びがあるということを、先生は伝えようとなさっているのでしょうか。

南谷:はい、そのとおりです。学ぶことはすごく面白いということを伝えたいですね。そのためにも、学生たちに「大学に来てよかった!」と思ってもらえる授業をしたいなと考えています。

DELE:ありがとうございました。


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インタビューを終えて

DELE

南谷先生の話に通底していたのは、自らの言語を閉ざしてはいけないということと、学ぶことは楽しいということであったように思います。前者はジョイスを始めとした英文学の研究から南谷先生が得た信念であり、後者はその研究から生じる自然な喜びであるようにも思えます。南谷先生が指摘する、現代人が限られた言語の島宇宙に自らを閉じ込めてしまう危険性についてもその通りだと感じました。人間の交流が地球規模で増大する一方で、その反動ともいえる排他的態度も各地で見られます。日本語の感じ方・考え方だけに自分を閉じ込めず、英語を始めとした外国語で異なる感じ方・考え方を学ぶことは、これからの時代を平和に過ごすための必須の教養とすら言えるかもしれません。お忙しい中に時間を割いて貴重な示唆を与えてくださった南谷先生に改めて御礼を申し上げます。





森江建斗さん(人間・環境学研究科・博士課程2年)(2022/7/22に日本語でインタビューを実施:約10,500文字)



人間・環境学研究科・院生(博士課程後期)

森江建斗さん

「「伝わる」経験から、英語も研究ももっと楽しくなる」



インタビュー(日本語)は2022年7月22日に吉田南総合館北棟4117号室で行われました。

インタビュアーは、英語教育部門 (DELE) の柳瀬でした。




京大学部卒・LSE修士号・京大修士号を経て現在京大博士課程在籍中です

DELE:それでは、インタビュー読者の方のために、簡単な自己紹介をして、現在どのように英語を使っているかについてお話しいただけますか。

森江:ありがとうございます。森江建斗です。現在は大学院人間・環境学研究科の博士課程の2年目になります。研究のテーマは大まかにいうとアメリカの外交や国際関係についてで、主に民間財団や知識人、大学の活動に注目をして、歴史資料に基づきながら、歴史学的な手法を用いて研究をしています。時期は1900年代ぐらいから60年代、70年代ぐらいまでを広く見ています。研究の中でいろいろと英語を使う場面が出てきます。

まず1つはアメリカ研究ですから、日本語文献だけではなくて、アメリカや他の地域で書かれた英語文献を必然的に読まなくてはなりません。次に、歴史家は歴史史料を収集して分析しますが、私の研究のための史料はアメリカにありますし、主にアメリカ人が書いたものを読んでいます。英語は、20世紀の初頭ぐらいからの英語を読んでいまして、時には手書きの資料を読む必要も出てきます。

私自身は、後から少し経歴をお話ししますけれども、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス (LSE) で修士課程を1つ取りまして、その後に京都大学で修士課程を取って、現在博士課程に在籍しています。


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海外の学会でも気負わず発表

森江:LSEの時代に修士論文を英語で書いた後もLSEを含めた周辺の研究者たちとコミュニケーションを続けています。論文や自分の考えを英語で書いて相手に伝えることで、留学時代にできた研究者とのつながりを維持するうえで重要ですし、「伝わる」と楽しくなります。また、LSE留学時代に英語でのプレゼンも何度も経験しましたが、その延長で、気負わずに国際学会でも発表できています。まだまだ研究内容は未熟ですが、質疑応答で盛り上がったり、学会発表の後などにコメントをくれる研究者がいたりすると、楽しいですね。

指導教官から研究のいろいろなアドバイスをもらいますが、同時に私は海外の学会に頻繫に出るようにしています。去年は5回か6回ぐらい英語で発表しましたし、今年も既に何回か英語で発表しました。発表は、短いのだと7-8分ですし、長いものだと90分ぐらいで質疑応答も受けます。日本に研究拠点を戻したものの、今後在外研究なども計画しているので、英語での対話の感覚を鈍らせたくない。英語で学術発表の機会を求める動機の一つでもあります。これが今、現在の英語の使い方です。


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研究成果やアイデアを英語で伝えることは重要かつ楽しい

DELE:英語で論文を書くことが重要かつ楽しいというご発言がありました。重要という点と、楽しいという点について、もう少しお考えをお聞かせいただけますか。

森江:私の研究テーマの民間財団や大学というテーマは、最近日本でも研究が進んできたのですが、やはりイギリスやアメリカなどの欧米圏で研究が盛んです。したがって、国や地域にかかわらず第一線の研究者と意見交換をしたり、さらに新しい人を紹介してもらったりすることは、研究を進める上でも、また自分にとって新たな「発見」をする上でも貴重な経験に思えます。英語を含む外国語を使えると、より多くの幅広い文献・研究領域・研究者などにどんどん接続されていくという感覚があります。


Papers




量を質に転化するーー膨大な歴史史料の山と格闘

DELE:一つ細かな質問です。歴史史料を読みますと、そこに書かれていない前提知識がないのでよく意味が分からないことなどありませんか?

森江:史料によってさまざまな場合があります。分からないこともあるのですけれども、自分の知識が増えていったら分かってくることや、他の史料を見ていくと(その文書の重要性などについて)分かったりするものもあります。

そのような意味で、やはり可能な限り幅広い知識を獲得し多様な史料を読解せざるを得なくなります。歴史的な史料(例えばある知識人の間の書簡や議会の議事録)を理解するには、当時の時代背景に関する知識や、前後の史料の関係も重要になってきます。ところが、広く関係する文書は、大量にあるわけです。膨大な史料の束から、取捨選択しつつも、コンテキストを掴み損ねないように注意する必要があります。史料を100枚収集しても数枚ぐらいしか実際の論文に引用しないこともよくあります。海外の文書館に滞在する時は1日に数千枚の写真を撮り、滞在中や帰国後にそれを読みますが、それは量を質に転化するような営みです。一朝一夕で身につくものではないですが、今読んでいる史料の表面上の意味だけを読み取るのではなく、膨大な史料のなかで、今目の前の文書の位置付けを考える。そうした読み方が求められます。そうすると結果的に、大量の英語の文書を読んでいくことになり、英語の史料を読む力もついていくのだと思います(私は、まだ研究者の卵ですので、文書の種類や作成者に馴染みがないと、読むのに苦労します)。


Study abroad



交換留学の実現にも、まずは身近な機会から

DELE:これまでの英語学習の経歴についてお聞かせください。先ほど、京大の修士号を取る前にLSEで修士号を取られたとおっしゃっていました。できれば高校あるいは大学時代ぐらいから、森江さんが英語とどのように関わってきたのか、なぜLSEに行かれたのか、そしてLSEでどのようなご経験をされたのかなどを簡単に教えていただけますか。

