京都大学

自律的英語ユーザーへの

インタビュー

文字起こし






インタビューに応えてくださった方々の所属情報(学年、学科、職位など)はすべてインタビュー時のものです。


総合人間学部(人間・環境学研究科)

森江建斗さん(院生) [文字起こし] 北川裕貴さん(院生)[文字起こし

文学部(文学研究科)

杉村文さん(院生)[文字起こし] 南谷奉良先生(准教授) [文字起こし

教育学部(教育学研究科)

藤本大士さん(学振PD)[文字起こし] 安藤幸先生(講師)[文字起こし

法学部(法学研究科)

準備中

経済学部(経済学研究科)

黒澤隆文先生(教授) [文字起こし

理学部(理学研究科)

カレル・シュワドレンカ先生(准教授)[概要] 瀧川佳孝さん(学部生)[文字起こし]  柳島大輝先生 (助教)[文字起こし] 安留健嗣さん(院生) [文字起こし] 森和俊先生(教授)[ビデオ]  村山陽奈子さん(院生)[文字起こし

医学部(医学研究科)

寺前美生さん(院生)[文字起こし

薬学部(薬学研究科)

古田晴香さん(院生)[文字起こし

工学部(工学研究科)

立山結衣さん(学部生)[文字起こし]  小見山陽介先生(講師)[概要] [文字起こし] 本多充先生(教授) [文字起こし]  米田奈生さん(院生) [文字起こし]  飛田美和さん(院生)[文字起こし

農学部(農学研究科)

A.K.さん(院生)[文字起こし

その他

管紋萁さん・金綾美さん [文字起こし

黒澤隆文先生(経済学研究科・教授)(2021/9/28に日本語でインタビューを実施:約9,400語)



経済学研究科(教授)

黒澤隆文先生

「社会変化を踏まえ、自分のスキルへ投資する」




インタビュー(日本語)は2021年9月28日にZoomで行われました。
インタビュアーは、英語教育部門 (DELE) の柳瀬でした。



仕事時間のうち、日本語と英語の使用が50対50ぐらいです

DELE:経済学部・経済学研究科の教授である黒澤隆文先生は、経済史・経営史、経済政策論がご専門で、多くの著書・論文を英語で公刊されています。また教育面では、グラスゴー大学・バルセロナ大学・本経済学研究科の3つの大学による修士号ジョイントディグリー・プログラムにも関わっていらっしゃいます。そんな黒澤先生は、日頃どのように英語を使っていらっしゃるのでしょうか。

黒澤:今のところ、仕事時間のうち、日本語と英語の使用が50対50ぐらいです。以前は自分のヨーロッパ研究でドイツ語の文献を読むことも多く、フランス語も読んでいました。最近そちらの研究にあまり時間が割けなくなって、日本語と英語を使うだけでほとんどすべてになっています。教育と運営でも、いずれも50対50ぐらいですかね。運営ですと、ちょっと日本語の割合が大きくて、教育のほうは多少英語の割合がもう少し高いかもしれませんけれども。

研究のスタイルは、2010年ぐらいから大きく変わって、海外の研究者との共著での執筆や共同プロジェクトのウェイトが増えました。それが研究面での英語使用の比率の高まりの原因です。10年ちょっと前ぐらいまでは、ヨーロッパ研究は日本で国際的にも異例なぐらいに研究が発展して、独自の研究のマーケットをつくっていました。ですから、あまり外国語で発表するということは意識せず、時折いろいろなプロジェクトで声を掛けられたときに、英語やドイツ語で少し書くぐらいでした。

しかし、10年ぐらい前からは、パブリケーションも半分ぐらいは英語になりました。最初は単一の論文だったのですが、その後、英語の学術文献の編集や出版等も始めました。最近では、オックスフォード大学出版局のハンドブックを編集しています。著者が60人ぐらいいて、チャプターが35ぐらいあります。日本人の執筆者は、そのうち3~4人ぐらいですから、この関係の仕事はすべて英語でやっています。


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非常にプラスになるし、ネットワークづくりという点でも有用なので、年に5~6回は海外出張をするようになりました

DELE::10年ぐらい前に、英語のほうにシフトしたきっかけは何だったのでしょう。

黒澤:あるプロジェクトをきっかけに、海外での研究会や出版プロジェクトなどに誘われました。それまではプロジェクトに合わせて海外の研究者とコミュニケーションしていたのですが、その頃、海外の学会に直接行って、そこでもっと関係を深めるきっかけがありました。たまたま私の関係する経営史(ビジネスヒストリー)は、ヨーロッパでもアメリカでもほとんど姉妹団体的な学会があるということがわかったのです。

文系の場合は、国や言語圏によって学問の制度化のされ方が異なり、日本での専門家や研究者のマーケットと、海外のマーケットにずれがあることが珍しくありません。その場合、外国に行って、そのまま同じようなスタイルで発表できるわけではありませんし、同じようなコミュニティーがあるわけでもありません。

ところが経営史の場合は、それほどずれがないことに気づきました。研究交流は、非常にプラスになるし、ネットワークづくりという点でも有用なので、海外学会でほぼ毎年コンスタントに発表するようになりました。それを通じてできたプロジェクトにもいろいろ誘われて、年に5~6回は海外出張をするようになりました。それで研究スタイルが変わりました。

それまではドイツ語圏やフランス語圏の研究を多く行っていましたので、付き合うのはヨーロッパ、それも大陸ヨーロッパの研究者ばかりでした。ですが、10年ぐらい前からそういった地理的な制約から結構自由になって、研究の幅が広がると同時に、使用言語としては、英語のウェイトがかなり上がりました。


以前の枠組みを疑問視したり、相対化したり、超えてみようと考えるようになります

DELE:10年前と今では、研究者として見える風景がやはり広がったのでしょうか。

黒澤:学問分野はさまざまな経緯の末に制度化されており、それによって認識の仕方もすごく制約されています。私もそういった学問領域の制度化された範囲の中で考えていたのですが、地理的に制度化の形が異なる場所に行ったりすると、以前の枠組みをちょっと疑問に思ったり、相対化したり、超えてみようなどと考えるようになります。以前は経済史・経営史という歴史の一分野でありながら、自分の教育上の義務からもう少し政策領域にまたがるような範囲で研究していましたが、より広い角度でいろんなこと試してみるようになったといえるでしょう。


話の内容に関心があって聞いているわけですから、内容がしっかりしている限りは、みんな辛抱強く聞いてくれます

DELE:より広くだけだけではなく、多面的、多角的にもなったわけですね。先ほどオックスフォードハンドブックの編集にも携わり、多くの研究者と付き合うようになったと伺いました。そういった際に英語を使う際の方針や戦略はありますでしょうか。

黒澤:いや、あまりないです。最初、やっぱり苦手意識がある間は、少し意識したこともありましたけど、今はあまりありません。

結局、世界中の研究者が研究していれば、みんなそれぞれの母国語に規定されますし、英語が得意な人もいればそうでない人もいます。流暢さやアクセントもさまざまです。しかし、結局われわれは話している内容に関心があって聞いているわけですから、内容がしっかりしている限りは、みんな辛抱強く聞いてくれます。そうはいっても一応、日々ある程度時間とコストをかけて、相手にとっても分かりやすい表現ができるように継続的に英語を学び続けることは大事です。

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仕事上も個人生活でも関心がないことに、エネルギーをかけるのはしんどいですし、そもそも続きません

DELE:継続的に学ぶというのは、オン・ザ・ジョブトレーニングで、基本的にいろんな活動をやりながら、身につけていくという学びですか。

黒澤:そうですね。仕事上も個人生活でも関心がないことに、エネルギーをかけるのはしんどいですし、そもそも続きません。結局、研究が楽しければ、その研究のコンテンツを、日本語から英語に全部置き換えれば、一石二鳥です。少なくとも有益で苦痛も減ります。インプットも、発表言語に合わせて変える必要があるわけですが、それを日常的に行うということです。そうしていますと、結局友人関係なども半分以上が海外の友人たちに変わっていきますので、自然に英語を使うようになりました。


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本格的に修士のカリキュラムも変えていくことになりました。2021年の9月15日に始まった新しいカリキュラムです

DELE:ありがとうございました。教育面あるいは行政運営面でのお話はどうでしょうか。

黒澤:教育は、日本語で英語文献に関して教える授業は、採用された時からやっていました。ですが、英語で教育コンテンツを提供する授業は、経済学部では多くありませんでした。

ただ、研究指導で、海外の出身者を英語で教育するということを始めたのが13~14年ぐらい前です。私が30代後半ぐらいでした。論文指導ですから結局自分の一番自信のある分野について、相手の問い掛けに合わせて話せばよいわけです。実はこれが、一番ハードルが低いです。大学院生レベルの論文指導であれば、そんなに英語に自信がなくても実はできます

しかし、2009年に経済学研究科が英語だけで修士・博士の学位を取るコースを設けました。博士だけでなく修士も取れるようにしたものですから、普通のレクチャーを英語でやる必要が出てきました。この時には90分こちらがずっと話し続けなければなりません。また、研究指導ですと専門分野の話だけで済むわけですが、修士1年生や2年生ですと、割と自分の専門から離れた基礎的なことも一緒に教えなくてはなりません。こちらのほうは結構準備が必要で、最初は負担に感じていました。そうはいっても4~5年継続していますと、それなりに慣れてきました。

その後、自分の研究自体も、先ほど言ったようにだんだん変わっていきました。それからスーパーグローバル大学創生事業という文部科学省の枠組みに京都大学が応募して採択され、それにも関わるようになって、本格的に修士のカリキュラムも変えていくことになりました。2021年9月15日に始まった新しいカリキュラムです。ジョイントディグリーも、そうした先行する試みがあって初めて実現したものです。このようにして教育面でも英語を使う時間と経験が増えてきました。


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人文科学系の学問であれば、やっぱり日本語と英語だけではなく、少なくとも3つ目の言語は大切だと思います

DELE:ありがとうございます。研究面に戻りますと、よく「研究者は、やっぱり英語がしっかりできることが大切だ」という意見もあります。英語以外の外国語の能力を付けることに関して、先生のお考えを聞かせていただけますか。

黒澤:おそらく、分野や領域によって、ものすごく状況が違うと思いますが、人文科学系の学問であれば、やっぱり日本語と英語だけではなく少なくとも3つ目の言語を知ることは大切だと思います。トライアンギュレーションという言葉がありますけども、比較をするためには2点比較だけでは距離しか分からず、立体的に把握することできません。そうはいっても、ドイツ語もゲルマン系言語で、英語とそんなに大差ないではないかという反論があるかもしれません。しかし、少なくとももう1つぐらいの言語を習得しておくことは大切でしょう。地域研究でしたら、もう絶対不可欠だと思います。

ただ、学問の分野によっては、そういった要素は非常に限られるかもしれません。あるいは社会科学で、非常に一般的な論理の世界で研究されている方にとっては、それなりに重要性は落ちると思います

研究上の必要という点では、必要な場合は、どんなに英語が強くなっても、あるいは機械翻訳を使ったとしても、他の外国語文献を利用すると思います。

以上は研究面のことですが、教育面では、学部生が英語以外の言語の学習にどれだけ努力をつぎ込むべきかについては、最近、革命的に進化している機械翻訳を考えますと、やはり状況は変わってきたかなという気はしています。私は、ドイツ語圏やフランス語圏の研究をして、英語覇権主義にはかなり抵抗感があった立場ではあるのですが。

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大体4年間、毎日2時間ぐらいは授業とは別に英語の勉強をしました

DELE:今度は、これまでの先生の英語、あるいは他の外国語学習の様子をお聞かせいただけるとありがたいのですが。

黒澤: 10代は、私は茨城の進学校でもない高校を出て、教育環境としてはのんびりしていました。親は大学を出ていませんし、外国に行ったこともありませんでした。基本的には、受験生で一応読み書きはするけど全く話せないのが入学時点でした。しかし80年代で国際的な関心が高かった時代ですし、行ってみたいという憧れはありました。

そういう時代でしたので、バックパッカーで、最初の夏休み中国に2カ月行き筆談で過ごしました。その後の春休みは中東に1カ月行き、その次の夏休みは東南アジアと韓国で2カ月ということで、休みのたびに貧乏旅行をしました。当時は急に円高になって学生でも、ちょっとバイトしたりすれば、そして途上国の物価が安い通貨の弱い国であれば、結構旅行ができる時代でした。そういった形で初めて海外に行き、やっぱり英語が要ることを経験しました。さまざまな人にいろんなことを言われたり、ちょっと格好悪い体験もしたりしました。

その頃は、YouTubeもインターネットもない時代ですので、ラジオ講座が一番安くて効率もいいというので、大体4年間、毎日2時間ぐらいは授業とは別に英語の勉強をしました。そんな感じでスタートして、いろいろな場所で知り合った友人たちとのつき合いもあって、英語を普通に使う機会がだんだん増えました