森江:高校生までは特に受験英語で英語に触れる以外には、特別な訓練はしてきませんでした。強いて言えば、英語のCDを聞いてシャドーイングを繰り返し、リズムよく英語を読むことを意識していました。文章の構造を分析して、意味の「塊」(チャンク)ごとに前から順に英語を読む練習もしました。しかし、当時の私にとって、洋書を読むことはハードルが高く感じられました。

ただ、高校生ぐらいからずっと海外への憧れがありました。海外で活動してみたい、長く住んでみたい、大学に留学したいといったことが高校生の時から目標にありました。大学の1年生に入った時に交換留学などは早めに準備をしたほうがいいという情報を得ました。

取りあえず国際交流の機会をもとう思い、アイセックという学生団体に1年生から2年生まで関わりました。その受け入れ事業で海外の大学生を京都市内の企業に受け入れていただき、その方の日常生活のサポートをしました。



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さまざまなプログラムでコミュニケーションとしての英語の使い方を覚える

森江:また、今はなくなってしまったか名前が変わったと思うのですが、国際交流科目という科目が2014年の私が入学して間もない頃にはあって、それで例えばタイの学生と交流をしました。夏に2週間タイに行くというプログラムに1年生の時に関わりました。

やはり良かったのは、それまでは受験英語でほとんど機会がなかったスピーキングができたことです。リスニングも、アジアの人などとやりとりをすると、ノンネイティブ同士ということもあり比較的平易な英語でのコミュニケーションとなります。聞き取れないこともあるけれども、聞き直したらもう一回言ってくれることは、試験ではありえませんが、実際には自然なコミュニケーションの手法です。初めにアジアのノンネイティブの方と会話できたのが英語での会話に慣れるのにすごく良かったと思いました。

ライティングも、LINEなどのSNSでのコミュニケーションの機会を活用しました。例えば、会話の相手はすごく砕けた英語を送ってくることもあるのですが、こちらは硬い英語でできるだけいろいろな単語や表現を使えるようにという意識でコミュニケーションの経験を重ねました。

2年生になる前の1年生の春休みに、アイセックの関係で、90日間ぐらいフィリピンのマニラにある国際NGOで海外インターンシップの経験を得ました。日常が英語で溢れるはじめての時間でした。仕事場の同僚とも英語で話をしますし、仕事に関する書類や説明、仕事の報告もすべて英語です。他にも、3分ぐらいの英語のスピーチをする機会も5回か6回ぐらい頂きました。1度は100人ぐらいの人を前にして原稿なども見ずにスピーチをする機会がありました。そのような経験で少しずつ鍛えられていきました。



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アカデミックイングリッシュについては少しずつステップアップ


森江:アカデミックイングリッシュについては、交換留学のために少しずつステップアップしていこうと考えました。両親も大学もサポートしてくれて、いろいろな機会に参加することができました。

2年生の夏はジョン万プログラムのオックスフォードのサマースクールに行かせていただきました。その時に1カ月、アカデミックイングリッシュの授業と、初めて専門で国際政治経済学 (international political economy)という授業を取らせていただきました。その授業がすごく面白く、先生はLSEの修士課程を出られてオックスフォードでPh.D.を取った方でした。その時に初めてLSEについて知りましたが、その頃から、海外で研究することも楽しいのではないかと思い始めました。初めて15分間のアカデミックプレゼンテーションをしたのもその時です。その時にはじめて、海外で英語を使って研究・学習するイメージが湧きました。


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海外で英語を使うイメージが大切

森江:海外で英語を使うことに関するイメージは重要です。日本の勉強ではそれがなかなか湧きませんでした。印象的で役に立ったのは、今まで述べてきたような国際交流や海外での実際の経験やオックスフォードのサマースクールなどです。そのような実践的なものが自分の中では役に立ちました。

実際の英語は、TOEICやIELTSなどの英語と長さが全然違います。実際に読む論文はずっと長いですし、リスニングの時間も大学の講義は1時間を超えますし比較になりません。そういった点で、TOEICと実際の留学での英語の活用のレベルの違いを感じてからは、普段から英語で学習・研究することが重要だと思うようになりました。帰国後は、同志社大学にあるStanford Japan Centerでの英語講義へのオブザーバー参加などをして、英語での授業経験を日本でも確保するようにしました。

その後にユトレヒト大学に10カ月の交換留学に行きました。英語で論文を読む機会がありましたが、最初はなかなか難しくて1時間に2~3ページしか読めずに、途中で眠たくなっていました。しかし10カ月もすればある程度読めるようになり、議論にもなんとか参加できるようになりました。帰国後に卒業論文を書く時には、英語論文を多く引用して、LSEの先生やイギリスの大学の先生の論文なども引きました。


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LSEの修士課程で名刺代わりになる論文を書く

森江:研究室の2名の先輩が2年連続でLSEに留学していたこともあり、LSEを身近に感じていました。指導教官もイギリスで修士を取っていたこともありLSEに応募しましたが、この時にはIELTSの7.5を取るのに苦労しました。7.5を取るのに5回ぐらいかかりました。ユトレヒト大学の経験で留学時の英語の利用には結構自信はあったのですが、テストでスコアを取るのはまた違うということも感じました。

LSEに1年間留学するにあたり、自分の名刺代わりになる論文が欲しいと思い、初めて英語で論文を書いて大学の論文集に出してもらいました。その論文を基に、LSEの先生らと学術的なコミュニケーションをとるきっかけが生まれました。



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留学で使う英語力をつけるために、日頃から論文を読む

DELE:この辺りでいくつかの質問をしてよろしいですか。1つの質問は、例えば海外インターンシップや留学などの実践の中で積み上げてきた英語使用の感覚と、TOEICやIELTSの試験対策の間に少しギャップを感じていたことについてです。そのギャップが分かってから、資格試験対策にそれなりの意義は見いだしたとおっしゃったように思えましたが、それで合っていますか?

森江:まずギャップについてですが、例えば実際のコミュニケーションですと分からなかったら聞き直せますね。IELTSのスピーキングテストなら聞き返すことができますが、リスニングテストでは聞き返すことは絶対にできません。ライティングも実生活ではスペルを正確に覚えていなくてもスペルチェッカーが修正してくれたり、辞書で調べたりできますが、テストでは自分で正確に書かなければなりません。ですから、海外の大学で使える英語力などがあったとしても、ある程度対策をしなければIELTSやTOEICなどで満足のいく点数を取るのが実は難しいと感じていました。

他方、そのような英語のテストと実際に海外で読む論文や海外で聞く講義の長さは全く比較になりません。となると行く前から論文などを多く読むしかありません。ですから、LSEに行く前に書いた卒論ではできるだけ英語の論文を読みました。実際にそれだけ読んだから、LSEに応募する時に書く志望動機書 (statement of purpose) にも読んだ論文を的確に引用しながら、「この論文でできていないところを自分はこのように研究したい」といった形で書くことができました。




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留学できる英語力≠資格試験での成績

DELE:学生さんの中には、英語については取りあえず試験対策ばかりやる学生さんもいます。しかし、森江さんの場合は実践と試験対策の両方やって、その違いなども分かった上で、的確に自分で英語の学習計画を立てていったわけですね。それでもIELTSの7.5を取るのは難しかったとのことですが、どの辺りが難しかったわけですか。

森江:IELTSの7.5は、リスニングとライティングが難しかったです。さきほど申しましたように、リスニングとライティングは実際の留学生活では、より相補的なやり方で語学の運用が可能です。リスニングだったら相手に聞き直したらいいし、ライティングだったらワープロがスペルを自動修正してくれたりもします。

実は先日IELTSを再度受験しました。その時は2日漬けぐらいで7.5を取れましたが、その時に読んだ試験対策本にどうしたら高得点が取りやすいのかについて、たくさん書かれていました。最近はこのようにテスト対策が進んでおり、一定の英語力があることは前提ではあるものの、対策を知っていると得点しやすくなるような場合があるもあるのかもしれません。しかし、実際の留学で使う外国語の実践は、それよりも広いものが求められるということです。



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英語論文で自己紹介をし、ライティングセンターに通いつめる

DELE:学部時代に留学したユトレヒト大学でも英語論文を書いたのですか?

森江:ユトレヒト大学でもエッセーを書きましたけれども、本格的な論文は京大を卒業してから半年ぐらいのギャップイヤーを主に使って書きました。その時に歴史史料調査をして、今までの蓄積を生かして、一気に論文を書きました。実は2019年のLSE留学開始直後に論文の締め切りがあって、すごく忙しかったのですが書き上げました。

LSEで自己紹介をする時もこのような論文を書きましたといった感じで、先生のオフィスアワーにアポイントメントを取って論文を見てもらってコメントをもらいました。それで、初期から研究関心の近い先生を紹介してもらいました。そのおかげで、LSEの修論を書く時も論文の構想があり、テーマ選びには困りませんでした。イギリスの場合は1年間で修論を書かないといけないので、その辺りの修論のプランニングがすごく大変なのですが、そのプランニングも留学期間の結構早めの時期からできました。

DELE:森江さんの場合は、さまざまな経験と人との出会いの中から少しずつ力を付けていっているようです。LSEで修士論文を書くのは決して楽なことではないのですけれども、それまでの蓄積でやりとげたといったわけでしょうか。

森江:もちろん求められる論文の水準がどんどん上がっていくので、その点でのインテレクチュアルなチャレンジはありました。しかし、英語のライティングという意味では物怖じすることは少なくなりました。

ライティングに関しては、LSEのライティングセンター[=学生のレポートや論文執筆を支援する大学の機関]に通い詰めました。初めは週に3回か4回行って名前を覚えられましたが、少し来過ぎだと言われて回数を減らされました。元々行ける回数は3回と決まっていたようなのですけれども、それを凌駕していたわけです。

修論も、英語の表現や細かなミスで点数を引かれたくないので、英文の校閲をかけるのですが、その前に英文の構造や表現などをライティングセンターのチューターに見てもらって、1回30分、週に1時間半で夏などにずっと通い詰めてやっていました。


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モチベーションを保つために、一緒に学ぶ機会をつくる

DELE:そして現在に至り、京都大学の博士課程でさまざまな研究をして、博論も英語で書こうとしています。その研究活動とは別に、英語力を維持・向上させるための特別な学習はされていますか。それとも特にそれはせずにオン・ザ・ジョブでやっていらっしゃるのでしょうか。

森江:オン・ザ・ジョブでやるのは当然ですが、やはり英語で論文を書くのはチャレンジングなものです。そのために大切なのは、日本に帰ってきてからどのようにモチベーションを保つかということです。

帰国後、LSEで受けていたような英語のいろいろなライティングのサービスなども受けられなくなってくる中で、見つけたのが歴史家ワークショップです。有志の歴史家が集まって、英語での論文執筆や学会発表などをピアサポートする団体です。私自身も偶然縁があって活動に関わっています。

英文校閲ワークショップにも何度か参加させていただきました。そこでは、英文執筆のノウハウを共有し、さらに実際に英語論文を書いている博士課程やポスドクの人たちが集まって、お互いに論文を批評し合います。また同ワークショップの別の機会では、学会発表のプレバージョンのようなものを7-8分でやらせてもらえますが、そうした機会も2回ほど利用しました。

去年から私自身も自分でセミナーのシリーズを運営し始めました。そこでは先輩方、ポスドクや准教授ぐらいの方で、英語でモノグラフ(専門書)を執筆された方などの経験を聞くセミナーを開催しています。そのセミナーでは単に英語だけではなくて、他の言語での論文執筆も対象にしています。英語だけではなくて、フランス語やドイツ語で執筆された方をお呼びしましたし、次は中国語で書かれる方もお呼びする予定です。これまで12人の登壇者の方をお呼びしました。そのような機会を自分でつくりながら自分も学んで研究のモチベーションを維持しています。


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英語以外にもさまざまな言語を学んでおくことが重要

DELE:森江さんは英語以外の言語に興味はありますか。それとも、アメリカ研究ですから今のところは英語中心ですか。

森江:実は私は研究者の道を歩み続けると思っていませんでした。学部に入ったばかりの時は、むしろ海外のいろいろな地域で活動するNGOや国際機関などで働くことを考えていました。今もそれに関心がなくなったわけではありません。

学部時代に私が選択した第2外国語はフランス語だったのですが、今振り返れば、フランス語をもっとしっかりと勉強していればよかったです。国際舞台においてフランス語はすごく重要ですから。

また、中国語にも興味はあります。学部4年生の時に香港に短期で2週間ぐらい留学をして、少し中国語を勉強しました。その後も、中国語文献の講読を中国の専門家の先生と一緒に1年ぐらいやらせてもらったりしていました。いろいろな言語で研究するのはそれだけいろいろな視点が増えたり、史料も読める量が増えたりしますし、アドバンテージだと思います。英語に限らずいろいろな言語を学んでおくことはすごく重要です。



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読むだけでなく、書く・聞く・話すことで初めてできる接点

DELE:英語の話に戻ります。日本の人文社会系の研究者の中には、英語は読むが、それほど英語で論文を書かないという方もいます。どちらがいいという問題ではないとは思うのですが、森江さんからすれば英語を駆使して研究することのメリットは何ですか。

森江:1つは既にお話しさせていただいたとおり、英語でコミュニケーションをすることで、海外の研究者とのつながりができるということです。英語の文献を読むだけだったら日本でもできます。しかし例えば、私もこれから夏にかけて海外に史料調査に行きますが、そこでも自分の隣に座っている研究者はどのような研究をしているのかを知ることは重要です。行くアーカイブによってはランチセッションなどで情報共有する機会がありますが、このようなところで自分の研究を話すと、さらにいろいろな情報が集まってきます。そのように、読むだけではなくて、書く、聞く、話すことを鍛えることで初めてできてくる接点があります。それが1つの楽しいところです。