大学院に入り、ヨーロッパ研究を初めて資料収集に行くわけですけども、そこでも使う機会が結構ありました。ドイツ語はなかなかうまくなりませんでした。ドイツ語は、それまでの英語と同じで、研究のために文献を読むための言語で、日常会話は、なかなか上達しませんでした。本格的にドイツ語を学んだのは、1年サバティカルでチューリッヒに住んだ時です。ちょっと格好が悪かったのですが、30を超えて10代の学生たちや他の社会人に交じって、ドイツ語の会話の勉強をあらためてしました

DELE:なるほど。先生の関心や行動の自然な変容とともに、英語やドイツ語を身につけたということでしょうか。

黒澤:そうですね。あまり外国語は得意なほうじゃなくて、特に中学の頃は非常に苦手意識がありました。自信もそんなにないわけですが、でも使えないと不自由なときは何とかしようとしていました。格好悪い思いをしたらちょっと何とかしなきゃなと思ってやるということの繰り返しだったかもしれません

DELE:いろんな実際のニーズを感じて身につけたということですね。その中で、大学4年間は、当時のラジオ講座を使って、毎日2時間程度は英語の訓練をしていたわけですね。

黒澤:はい。それと、素材としては,英文のニュース週刊誌の購読とか。


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今も朝は1~2時間、「The Economist」の音声版を聞いています

DELE:それが先生の英語力の基礎を作ったわけでしょうか。

黒澤:そうですね。その後、割と使えるようになってからも、今も朝は1~ 2時間、「The Economist」の音声版を聞いています。記事のクオリティは結構高いですから、社会科学者として入れておきたいいろいろな観点の情報を聞いています。シャドーイングなどの自己訓練は最近していません。

「やらなきゃ」と思ったときは、毎日やらないとできません。もう少し、才能があればよかったと思いますが、結局、時間をかけてやらないと上達はしないと思います



興味ある記事の内容を耳と目で確認

DELE:「The Economist」の音声版というのは、ポッドキャストのことでしょうか。

黒澤:ポッドキャストも別途聞くのですが、私が日頃聞いている音声版は有料購読者だけが聞けるものです。インターネットが発達してからメディアの市場構造が変わって、有料モデルで記事を提供する媒体は非常に少なくなっています。「The Economist」は、そういった中では非常に数少ない、有料で世界中のエグゼクティブが使っているメディアです。記事のクオリティは高いです。記事はスマホでもPCでも読めるのですが、1週間分の記事を全部読み上げた音声が提供されています。すべての記事を聞くと、多分8時間か10時間ぐらいかかると思うのですが、それを朝ジョギングやウォーキングしたりしながら聞いたりしています

最近は聞くばかりですが、記事を読んで、ボキャブラリーや表現を目で確認すると、耳で聞く音声とシンクロしてインプットされます。そういう意味では効率がいいというか、教材として優れています。もちろん、本来は英語教材ではなく、その記事自体の価値があるので続けられるのがいいなと私は思っています。学生にもかなり薦めています。ただ学部生にはちょっと難しいボキャブラリーが出てきますので、大学院生か結構英語が得意な学部生ぐらいにお勧めかなとは思っていますけども。

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外国語能力修得は投資なので、早ければ早いほど複利がついてリターンがきます

DELE:なるほど。耳と目の頭のシンクロですね。今、話にも少し出てきましたが、学部生、特に1回生や2回生に助言をお願いできますか。

黒澤:そうですね。外国語能力を身につけることは自分への投資なので、30になってからできるようになるより、もう一年でも一刻でも早くできるようになったほうが、どんどん複利がついてリターンがきます。そして脳細胞も若ければ若いほど柔軟ですから、とにかく早くからスタートして、継続的にやることをお勧めしたいです

そうは言っても苦手意識がある京大生も結構多いと思います。でも世の中で、「京大出てそのぐらいなの」と思われるのはやっぱり格好悪いので、早くその苦手意識をさっさと克服したほうがいいですよ、と思っています。あと中身について言うと、やっぱり世界が広がるのは間違いないです。

もう一つは、ゲルマン系言語は特にそうですけど、フランス語でもドイツ語でも、英語ができる人は学習速度が速くなると思います。やはり言語系統が近いので、英語が得意な人は、ドイツ語やフランス語をやっても結構早く学習できるのではないかという気がします。

それから先ほど機械翻訳の話もしましたけど、実はかなりの部分をAIが言語処理できるわけです。しかし、逆に機械翻訳を超える力を、自分の能力としてもっていたほうがいいと思います。とにかく学部生の時から本格的に継続的にやることをお勧めしたいと思います



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大転換をチャンスと捉える

DELE:さすが経済学部の先生で、投資や複利や効率といった非常に説得力あるお言葉を伺いました。何か他にございますか。

黒澤:この数年ぐらいから大きな変化が生じているように思います。どの時代でも、「今が時代の変わり目だ」という論説が必ずありますが、実際に長期で見たらそれほどでもないことが多いです。本当の構造的な変化はそうそう起こるものではないとは思います。しかし、例えば最近、リチャード・ボールドウィン (Richard Baldwin) という国際経済学の研究者が出した本は「グロボティクス」 (Globotics) ということばを使って、グローバリゼーションとロボット化という2つの波を強調しています。私たちの暮らしや雇用環境は、日本語という壁で守られていたところがあるので、日本だと、英語ができなくても就職ができます。世界がどうなっても、「ガラパゴス」の中で守られているようなものです。学生は、京大に入っておけば、別に英語を使えなくても就職できると思って安心しています。専門分野の勉強だけをしていればいいというわけです。実際それで就職ができている状況があるわけです。

しかし、これが劇的に変わりつつあります。グローバル化で人材がどんどん流動化していますから、日本で育った学生たちが、他の国の人材とダイレクトに競争関係に入っていきます。さらに、ロボット化の波が来ます。AIによる機械翻訳もその1つです。今までは賃金競争にさらされるのは、途上国と競争するブルーカラーを中心とした製造業だったのですが、今は、ホワイトカラーの業務も賃金競争にさらされます。今までのような守られた状況はどんどん変わると思います



情報収集用の英語文献は、スキャンして機械翻訳にかけて、日本語で速読します

黒澤:それは脅威ですが、逆にチャンスでもあります。日本語のローカル性で行けなかった世界にも、どんどん行けるようになります。AI翻訳で、英語とはいわず、あらゆる言語のものをこちらに入れられるようにも、出していけるようにもなります。このようにチャンスも広がっているので、この変化を自分にとっての危機、あるいはその世代全体、社会全体の危機にしないで、チャンスに変えることを考えたほうがいいと思います