DELE:経済学研究科のある先生は、英語の学習は一種の投資だから早く開始せよ、早ければ早いほど複利計算でどんどんリターンが増えてくる、とおっしゃっていました。森江さんの場合は、ポジティブフィードバックと言いましょうか、使えば使うほどどんどん世界が広がっていき、広がるから当然高い英語力も必要になってきて、そして高い英語力をつければ、さらに世界が広がったというようにも聞こえました。

森江:投資も、投資し続けるモチベーションがないと、早く開始してもすぐに止めてしまうかもしれません。そのような意味では、英語を使う具体的なイメージは結構重要だと思います。

例えば私の場合、1年生の春休みの時にマニラでインターンをさせてもらって、自分も英語の世界でやっていけるという感覚を得ました。オックスフォードでの1カ月でアカデミックイングリッシュに触れ、専門的な内容について英語で学んでいく中で、楽しいし自分にもできる、という感覚を得ました。だからこそ10カ月の交換留学もやってみたいと思いました。やはり英語を現地で使うことがイメージできると楽しくなってくるのかなと思います。

DELE:薬学研究科のある院生さんも、京都大学のプログラムで、アメリカの国際的な機関を訪れるキングフィッシャープログラムで、世界での最先端で働く方々の話を直接聞いて、憧れが湧くと同時に自分もできるのではないかなと自然に思えてきたとおっしゃっていました。

森江:キングフィッシャープログラムには、私も行かせてもらいました。研究者の方のみならず、世界で活躍する日本人の実務家にも多く出会い、刺激を受けました。


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「正しさ」も重要だが、「伝えようと努力する」ことも重要

DELE:既にだいぶお話しになったかもしれませんが、学部生への助言をお願いします。

森江:今はまだコロナの状況で海外に行くことがなかなか難しいと思います。ですが、私が最初に英語を使ったきっかけは、キャンパス内の学生団体や国際交流、留学生との交流でした。

文法的に正しい英語を使うことももちろん重要ですが、それに気を取られて英語でのコミュニケーションへの心理的なハードルを高くし過ぎないことも重要です。英語を実際に使う場合は、伝わるか伝わらないかという線引きで考えることも大切です。受験英語だと合っているのか間違っているのかという線引きが絶対的な指標ですが、文法がその時間違っていても真意が伝わることは日常会話レベルだと意外とありますし、向こうも間違いながら伝えてくることがあります。英語でのコミュニケーションは間違っているか合っているかという試験の世界ではないことを認識できるかが重要です。

間違っても大丈夫、まずは話してみる、ということを、留学生の方などとのコミュニケーションの中で実践して慣れてください。また、少し意識的に少し難しい単語や表現を使ってみるなど、トライ・アンド・エラーを重ねる中でより自然な会話ができるようになるのではないかと思います。その上で、文法や表現の幅を広げていって、いわゆる「正しい英語」を話せるように練習・実践を繰り返していけばいいと思います。言語習得は、長い道のりですので。

DELE:とてもいい話を伺いました。正解か不正解かという軸とは異なる、伝わったか伝わらなかったかという軸をもって英語を使う経験を積むことはとても重要です。でもそのためには場所が要りますし、自分が伝えたいことも必要ですよね。しかし、学部生の中には、自分が何をやりたいかまだ分かっていないという人が少なくありません。そんな学生さんに助言をいただけますか。


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共通の関心を見つけることで、もっと気軽に話す

森江:確かにそれはすごく重要なことです。でも英語で伝えることは何でもいいと思います。例えば、普段見ているアニメや映画といった文化や日常生活の話題でも、留学生などと話すうえで、役立つと思います。友だちになるというのは共通の関心を持つことです。共通の関心があったら、少々分かりにくい英語が話されても自分の聞き取る力が弱くても聞こうとしますし、何とか会話が成り立ちます。

あまり話す内容は気負わずに身近な話題から会話を始めたらよいのではないかと思います。そのうちに、アカデミックなことで英語をやらざるを得なくなったり、自分でやりたくなったりすると思うので、例えば学部1、2年生の間などは、あくまで日常の中で、普段日本語で話しているのと同じ感覚で、日本語で話す友人と同じように海外の留学生の人たちとも話していくことが重要だと思います。

あとは、キャンパスの外に出かけるのがいいです。私の場合は例えば京都大学に来ている留学生への観光案内もしました。街に出ると伝えたいことがたくさん出てきます。チケットをどのように取るのか、この建物はいつできたのかなどです。自分が案内する立場、質問を受ける立場になるとしゃべらざるを得なくなります。会話の種は、街を歩いていると自然に出てきます。

DELE:私は常々、学生さんに自分の興味関心を見つけてくださいと言いますが、今のお話からすると共通の関心を見つけることも重要だと分かりました。友人あるいはボランティアとしてコミュニケーションをする中で、自ずと共通の関心が出てきて、そこからさらなるコミュニケーションが生まれます。そうだとすると、やはり英語が使われている場所を見つけどんどん使っていくことが大切ということになりましょうか。

森江:そうです。気軽に英語を使っていいと思います。そこから「伝わる」楽しさを味わってみてください。

DELE:ありがとうございます。とてもいい話を聞けて、私自身もすごく勉強になりました。

森江:ありがとうございました。




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インタビューを終えて



DELE

森江さんが若き研究者として充実した毎日を送っているのがよくわかるインタビューでした。自分の視野を広げ能力を上げる機会を積極的に探し続け、無理なく少しずつ実力をつけた森江さんの様子を見ていると、あまり自分の人生に後悔することのない私も「いいなぁ。生まれ変わったらこんな人生を送りたいなぁ」と思ってしまいました。

下のブログ記事は、留学体験について森江さんがまとめた文章です。併せて参考にしてください。

英国修士課程Taught Masterと日本の大学院の自家製「ダブル・マスター」ができるまで ① (出願までの意思決定)

英国修士課程Taught Masterと日本の大学院の自家製「ダブル・マスター」ができるまで ②(出願プロセス)

学部卒業からLSE留学までの6ヶ月: Part1

学部卒業からLSE留学までの6ヶ月: Part2

LSE修士課程での1年間:困難・解決策・試行錯誤①

LSE修士課程での1年間:困難・解決策・試行錯誤②

忙しい中、インタビューに応じてくれた森江さんに感謝すると同時に、森江さんの人生のさらなる充実を心からお祈りします。




森江

ご丁寧にありがとうございました。まだまだ未熟ですが、何か少しでも役に立つ話があれば、幸いです。

また、大学の各種海外プログラムや参加への助成制度、そして家族からの理解と支援は、私が海外で活動する上で、欠かせませんでした。重ねて、感謝を示したいと思います。



本多充先生(工学研究科・教授)(2022/7/19に日本語でインタビューを実施;約10,900文字)



工学研究科(教授)