例えば、機械翻訳でここ1~2年私が何しているかというと、英語論文でも英語の本でも、スキャンしてテキスト化したものを機械翻訳に放り込んで、日本語で速読します。日本語は表意文字で抽象概念や分析概念が漢語で表現されますから、かなりの速読が可能です。英語も努力はしてきて結構読めるようにはなりましたけど、やっぱりぱっと読んでぱっと理解するというスピードに関しては、日本語のほうが数倍から10倍ぐらい速いです。そうすると、研究上必要な論文をじっくり読むのは、もちろん原語で読むわけですが、とにかくたくさんチェックしなければいけない文献については、機械翻訳を使った方が、圧倒的に効率がいいので、今それでやっています。インプットのレベルもボリュームも10倍ぐらい向上していると思います

そういうことを始めている研究者がどのぐらいいるか分かりませんが、大きな変化は研究だけではなく、あらゆる社会の分野に及んでくると思うので、そういったことも考えた外国語学習、自分のスキルへの投資を、これから何十年も生きなきゃいけない学生たちは、やっぱり考えておいたほうがいいかなという気はします

DELE:歴史家の視点で見てみると、現在はやはり大きな時代の変革点かもしれない。それをチャンスに変えようというご提言です。また先生ご自身は、外国語文献をスキャンして機械翻訳で日本語にして速読することにより、インプットの量がひょっとしたら10倍ぐらい上がったのではないか、ということですね。

私自身、哲学のハンナ・アーレントの例からも、やはり母国語のアドバンテージはあると思っています。彼女はアメリカでずっと活躍しましたが、やはり最晩年まで、本当に自分で書きたい原稿はまずドイツ語で書いて、それを秘書に英訳させたそうです。このあたりは分野や、その人がいつ頃に知識をつけたかといったことに関係するかもしれませんが、やはり母国語の強みというのはあると思っています。また、日本語という世界でも珍しい認識装置を使いこなせる人間が、その認識を活かした表現を英語や他の言語でも表現するという点でも、ある程度チャンスはあるかと思っていたので、面白く聞かせていただきました。

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状況の変化を考えた上で学ぶ

黒澤:最後の点ですが、出版業についての産業研究を少しやったことがあります。20世紀に入ってから80年代ぐらいまでの日本語での出版件数に注目しました。これは、何冊売れているかではなく、著作物1個を1点と数えて、何万点、何十万点、年間に出たかという数字です。それはどんなものが日本語で読めるかという知的なダイバーシティのバロメーターだと思うのですが、世界的に見ると、英語、ドイツ語に次いで3位でした。ものすごく大きなマーケットでした。翻訳市場も世界最大級で、英語、ドイツ語に次ぐものでした。日本では外国研究が盛んで、原著がドイツ語であれフランス語であれロシア語であれ中国語であれ、ほぼ日本語で読めるという環境の中で、日本の研究者は知的生産をしてきました。その圧倒的なアドバンテージがあって、経済的に繁栄してきたと思うのですが、その世界の中の相対的地位が、ここ15年か20年ぐらいで、急激に縮減しています

私自身ヨーロッパ経済史研究という分野にいますが、外国研究は70年代ぐらいまで日本は世界最大でした。つまりヨーロッパの経済史を研究している研究者は、ヨーロッパよりも日本のほうが多いという状況でした。しかしもうそれは完全になくなってしまいました。そういう意味では、現代は、日本全体の競争力や社会の知的の豊かさ全体にとっても、非常に大きな転換点だと思います。状況が大きく変わりつつあるので、そこも学生さんたちには考えてほしいと思います。社会全体の課題かもしれませんが

DELE:先生のお話を聞いていますと、あと2時間か3時間ぐらい欲しいのですが、もう時間がきてしまいました。「若い人たちには大きな課題がある。その中で、英語にせよ他の外国語にせよAIにせよ賢明に使いこなしてほしい」ということになりましょうか。ありがとうございました。

黒澤:ありがとうございました。


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インタビューを終えて

DELE

「英語学習は投資である以上、効率とリターンを考えて行うべき」や、「社会と時代の変化を見据えた学びを行うべき」といった黒澤先生のご提言は、非常に説得力のあるものでした。

英語を学ぶなら、情報価値のある英語を題材に選ぶべきという論も、まったくその通りです。私も黒澤先生の話に刺激され、ひさしぶりに「The Economist」のデジタル購読を再開しました。人間による音声吹き込みを聞きながら、ソファに横たわってタブレットで楽に記事を読み進められるのが快適です。

さらに、情報収集用の英語文献は機械翻訳の日本語で速読する情報処理法についても、もっとその可能性について考えたく思います。

大変啓発的なお話を聞けました。お忙しい中に時間を割いてくださった黒澤先生に改めて感謝します。

米田奈生さん(工学研究科・博士後期課程3年)(2022/2/15に日本語でインタビューを実施:約7,900文字)

工学研究科・院生(博士後期課程)

米田奈生さん



「自由を活かして、大学生活でいろいろ挑戦してみることが大事だと思います」


インタビュー(日本語)は2022年2月15日にZoomで行われました。
インタビュアーは、英語教育部門 (DELE) の柳瀬でした。



DELE:米田奈生さんは工学研究科機械理工学専攻 のD3です。先日博士論文の公聴会を終えて、間もなく社会に飛び立とうとしております。そんな貴重な時期にお時間を頂き、誠にありがとうございます。米田さんはあらかじめ、ご自身の英語学習・使用について、年表形式でまとめてくださいました。


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小さい頃は、母の影響が強かったかもしれません。

DELE:小学校4年生の時に学習塾で英語を習い始めてJanuaryという単語を習ったときも、これは会話のために必要だと思ったと書かれています。英語はコミュニケーションのツールだという認識は、初めから米田さんの中にあったのですか。

米田:そうです、多分母の影響が大きかったと思います。外国語を学ぶことによって、日本語をしゃべらない方ともコミュニケーションが取れるという認識を、英語を習い始める頃にはもっていました。日本語でいう1月2月のように数字を付け足す表現では通じないと感じていました。

DELE:お母さまは積極的に英語を使っておられましたか。

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米田:特に英語を仕事で使うような職業ではありませんでした。外国の友達がいて頻繁に家に遊びに来ているということもなく、日常生活の中で英語を話す方と出会うということもありませんでした。しかし母は例えば『ハリー・ポッター』を洋書で読んでいました

DELE:中2ではホームステイ、中3では韓国のプロの演奏家の方との英語での会話、高2ではNASA研修に行ったとありますが、これらは全て米田さんが求めたのですか、それともお母さまのお勧めだったのですか?