本多充先生

「研究者同士が英語で語る際に、スマホを経由して話すわけにはいきません」




インタビュー(日本語)は2022年7月19日にZoomで行われました。

インタビュアーは、英語教育部門 (DELE) の柳瀬でした。




DELE:よろしくお願いします。本多先生のご専攻は原子核工学だと理解してよろしいのですか。

本多:私の研究の専攻は原子核工学ですが、現在の所属は少し違いまして、工学基盤教育研究センターというところに所属しております。しかし、出身は京都大学の原子核工学専攻です。

DELE:では、その辺りも含めまして、現在はお仕事でどのように英語を使っていらっしゃるかお聞かせくださいますか。


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工学基盤教育研究センターでは、海外との関わりや英語に関わるさまざまな業務を行っています。


本多:私の仕事はセンターの業務と研究面に大別されています。センターの業務に関しましては、例えば、米国の篤志家から寄付金を頂き、工学研究科・工学部に限定した形で学生を募って米国に送り出すという事業を今年度から行っています。そのための事業をセンターで統括しています。例えば来る7月5日には壮行会を開き、学生等に英語でスピーチをしてもらいますし、また外国人の先生や当センターの講師を呼んで、それぞれに留学経験、もしくは海外での体験を語ってもらう予定です。

英語の講義も行っています。昨年度と今年度は副担当として、英語で実施する「実践的科学英語演習Ⅰ」という科目を毎週行っています。それに参加して学生のサポートをしたり、ディスカッションのファシリテートをしたりといったことを行っています。

留学生サポートと学部ひいては大学全体の国際化もセンターの重要な業務です。例えば、今回はフロリダ大学の学生が6月の中頃から8月の第1週あたりまで滞在する予定ですが、当センターがそれらの学生の引き受け手となり、日本人学生と交流するために、ディスカッションの場を設けることを企画したり英語の授業に参加してもらったりしています。また工学研究科の各専攻、例えば建築学科や地球工学科、私の専攻のプラズマ関係の研究室などを案内して、研究室の雰囲気を感じ、京都大学の学生と交流し、研究内容の簡単な発表などを通じて京都大学への理解を深めてもらえるようなプログラムを作っています。

フロリダ大との協定は、今月に大学レベルで締結されたと聞いていますけれども、来年度以降もより密接に交流を推進することになっています。例えば、フロリダ大学の先生が米国の国際化のためのプログラムのファンドを申し込む際に、そのプログラムに対して京都大学がどのように関わっていくのかという打ち合わせも先週に行ったところです。

そのような形で、海外との関わりや英語に関する業務は多岐にわたっています。これがセンター業務です。


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研究では、国際的なプロジェクトの委員を務めています。

もう一つの私の仕事の柱は研究です。私の専門は核融合プラズマ学です。所属も工学系で、出身も物理工学科から原子核工学専攻を経て博士号を取得しましたが、研究している内容は結構理学系に近いのです。核融合プラズマ学の究極的な目的は無限のエネルギー源として活用すること、例えば核融合発電を行うことなのですが、そこに至る工学的なプロセスよりも、その前のさらにファンダメンタルな問題を扱っています。核融合装置に閉じ込められたプラズマの物理的挙動とは何かという問題に理論や数値シミュレーションで取り組むのが私の研究です。

そして、最近ではメディアでも少し話題になっていますが、日・米・欧・露・中・韓・印の7極がお金を出し合って、ITER(イーター)という装置を南仏に現在建設中です。ITERは国際的研究プロジェクトというよりは、どちらかというと、一つの国際機関のようになっています。例えばITER機構長は国際機関の首脳級の扱いになると聞いています。

建設費の総額が1.5兆円を超えるという巨大なプロジェクトです。もちろん欧州に建設するということで、予算の半分は欧州が持ち、残りを6極で分担しますが、日本でも多額の資金を投入している極めて重要なプロジェクトになっています。そのプロジェクトの物理検討に関しても国際委員を務めています。国際的なプロジェクトのため業務は当然のように英語ベースで進みます。最近はコロナ禍でオンライン会議が多いのですが、コロナ禍前は南仏の現地サイトに直接行って何日か滞在して、世界から集まる研究者と打ち合わせしたり、ミーティングで研究発表を行っていました。

それに加えて、私は前職では国立研究開発法人の量子科学技術研究開発機構 (QST) で核融合の研究者をしていました。そちらでは日欧共同のプロジェクトで新しく核融合装置を建設中で、もうすぐ竣工になります。欧州から200億円を下らない資金が日本の装置に投入されています。

欧州が日本に作られる装置でそこまで巨額の投資をしているのは初めてだということです。要は先方としては200億円を超えるお金を日本に投入して、さらにヨーロッパの研究者も日本に送って、日本で核融合研究を共同でやりましょうというプロジェクトです。このように、核融合という巨大科学はいやが応でも国際的なプロジェクトとなり、当然、世界のリンガフランカ[=事実上の国際共通語]である英語を使わずには何事も進まないというところが私の研究分野を取り巻く英語環境ということになります。



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学生は、英語を知らないと駄目だと分かっています。しかし・・・

DELE:研究者としての先生にとっては英語を使うのはもう当たり前過ぎるぐらいの当たり前のことです。ところが学生のほうは、英語は使わなくてはいけないかもしれないけれども「いつかは使う」「今はあんまり学ばない」などと英語を遠回しにしていることはありませんか。

本多:それはありますね。もちろん、私が学生の頃と比べると、今はやはり様変わりしています。学生の意識は昔と比べると、まったく違い、随分高くなっていると思います。他方、京都大学では日本語による講義が専門科目に至るまで極めて充実しているので、学部生の目線では英語はあくまでも語学科目としての存在であり、英語でもって何かを行う、成し遂げるという問題意識は持ちづらいのかと思います。

ところが修士学生になり、論文の執筆や、場合によっては国際学会での発表をするとなると、いや応なく自分自身が英語でアウトプットしなければいけないという認識が生じてきます。ですが、それも年に1回、多くても2回あるかないかというレベルですので、英語の重要性を学生が自分事として理解するという機会は少ないかと思います。

他方、先ほど申しました研究の背景からいきますと、当然ながら論文の執筆は全て英語ですし、読む論文も全部英語です。学生は教科書を読む、論文を書くという点で考えても、やはり英語を知らないと駄目だということは自明のごとく分かっています。しかし、最近は学生を見ていると、すぐに論文の英語をDeepLに入れて日本語で読みます。DeepLは、もちろん便利ですし、テクニカルな文章は極めて正確に訳しますし、特に最近はさらに精度が上がっているように感じます。


Science and Technology



機械翻訳に依存すると、例えば専門用語の使い方が分からなかったりします。

本多:そういう意味では、最近の学生は実は英語を英語のままとして捉えずに、AI技術を使いながら日本語と大差ないような形で処理しているのではないかと思います。もちろん手早く情報を手に入れることができるのはよいことです。しかし、AI技術による翻訳に依存するとさまざまな問題が生じます。例えば、英語の専門用語の使い方が分からないなどです。仮にその英単語を知っていても、どういう文脈でどのような使われ方をするのかが分からないわけです。英語と触れ合っているにもかかわらず、その研究分野における生きた英語の使い方からは実は遠くなってしまっているようです。

DELE:私たち年長世代は、自分でそれなりに英語力をつけてからDeepLを使い始めています。ですが今の若い世代は、あまり英語力がついていないうちからDeepLを使い始めています。この世代の経験はたかだか数年です。この世代がどのようになっていくのか、私は少し怖いのですが。

本多:外国人と会話する時に、まずスマホを取り出して翻訳に使ってしまうことはあり得るかもしれませんね。スマホですと、最近は声を認識させ、翻訳させるということが結構標準的にできてしまいますので。しかしデバイス経由のコミュニケーションは、目線を合わせた直接的なコミュニケーションよりは一段下のレベルのコミュニケーションだと思います。研究は研究者同士の付き合い、人と人との関わり合いが基盤です。会話はもう翻訳できる機械に頼ってしまえばよいという認識を持ってしまうと、その基盤がテクノロジーによって損なわれてしまうおそれがあり心配しています。

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研究者同士の話でスマホを経由して話しては駄目です。

DELE:想像上の質問ですけれども、例えば今から5年後か10年後のプラズマ研究の学会でさまざまな国を代表する研究者が話をしています。そこに、日本代表だけがスマホを取り出してAI技術を通じて話に参加するという事態は考えられないことはありません。そういった未来に対して先生はどう思いますか。それも仕方ないのでしょうか。

本多:私は、それは駄目だと思います。私が学生を指導するときは、研究者同士の話でスマホを経由して話しては駄目だよと言います。

DELE:その辺りを詳しくお伝えください。

本多:先ほど言いましたように、普通に人と人が話す時はデバイスを経由しては話しません。もちろん、例えば耳に障害をもった方とは筆談を通じて、といった間接的なコミュニケーションを取りますし、それは必要です。しかし、たいていの場合、コミュニケーションを取る上でデバイスは壁にしかならないわけです。

例えば、通訳を介して話す時は2人とも通訳のほうを向いて話してしまったりします。その場合、お互いがコミュニケーションを取っているかというと、ことばの上ではそうかもしれませんが、互いが目線を合わせたりジェスチャーを見たりすることがなくなっています。つまり、コミュニケーションにおける情報量が大幅に減っています。そこから誤解も生じえますし、意思の疎通も難しくなります。

言語的な意味では通訳やデバイスを介したほうが容易に内容を理解できるかもしれません。しかし、そこからは人と人との交流は生まれにくいですし、常にそのようなデバイスが使えるとも限りませんので、機械に頼り過ぎるということはかなり危険であると思っています。



Silent



Q&Aで発表者の英語レベルが突然急激に落ちてしまうと、「この人には英語が通じない」と思われるかもしれません。

DELE:今、先生がおっしゃった、必ずしも言葉に含まれないようなニュアンスや視線の動きなどのノンバーバルな側面が重要であると私も思っています。他方、俗説では「理系の発表はプレゼンテーションのスライドを見ていればよいのだ、そこに記号や数値があるから」とも言われることがあります。しかし、先生ぐらいに研究をやっていこうと思えば、それではやはり不十分かとは思いますがいかがでしょう。

本多:そうですね。確かにその俗説にも一理あります。スライドが大きく表示されて、そこにマウスやレーザーポインターで視線誘導をしますので、聴衆も基本的には発表者ではなく画面のほうを見ています。例えば発表者ツールなどに事前に原稿を書いておき、ただそれを読み上げるだけでも、立派なプレゼンテーションになってしまうでしょう。

しかし、発表そのものは上手くいったとしても、英語の能力が伴わない場合はその後の質疑応答のところで大きなギャップが生じてしまいます。発表ではうまく英語をしゃべっていた人が質疑応答になると慌ててしまい、何も答えられていないということもあります。理系の発表にはあまりないのかもしれませんが、例えばTED Talksなどを見ていると会場の中を動き回ったり、身振り手振り等で状況を聴衆に伝わりやすいように工夫したりしています。スライド原稿を読み上げるだけしかできない発表者はそういうこともできないわけです。

したがって、先ほど先生がおっしゃったノンバーバルな側面は、理系の発表において必ずしも大きなウエートは占めないかもしれませんが、それでも重要であると私は思っています。先程の例のように、発表に興味をもった聴衆が発表者に質問したとしても、その会話で発表者の英語レベルが突然急激に落ちてしまうと、「この人には英語が通じない」「話しても無駄だ」と思われるかもしれません。向こうのほうからそこでコミュニケーションを諦めてしまい、今後の共同研究に繋がる芽を摘んでしまうというリスクがあります。現に日本人は英語が苦手ということはもはや外国では通説となっていますので、ただでさえそのような偏見をもたれている中で、さらに強化してしまうような事態が、デバイスによって生じることを懸念します。


Machine Learning



講義録画の日本語音声を自動認識し字幕(日本語・英語翻訳)を付けます。

DELE:とはいえAI技術の進展は無視できません。先生のお仕事の一つには、講義につける自動字幕システムがあるとも伺っています。それについて、簡単にご紹介いただけますか。

本多:この字幕システムは、そもそもは本学の国際高等教育院が受け入れる留学生であるKYOTO iUP生のために生まれたものです。iUP生は日本語能力を問われない形で入学してきますが、2年半のうちに日本語力も身につけて、専門科目を日本語で修められるようにしていきます。

1、2回生の全学共通科目の多言語対応に関しては国際高等教育院で対応するにしても、工学部でも1、2回生用向けの専門科目がいくつかあります。それらの科目をiUP生のためにどうするのかという問題意識です。日本人の先生に急に英語で講義してくださいということも難しいですし、講義の履修者で大半を占める日本人の学生が深く理解できるのは、やはり日本語での講義です。留学生も必ずしも英語が母語ではありませんので、日本人の教員が必ずしも得意でない英語を使って講義をすることは、留学生にとっても、日本人学生にとっても、教員にとっても、解決策とはならないと考えています。

しかし、昨今ですと大学ランキング等で留学生に対するサポートが指標化されていますし、大学の国際化という観点でも、そのような状況に対して何も対策をしないわけにはいきません。そうなると、先ほどとは逆に言語のギャップを急速に進展するAI技術で埋められないか、という考えで始まったのがこの自動字幕システムです

講義を録画した動画を基に自動で音声を認識し、字幕を付けることができれば、全く日本語が分からない留学生にとっては英語字幕で講義が理解できるでしょう。または、日本語も少し分かってきたが専門用語までは掴み切れないという留学生には、音声と同時にきちんとした日本語の字幕も表示されるので、日本語の学習に非常に役に立ちます

また、講義を実施する教員の意向次第ですが、講義録画は日本人学生に対しても公開可能ですので、授業の振り返りのためには日本人学生にも大変役に立ちますし、録画を録りためれば翌年度以降の反転授業にも活用頂けます。