米田:オーストラリアのホームステイの情報は多分母から聞いていたと思います。高校生の時のNASA研修に関しては、高校のほうで有志を集めて行くというイベントでした。かなり倍率が高いイベントだったので、1年生の時は抽選に漏れて行けず、2年生で行けました。

DELE:中3の時の、韓国のプロの演奏家との会話というのはどんなものでしたか。

米田:中学生の時に部活動で朝鮮半島の伝統打楽器をやっていました。その関係でプロの方が公演に来たついでに、日本でレッスンを開講してくれました。ほとんど朝鮮語で進むので、大半は言われていることが分からなかったのですが、たまたま私が教えてもらった先生が英語を話せる方でした。私は英語が分かったので、二人で小さい会話をする機会が生まれました

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自分自身がすごく英語ができると思った記憶はあまりありません。

DELE:学校の勉強はどうでした。

米田:出された課題を普通にやったぐらいでした。学校では特別何か変わった授業などはなかったと思います。

DELE:高校時代に英語ディスカッションに参加したとあります。

米田:兵庫県の地方予選に出ました。その年赴任された先生が何人かに声を掛けて、私を含めて4人が集まって、いろいろ調べて準備して出ました

DELE:最終戦で勝ったそうです。

米田:最終戦は、負けたチーム同士で戦う記念試合みたいなものでした。その前に当たった高校は、常連校だったり、帰国子女の方がいたりしました。自分は相手の英語が聞き取れなかったり、どのようにディフェンスしたらいいかもわからなかったりしました

DELE:その頃の米田さんは、自分の英語はまだまだだと感じていたわけですね。

米田:そうですね。今もそうかもしれません。自分自身がすごく英語ができると思った記憶はあまりありません。主に数学や理科が得意ですと言っていました。

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工学部が提供している授業に行くと、意欲的な人たちが集まっていました

DELE:今度は大学に入りました。学部で、卒業要件に認定されない夏期集中などの英語講座も受講したとのことです。

米田:英語のスピーキングをしてくれる工学部の授業(科学技術英語演習)に参加しました。ですが、私の学科だけは、その科目を卒業単位として認定してくれませんでした。

もう一つ、物理工学英語という、学科が開催してくれている英語講座がありました。120人ぐらいを対象にした講座の中で、申し込んだのは15人ぐらいだったので、自分は少数派だとその時も思いました。

全学共通科目ですと、みんな必修だから取っているので、練習の際にも温度差がありました。高校でもよくありますけれども、英会話の練習でも、「授業の中で日本人同士で話すだけで、実際に使う機会はないんだから適当にやっておけばいい」といった心構えの人も少なくありません。

しかし、工学部が提供している授業に行くと、希望者だけが来ているので意欲的な人たちが集まっていました一緒にやって高め合えるような人たちに出会えたかなと思います

DELE:学部生の頃には、「英語を学ぶよりも英語で学ぶ経験をしたくなった」と書かれています。

米田:その変化のきっかけは、母と話をしていたときに、「英語を学ぶために海外に行くよりワンステップ上を目指すことができるのでは?」と言われたことです。漠然と日本にいたら学べないことが海外にいたら学べるような気がして、面白そうだなと思い始めました

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専門分野の英語を知らなかったので苦労しました

DELE:研究室に配属されると、リーディングの重要性に気がついたと書かれています。

米田:4回生で英語論文を読み始めた頃の大変さというのは、今考えてみると英語の大変さというよりは、バックグラウンドとしての専門的な単語を知らなかった方が大きかったと思います。初めて読んだ英語論文のAbstractが分からなかったことがすごく印象に残っています

例えば、“flux”という単語がありますが、私の分野では、それは慣習的に “magnetic flux” を意味します。でも、その時は、fluxという単語のたくさんの意味の中で、どれが適切か分かりませんでした。どうもこれは “magnetic flux” の意味らしいという結論にたどり着くのに、数日かかりました。

別の例ですと、“electric field” も論文では “field” と書かれることが多かったです。しかし辞書ではそういったことは分かりません。そういう背景知識の不足で、すごくつまずいていました

DELE:たとえ日本語で教科書を読んでいたとしても、英語での省略法はあまり分からなかったわけですね。

米田:日本語でも、専門分野の知識が足りなかったとは思います。ただ、そもそも、日本語で「磁場」のことを略して「場」とは書きませんし、専門の知識があってもつまづいていたと思います。


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日本語は日本語、英語は英語でそれぞれの考え方や感覚があると思っています

DELE:その他に、例えば構文が難しかったとか、あるいは読む量が大変だったなどと感じましたか?

米田:文法を少しずつ意識するようになったのは、論文などを読み始めてリーディングの量が増えてからです。しゃべっているときには、別に文法的に間違っていても単語を並べたら会話が成立します。正しい言葉をしゃべるよりも、ある程度スピードを持って会話することの方が求められることが多いです。それまでは自分も文法的正確さよりも流暢さに重きを置いて英語を学んできていました。しかし、リーディングを繰り返していくうちに、修飾関係や文全体の構造を意識して読むようになりました

DELE:大学受験の時は英文和訳が嫌いだったそうです。

米田:今でもあまり好きではありません。最初に論文を書こうかという話が上がったときに、指導教員から私が日本語で書いて先生が英訳をすることもできると提案されました。しかし、自分が日本語で書いて先生に英訳させることは絶対にしたくありませんでした。今でもそうです。日本語と英語の両方が必要というケースだったら分かりますが、英語しか必要ないのにわざわざ日本語の文章を書いて英訳するのは手間だと思います

DELE:文系の人の中には、日本語で書いてそれから自分で英訳する人もいます。しかし、米田さんの場合は、日本語は日本語、英語は英語でそれぞれの考え方や感覚があるから、二つの言語はまったく違うと感じているのでしょうか。

米田:そうです。それも多分、母の影響が大きかったと思います。小さい頃に『くまのプーさん』が好きだったので、母が「プーさんの英語版の元々のお話を読んでみる?」といって本を買ってくれました。

読んでいたときに、1単語1単語辞書を引くのではなくて、何となく流れで読んでしまえと思っていました。一つ二つ分からない単語があっても、大体想像して意味が分かるようになるというアドバイスを母からもらっていたからです。今思うと、それは会話をするときの力を育てることを見据えたアドバイスだったのかなとは思います


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耳から英語を学ぶことを大事にしていました

DELE:『くまのプーさん』を読んだのは米田さんが何歳の頃ですか。

米田:小学校 5年生ぐらいだったと思います。原著ではなく、子ども向けに単語や構文を調整した学習者向けの本だったと思います。

DELE:その本をお母さまが読み上げて、一緒に読んだのですか?