英語に関しても、機械翻訳ですので必ずしも正確とは言えないのですが、京都大学工学研究科や情報学研究科等で開発している技術を取り込んで、技術開発面でのテストベッドのような形としても活用しています。先生の発話する単語を拾い学習することを続けていくと、機械学習によって個々人の発話特性を学習し、専門用語などの単語認識能力が上昇します。

この自動字幕システムはアプリケーションとしては応用レベルに達していると認識しておりまして、既に工学部内での利活用が広がっています。しかし、京都大学のみでは、実際のサーバーの運用やユーザーインターフェースの開発などに専従できる人を確保できませんので、その点は対価を払って業者に頼んでいます。業者が運営・保全するサーバーに動画をアップロードして字幕処理を行い、そのサーバーに学生がアクセスすることで、字幕付きの講義録画を見ることができます。サーバーへは京都大学の学習支援サービスサイトを経由しなければアクセスできないようになっています。ウェブ上で誰でも見られるという状況にはなっておらず、知財や著作権などにも十分配慮した運用となっています。

 先ほどは話の導入としてiUP生の事例を出しましたが、大学が例えばMOOCsなどで講義動画を発信しても、日本語の講義だとどうしても聞くのは日本人のみになります。しかし、英語で発信するとなると話が変わってきます。まだ実現には至っておりませんが、このシステムを向上させ敷衍していけば、日本語の講義であっても簡単に英語字幕付きでオープンコースウェアとして発信することが視野に入ってくるのではないかと考えています。大学の国際化につながるために、推進していきたいと思っています



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テクノロジーの利用については、どこまでが可能で、どこまでを許容するかということを教師が学習をしないと、範を示すことができない。

DELE:先ほどはデバイスに頼りきってしまう日本人研究者は困るという話がありました。しかし、一方ではこのような技術の進展が着実にあって、いろいろな社会的な環境も少しずつ整ってきているようです。そうしてみますと、どうやらそういう新しいテクノロジーの使いこなし方の文化の開発が学生の間でも教員の間でも必要ではないかと思えてきます。

極端な話をしますなら、電卓は50年前からありますけれども、小学校1年生から電卓を与えるような親や教師は恐らくいないと思います。「電卓があるから四則計算を学ぶ必要はない」とは言わないでしょう。それと同じように、これからはテクノロジーが機械翻訳だけではなくどんどん発展するので、使いこなし方の見識をわれわれ教員は若い世代に示さなければいけないのではないかとも思えます。先生は何かお考えはありますか。

本多:全く同じ意見です。昨今、「デジタルネイティブ」と言われる、生まれた頃からデジタルデバイスに触れ合っている世代が増えています。例えば私の中学生の子どももそうです。幼い頃からiPadなどのデジタルデバイスがあり、画面を見るとすぐにスワイプしてしまうような世代です。


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そうなってしまうとわれわれ年長者の方が流れに追いつけず、むしろ子どものほうがよく知っているというところもあります。テクノロジーの利用については、どこまでが可能か、どこまでを許容するかということをわれわれ自身が学習をしないと、範を示すことができないのではという危惧があります。われわれが新しい技術を使って教育内容を提供し始めると、学生のほうがその利用に長じていることがあります。例えば昔だと「シケタイ」[=試験対策係]などがいて、過去の試験プリントを皆に配ったりしていましたが、昨今だと授業を録画する担当係がいて、それをクラウドでシェアして見るといった話を耳にしたことがあります。

学生は必ずしも著作権に対する認識が深くなく、授業を勝手に録画してYouTubeなどにアップロードして共有しようとすることもあるでしょう。もちろん一般公開はせずリンクを知っている人だけが見られる設定にするでしょうが、何かの経緯で漏れてしまうこともあるでしょう。そうして著作権の問題が生じます。受講する学生に対しては、著作権法の規定により著作物が含まれた講義動画を配信しても問題が生じませんが、その講義動画を学生が教員の許可なく撮影したものを共有、あるいは意図せずして公開してしまった場合は問題となるでしょう。

われわれ自身も、録画、YouTubeへのアップロード、動画の公開という方法は知っています。しかし多くの教員は「シケタイ」の文化が実はそのように切り替わっていて、学生の間でミームとして伝わっているという状況を知らないでしょう。そういう意味でわれわれがテクノロジーの利活用の方法について十分知らないと、対応もできないのではないかと思っています。

DELE:歴史の中には、例えばコンピュータを作った先駆者が「このようなコンピュータを一般人が使うわけはない」と断言したというエピソードがあります。つまり、道具を作った人はその道具がどのように使われるかの予測ができないのです。むしろ、消費者として使うほうが急速に新しい使い方を発見します。

本多:そうです。次々と応用先を見つけていくという感じですよね。

DELE:この辺りは大学の今後の課題あるいは使命かもしれません。

本多:そうですね。若い人たちと常に触れ合っていく大学という環境では、そういう面のキャッチアップも怠らないことは結構大事なのではないかと思います。

DELE:それは決して学生を締め付けたり、旧態依然の勉強をさせたりするためではなく、若い世代のポテンシャルを伸ばすために方針を定めてゆくことかと思います。

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研究室に来た海外の研究者の英語がまったく聞き取れませんでした。

DELE:時間も限られていますので、話を変えます。今、国際的に活躍されている本多先生は昔から英語は得意でしたか。

本多:実のところ英語が得意とは思っておらず、大学入試の英語の成績も恐らく平凡だったはずです。

私の時代では、ずっと中・高で散々英語の授業をしていたのに大学生は英語を話せないし聞けない、と言われていました。そんなに勉強するのだから、そのようなことはないだろうと中学生の頃は思っていましたが、実際、自分もそのとおりでした。自分が駄目だっただけかもしれませんが、責任転嫁気味に日本の英語教育は相当駄目なのだなと思っていました。それなのに大学生になっても英語に対する意識は低いままで、英語は普通に語学の単位を取るくらいの関わりだけでした。

4回生になって研究室に配属された際、研究室にインド人の研究者の方が長期滞在されていました。その方は、例えばプリンターを使う時などに学生の居室に来て、気さくに声を掛けてくれました。今思えばインド英語特有のアクセントであったという要因もあったと思いますが、私は彼の言っていることが全く分からなかったのです。それで改めてショックを受けました。向こうがにこやかにコミュニケーションを取ろうとしてくれているのに、こちらは何も言えないのです。


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基盤は読むことです。ただ、読んだ英語は発音します。私は発音を重視しています。

本多:その研究者は、にこやかに「いいよ、いいよ」という感じで去っていったのですが、この経験は、心に重く刺さりました。これは何かしないと未来永劫このままだと思って、そこから一念発起して、かなり英語の勉強をしました。私自身は吝嗇家でしたので、親は「お金を出すから英会話学校に行っていいよ」と言ってくれたのですが、もったいないと思って英会話学校も行かず、結局は独学でずっと英語の勉強をしました。