米田:いえ、普通に日本語の本を読んでいる延長でした。その当時、私は『南総里見八犬伝』にすごくはまっていましたが、それを読んでいるのと同じ感覚で、ちょっと本を取り換えて読んでいるぐらいの感じでした。特に音読はしなかったように記憶しています。

DELE:小学校5年生で、子ども用の絵本にせよ、それを読めたわけですか。

米田:英語のCDが付いていましたから、その音声を聞いていました

DELE:英語は、発音とつづり字の関係が必ずしも単純ではありません。単語の発音は、CDで耳から覚えたのでしょうか。

米田:そうです。単語は、文字面からだけではなく、やっぱり音を聞いて覚えたいという気持ちはそれ以降も続きました。高校生の時の毎週の英単語のテストの準備も、いつも寝る前にCDを聞きながら、英単語と日本語と例文の音声を聞いていました。耳からの情報は結構大事にしていました

DELE:日本人の多くは英語を聞く経験が少ないから、なかなか発音も上達しません。

米田:英語の習い始めも、書き言葉を読んだというよりも、例文を聞きながら文字を見て、何と単語と音の整合性を学んでいたのだと思います。基本的には、話し言葉として英語を学び始めたといえるかもしれません

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はじめての学会発表が海外での英語発表でした

DELE:学部生活に話を戻します。学部の4回生の時点で、中日ワークショップという中国で開催された国際学会で発表をしました。不安はありませんでしたか?

米田:今考えてみたら、初めてなのに海外に行って英語で発表するのはなかなかのことだったなと思います。でも当時はビギナー過ぎて、あまり怖いと思わずにまだ挑戦できた部分もあるかと思います。

DELE:発表は好評だったそうですね。

米田: Q&Aの時間に質問が飛んでくるかと思ったら、日本人の先生が手を挙げられて「今日の発表はすごく分かりやすくて、よく理解していることが分かった」といったことを英語でコメントされてアドバイスもくださいました。発表後の休憩の時間にも「すごくよかったよ」と褒められました。その先生の印象に非常に残ったみたいでした。

DELE:その時までに、英語プレゼン講義の経験もあったというふうにおっしゃっています。それも工学部の授業ですか?

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英語を勉強できる機会があるのだったら授業を取りたいという意欲の方が強かったです

米田:そうです。3回生の時に履修した物理工学英語で、1~2週に1回プレゼンをしました。そこで構成やしゃべり方も教えてもらいました。

DELE:その授業も必修ではないですよね。必修以外の授業も取るというのは大変だったのではないですか?

米田:大変だったという記憶はあまりありません。その科目に期末テストはなく、日々の努力だけなので、テスト期間に影響はありませんでした。

DELE:人によっては、専門科目以外に英語の選択科目も取るのは大変だという人もいますが、米田さんの場合はそこまでは思わなかったわけですね。

米田:そうですね。取ったら大変だから取らないでおこうとかいう考えよりは、英語を勉強できる機会があるのだったら授業を取りたいという意欲の方が強かったです



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ライティングでは、自分の文法が確実でなければなりません

DELE:M1では英語論文を投稿して、ライティングの重要性に気づいたそうです。

米田:先ほどの話とも重なりますが、文法を意識するようになりました。リーディングで人の文章を読んでいるときは、人が示してくれる英語に文法を当てはめるだけです。しかしライティングでは、自分の文法が確実でなければなりません。それまで何となく感覚で把握していた文法を、本当に正しいのか確認して使わなければならなくなりました。数学で、人が解いている解法を見るのと自分で解くのとでは感覚が違うことに似ているかもしれません。

DELE:その確認は、どうやって行いましたか。

米田:先生からもずいぶん指導していただきました。また、M1前期に英語論文執筆の講座(実践的科学英語演習)をとっていたことで、文法についての意識が高まっていたこともあり、自信がなければ自分で調べていました。インターネットの辞書をよく使いました。

DELE:その辞書は英和ですか、それとも英英ですか。

米田:その頃は英和辞典が多かった気がします。ただ、専門用語の例文はあまり出てきません。ですから、用語の使い方などを調べるときには、Wikipediaの英語版を読んで表現を調べました

DELE:論文全体の流れや論証については苦労しました?

米田:さきほど述べた論文を書くための講座でイントロダクションやメソッドなどの論文の構造を教えてもらいました。受動態と能動態、あるいは現在形と過去形の使い分けの原則なども教えてもらいました。そういう原則の存在を知っていたので、ちょっと気になったら教科書やレジュメを見返して調べ直してから、適切な使い分けをしようとしていました

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アメリカでの学会で、自分の英語力は十分ではないが、それでも何とかなると思えました

DELE:M2では、アメリカで開催された国際学会に参加しました。

米田:中日ワークショップの時は、本当に日本人と中国人で出席者の9割9分という感じでした。しかしこのアメリカで開催された国際学会は、結構有名な学会で、アメリカはもちろんヨーロッパ、インド、中国、その他のアジア各国からも参加者がいました。発表でのディスカッションも、自分の知識も増えていたので4回生の時よりもちゃんとしゃべれているという感覚を得ることができました。自分の英語力は十分ではないが、それでも何とかなるも思えました

DELE:コロナでZoomミーティングが増えたら、結構自分のスピーキング力が上がったような気がしたとも書かれています。

米田:中学生や高校生の時みたいに、昨日できなかったことができたというような急激な成長は感じませんでしたが、単語や表現が出てくるスピードは上がりました。あまり考えなくても、文がすっと出てくるようになりました。

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会話の中で出会った他人の表現を借りることで自分の表現の幅が広がります

DELE:表現のレパートリーは増えましたか。

米田:一人でしゃべる練習をすると、自分の知っている表現を組み合わせるだけになりますが、他の人と話すと、自分が知らなかった単語やフレーズで表現することを学べます。意味は理解できるけれど、知らなかった使い方や表現を学べました。相手の表現を借りることで自分の表現の幅が広がった気はします。

DELE:博士論文では今まで一番英語を書いたとあります。

米田:そうです。日本語で先に書くというのは私の頭の中になかったので、英語で白紙から書きました。


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英語ですと、最初に言いたいことを言ってから後で関係代名詞や分詞表現で追加説明をすればいいだけです

DELE:しかし英語で書く苦労よりも、論文そのものを書く苦労の方が大きかったそうですね。

米田:科学論文に求められるのは簡潔な文章です。しかし、日本語はどうしても修飾語が主要語の前に述べられるので、一番大事な単語がなかなか出てきません。卒論と修論は日本語で書きましたが、大切な語や主語をできるだけ前に述べることに非常に気を使いました

他方、英語ですと、最初に言いたいことを言ってから後で関係代名詞や分詞表現で追加説明をすればいいだけです。骨組みを作って、そこに付随情報を足していくという構成で書けるので、英語という言語の構造を使えるのは便利だと思っていました

DELE:多くの学生は日本語の影響で、重要な語や主語を出す前に、長々と細かな情報を述べる英文を書きます。米田さんの場合はそういう英文はあまり書かなかったのですか?

米田:そういう文章を書くこともあります。しかし、何とかして直したいなと思ってチェックしておきます。例えば、目的語になっている語を主語に持ってきたらどうだろうなどと考えます。それから長い1文を2文に分けることはよく行います。読者のことを考えて、簡潔な文章を書くことを心掛けます。



科学論文の構造の大枠を『理科系の作文技術』で学びました

DELE:簡潔な文章を書く原則は、ご自身で気づいたわけですか。

米田:卒論を書くときに、『理科系の作文技術』を読むことを先生から勧められました。日本語の特徴を学び、英語だと一番大事なことを前に書けると感じました。卒論を書くまでは、論文という文章を書いたことがなかったので、科学系の論文の構造の大枠をその本で学びました。その枠組みが自分の目指すべき方向になりました


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自由を活かして、大学生活でいろいろ挑戦してみることが大事だと思います

DELE:最後の質問です。米田さんの長い学生生活が終わろうとしています。その立場から、1回生や2回生にご助言をお願いします。

米田:高校を卒業して私は1人暮らしを始めました。お金や時間の使い方の自己決定の範囲が増えました。講義を選ぶ自由度もそうです。その自由を活かして、大学生活でいろいろ挑戦してみることが大事だと思います。博士課程に進学することも、高校生の時の私は想像していなかったので、私にとっては進学も一つの挑戦でした。

挑戦する選択肢を大学生はたくさんもっています。また、英語ができるとその選択肢は広がります。今は、コロナで海外へ行くのが難しいかもしれませんが、積極的に機会をつかむといいのではないでしょうか。

DELE:京大の英語教育について何か注文があったらお伺いします。

米田:私は工学部の工学共通教育は、充実していると思います英語を学びたいと思ったら、そこに機会があります。自分の時間さえ取れれば、会話をする授業にも参加できます。海外に出なくても毎年のように英語をしゃべる機会をもてたので、すごくありがたかったです。

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“Don’t be afraid. Communicate.”

DELE:他に言い残したことはありますか?

米田:小学校の時に聞いた “Don’t be afraid of making mistakes.” というフレーズは本当に今でも自分の指針になっています。知っている単語を並べてみて、向こうからのフォローにも助けてもらったりもしながら挑戦していくというスタンスを、その時に学べたのはすごくよかったと思います。

日本人でも日本語を間違うのですから、英語はきれいにしゃべらないといけないとかあまり思いすぎずに、どんどん挑んでいったら上達すると思います

DELE:そうですね。 “Don’t be afraid. Communicate.” というのは常套句に聞こえますが、とても大切なことですね。

米田:そうです。引っ込み思案になりそうな自分に、この言葉を語りかけるとちょっと奮い立ちます。びくびくして、失敗してうまく伝えられなかったらどうしようと思ってしまう人も、そういうときにこのことばを思い出してもらって、十二分に使ってやろうという気持ちをもってほしいと思います

DELE:すばらしいメッセージをありがとうございました。

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インタビューを終えて

DELE

こちらからは何のお願いもしていなかったのですが、インタビューの数日前に米田さんから英語学習についてまとめた表が送られてきました。このことからしても、米田さんは仕事の段取りが的確で、社会に出てもきっと活躍する人材だろうと思わされました。米田さんの学習遍歴を聞いていると、周りからの助言を受けながらも、目の前に差し出された機会には自主的に挑んでいることがわかります。その結果の一つが、インタビューではお話を聞けませんでしたが米国プリンストンプラズマ物理研究所での滞在でもあります。米田さんはこれからもどんどん自分の可能性を大きくしていくことでしょう。米田さんのさらなる挑戦と活躍が本当に楽しみです。



米田奈生さん

英語はコミュニケーションツールであり、研究やビジネスだけでなく趣味の領域でも世界を広げてくれる可能性を持っていると思います。ぜひ大学生活の中で英語を使って自分の世界を広げることに挑戦してみてほしいです。


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古田晴香さん(薬学研究科・博士課程3年)(2022/1/7に日本語でインタビューを実施:約7,100文字)



薬学研究科・院生(博士課程)

古田晴香さん

パラグラフライティングの原則は、
プレゼンテーションにも論文読解にも役立ちます



インタビュー(日本語)は、2022年1月7日にZoomで行われました。
インタビュアーは、英語教育部門 (DELE) の柳瀬でした。



DELE:古田晴香さんは京都大学薬学部薬学科の6年制の薬学科を卒業後、薬学研究科の4年制の博士課程に進学されました。現在、生体機能解析学分野の博士3回生です。

 この生体機能解析学分野は現在、金子周司教授が主宰されていらっしゃいますが、金子先生はライフサイエンス辞書のプロジェクトも主催されています。私はこのプロジェクトを随分前に知った時に、英語教育の研究者として本当に圧倒されました。文系よりも理系の方がはるかに真剣に英語に接しているのではないかとも思いました。それ以来「英語教師は理系に学ぼう」ということを自分の原則としました。

 そんな金子先生の下で勉強されている古田さんにお話を聞くことができると思い、個人的には非常に楽しみにしておりました。

古田:よろしくお願いします。


大学院では英語論文を読む量もスピードも格段に上がります。

DELE:古田さんは現在D3ですが、どのように英語を使っていますか。

古田:主には論文を読むときです。やはり英語でないと最新の情報を入手できません。また、研究室に留学生がいますので、その人と日本語では少し通じづらいというときは英語でコミュニケーションを取ったりしています。

DELE:論文は学部時代と比べると大量に読むわけですか。

古田:そうですね。研究室に入ってからは断然増えましたし、研究室生活が長ければ長いほど、どんどん論文を読むスピードも上がってきますし、年々新しい情報も来ますので、読む量は毎年どんどん増えています