DELE:先生が一念発起して独学されたのはどのような勉強ですか。

本多:やはり基盤は読むことです。ただ、読んだ英語は発音します。私は発音を重視しています。高校の頃から単語の学習の際には国際発音記号を見ていました。発音とアクセントを正しくして、リエゾンを意識しないと英語はなかなか通じません。日本人のように単語で明確に区切っていくとリズムが悪くてなかなか通じないわけです。

要するに、聞くことと話すことが圧倒的に足りていないと自覚していたために、発音とリスニングを重視したことが独学のメインになりました。とにかく発音する、発音記号を見る、音を聞く、再度発音するといったことが学習の中心でした。

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英語が話せないと、外国の人から知的レベルも英語のレベルと同程度だと錯覚されてしまうことがあります。

DELE:今の学部生に対して先生の立場から思うことを、ぜひお聞かせください。

本多:センターの業務として英会話学校と提携しており、学部生や大学院生に対して英会話学校のプログラムに参加してもらうことのコーディネーターをしています。そこでよく学生に言っていることなのですが、研究者になるともちろん英語は絶対に要ります。しかし、企業に入っても、最近はグローバル化で外国人との付き合いも多いです。社内公用語に英語を採用する企業もあります。そういう中で英語の能力は自分自身が測られる一つのスキルです。さらに、英語が話せない場合、外国の人から知的レベルも英語のレベルと同程度だと錯覚されてしまう、という残念なことが起こります。そうなると相手は、簡単な内容しか話してくれなかったり、対話自体を諦めたりします。そういうことを回避するためにはやはり自分自身が英語のスキルを身につけなければいけません。

英語はやはりリズム・アクセント・発音などが鍵だと私は理解しています。できれば日本語英語から脱却して、発音等をおろそかにせず、発話を確実に理解してもらうべきです。黙して英語を読むのではなく、周りに迷惑が掛からなければ発音してみて、リズムを自分自身で感じてみましょう、ということはぜひ言いたいです。

DELE:先生のお話をうかがっていると、発音やリズムやイントネーション、さらには身振り手振りなどのノンバーバルな側面などの活字には含まれない情報も含めてはじめて英語が成立しているというようにも思えてきました。

本多:そうですね。 “Read between the lines” (行間を読む)ようなものですね。それはやはりノンバーバルなものによって補われます。それによって初めてコミュニケーションが成立するのだろうと思っています。

DELE::その辺りが今からの人工知能開発の課題なのかもしれません。

本多:そうですね。


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4技能をシームレスにつなげるような学習方法を、自分なりに見つけることはかなり大事です。

DELE:ありがとうございました。他に何か言い残したことなどはございますか。

本多:現在、どのよう英語を勉強していますか、という問いにお答えしていなかったかと思います。英字新聞を読んで、実際に発話するということは毎日やっています。

DELE:自己トレーニングとしてですか。

本多:そうですね。また新しい単語も知ることができます。最近は単語をクリックすれば、アメリカ英語もイギリス英語も簡単に聞くことができますので、自分の発音の正しさは結構チェックしています。

英語は発音しない子音の単語などがありますよね。例えば、 “indict” と書く単語があります。文字を見ると「インディクト」と読みたくなります。しかし、発音は「インダイト」です。これは発音をチェックしないと分かりません。ですから少し面倒ではありますが、いちいち立ち返るような形で発音のチェックをして、自分の英語力がせめて衰えないようにしています。


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DELE:素晴らしいですね。私は今学期テストテイキングという選択科目を教えましたがそこで学生さんにお薦めしたのは、音声認識AIに自分の英語を聞き取ってもらうことです。専用アプリとしては「Otter」が有名ですが、スマホに備え付けの音声入力も十分使えます。AIの認識は100%ではないにせよ、AIが正確に認識してくれない発音には問題があると考えるべきだと言っています。そうやって自分の発音や音読をAIに認識させると、意識が高まってきて、発音に注意が行き届くだけでなく、スペリングもよく記憶するようになります。先生のように新聞を読むだけではなくて発音するということは非常に大切だと思いました。

日本の英語教育の悪いところの一つは4技能をばらばらにやってしまうことです。しかし、実際には、自分で読んで理解したことを基に、誰かに質問して、その応答を聞いて、そのうちにその内容についてレポートを書くというように4技能は連続しています。少なくとも書きことばと話しことばの間に橋を架けないと、せっかくの京大生の書きことばの英語力が無駄になってしまいます。

本多:まさにおっしゃるとおりです。4技能をシームレスにつなげるような学習方法を、自分なりに見つけることはかなり大事です。さきほど、私が申し上げたのは私なりのやり方です。

DELE:本日はどうもありがとうございました。

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インタビューを終えて

DELE

英語を使って国際的レベルの研究を行っている本多先生が、今でも自己訓練のために毎日英字新聞を音読されているというエピソードがとても印象的でした。また本多先生は、アイコンタクトやジェスチャーなどのノンバーバルなコミュニケーションの重要性も認識されています。英語を使う際には、発音・リズム・イントネーション、そして発話に伴うアイコンタクトやジェスチャーなどのノンバーバル行動が不可欠というのが、本多先生がさまざまなご経験から得た見識というものでしょう。

このウェブサイトの「英語学習相談FAQ」では、単語を覚える時にAIに自分の英語発音を認識させてスマホにその単語を登録する方法を紹介しています。私はその学習方法を怠りがちだったので、本日から記憶に留めたい英文はAI音声認識を通じてスマホに記録することにしました。私は、The New York Times, The Economist, The Wall Street Journalなどの記事の印象的な英文は自分のツイッターに投稿する習慣は続けておりますが、それに音読・AIによる発音チェックという自己訓練を加えるわけです。毎日数分のことですが、その数分は大きな力になるのではないかと期待しています(実際、さきほども自分の発音の癖を再認識したところです)。

私がThe Economistを再購読し始めたのもこのインタビュー・プロジェクトで経済学研究科の先生の話を聞いたからでした。みなさんも、このインタビューから学んだことがあれば、即座に実行してみてください。



本多

柳瀬先生に上手にファシリテートして頂いたお陰で、教員としての立場、そして研究者としての立場から、自分と英語との関わりについて多くのお話しをさせて頂くことができました。

英語文化圏で育っていない者の大半にとっては、英語はコミュニケーションのツールでしかありませんが、世界では多くの人が英語でコミュニケーションを取っている以上、ツールとしての英語の存在を軽んじることはできません。前述の通り、教育については言うに及ばず、研究についても人との関わりがとても大事になります。歴史が教えるとおり、研究者同士の交流・ネットワークが科学を大きく進歩させてきました。

英語によって、世界の多くの人と円滑な交流が可能になります。片言でも伝わりますが、自分の思ったことを思った通りに伝えられる方がより良いですよね。英語をやらなければいけない、ではなく、もっと話せると、もっと聞けると、もっと楽しい!と思って取り組めば、学習も楽しくなると思います。

このインタビューが、英語を学びたいけれども取り組むきっかけがなかなかない、と思っている人の背中をそっと押すことになれば、とても嬉しく思います。