DELE:学部生の中には英語の論文を機械翻訳で読んでしまう人も出始めたようですが、古田さんにとっては英語で読むことが当然ですか。

古田:そうですね。私はあまり機械翻訳を使っていません。というのも、機械翻訳のほうが楽なときももちろんありますが、日本語翻訳の意味がよく分からないときは、やはり英語を読む必要があります。結局英語を読むのであれば、最初から英語を読んだらいいのではと自分の中で思い、最初からずっと英語で読んでいます

DELE:ホームページの資料によれば、研究室に留学生はあまり多くないようですが。

古田:現在は中国人の留学生が1人です。私は同じ研究グループなので、結構ディスカッションします。日本語だと少し理解しにくいと英語を使い始めます

DELE:中国圏からの留学生でも話が研究の専門的なことになると、英語の方が便利なわけですね。

古田:そうです。


学部時代の英語学習は、授業とESSと短期プログラムが中心でした。

DELE:では、これまでのお話を聞かせていただけますか。大学以前、学部時代前半(学部の1回生から3回生まで)と、学部時代後半(学部の4回生から6回生まで)、および博士課程です。どのように英語を学習してきたか、あるいは苦労してきたか、使ってきたか、そういったことを簡単にお話しいただけますか。

古田:実は私は小学校1~2年生の間はアメリカに住んでいました。その時に身につけた英語レベルは英検で言えば3級や準2級程度なので、大した語彙レベルではありません。しかし、帰国してからはずっと週1回英会話のスクールに通って英語力の維持と向上に努めていました

高校では毎週の英単語帳の単語テストで毎回満点を狙いにいきました。英単語帳のページが本当に手あかで汚れるレベルでかなり読み込んだ覚えはあります。

大学に入ってから学部の間は、大学の必修の英語の授業を取っていたのと、あとはサークルで医学部ESS (English Speaking Society) に入っていたことがほとんどすべての勉強です。ESSでは、昼休みに集まってご飯を食べながら英語でしゃべる活動に参加しましたし、スピーチも専攻しました。授業とESS以外には、3回生の時に京都大学の「ジョン万プログラム」という短期留学プログラムでオックスフォードに1カ月行きました。

DELE:小学校の1~2年生の時にアメリカにいたことで、リスニングにはそれほど苦労しないし、ある程度の発音もできるようになったということでしょうか。

古田:そうですね。リスニングと発音がアメリカで獲得したことかなと思っています。

DELE:なるほど。他の学生さんを見ていますと、やはり耳と口で苦労する方が多いので、そこはやはり古田さんのアドバンテージになっていると思いました。しかし、それから高校時代もしっかりと勉強して、学部では医学部のESSに入ったわけですから、努力を続けてバランスよく英語を学習したわけですね。

古田:結果的にそのような形になっているかと思います。

DELE:私自身もESSに入っていましたので、仲間から刺激を得ながら英語の学習を継続できるESS活動の有効性はよく分かります。「ジョン万プログラム」は、アカデミックな内容のプログラムですか。



3回生で参加した留学プログラムでは、学術的内容の講義に少し苦労しました。

古田:「ジョン万プログラム」の目的は、英語力の向上と異文化体験でした。 午前中が英語の授業でIELTS対策のようなものでした。プログラムの最終日にIELTSを受けなければなりませんでした。午後はそれぞれアカデミック内容のクラスを受けることができました。いくつか選択肢があって、私はコスモロジー(宇宙学)を選んで受けていました。

DELE:その時に英語力の不足は感じましたか?

古田:イギリス英語を浴びるのが初めてだったので、それに最初とまどいました。午前中の英語のクラスは割と聞きやすい英語でしたから1カ月滞在するうちに徐々に慣れましたが、午後のアカデミックなクラスの先生の英語がかなり速かったので、少し苦労した覚えはあります。授業の内容は理解できたのが6割、7割ぐらいかなという感じでした。

DELE:古田さんのレベルでも6割、7割ぐらいの理解だったわけですね。

古田:そうですね。内容も結構難しくて、相対性理論の話なども出てきたので。





研究室に入るとアカデミックな英語が大量に入ってきました。

DELE:その後、4回生になりました。講座のホームページには、4回生が人生の転換点とも書かれてあります。4回生になってからの英語の学習や使用はどうでしたか。

古田:3回生までは、いわゆる日常的な英語が中心でしたが、4回生になって研究室に入って薬学の研究領域に触れ始めた時に、アカデミックな英語が大量に入ってきました。日常生活の英語とは若干作法が少し違ったりするところもありましたので、最初は少しとまどいましたが、読むことに関してはすぐに慣れました。

DELE:日常的な英語の基礎があったから、アカデミックな英語に移行するときもそれほど苦労はなかったわけですね。4回生ではセミナーがあって指定された論文について発表するということも伺いました。それらも特に苦労せずにやれましたか。

古田:そうですね。論文の読み込みは発表の結構前から始めます。セミナーでは自分が読んだ論文を分かりやすくみんなに伝えるという目的があります。何度も何度も論文を読みこむと筆者たちが言いたいことも分かってきます。ですがそれよりも、英語とは関係なく、発表資料を作るほうに結構苦労しました。分かりやすくプレゼンテーションする力が研究者には必要かなと思います。





プレゼンテーションでは、日本語でも注意深く行う必要があります。

DELE:その発表は日本語ですよね。

古田:セミナーは基本、全部日本語です。

DELE:日本語のプレゼンテーションでも苦労したのはどういう点ですか?プレゼンテーションのコツや原則は学びましたか。

古田:プレゼンテーションの資料で大切なことは情報の配置の仕方です。人間の目線は左から右、上から下に行くものなので、配置の仕方に気を付けなければいけません。あと、発表では話すスピードと間の空け方も大切です。また、結論を最初に言ってから後に詳細を述べるという、パラグラフライティングの原則で語ることも大事です。

DELE:それは自ら体得したことですか、それとも先輩や先生方からの指導を受けましたか。

古田:4回生には初めのときは先輩が付いています。先輩に教わりながら資料も作ったり、発表練習を見てもらったりしました。また、毎週1回セミナーを聞いているので、それを通して発表の仕方を学びました




論文は、日常英語ではなくアカデミックな英語で書かなければなりません。

DELE: 英語での論文執筆はどうですか。講座では、4回生から6回生の間に1報の英語の原著論文を書くことが推奨されているとも聞いています。

古田:学部時代に博士課程進学を決めていたのでじっくり研究しようということで、国際誌にはまだ出していません。しかし6回生で卒業論文は英語で書きました

DELE:論文は読めるけれども書くとなると日常英語の英語しか出てこないという人もいます。古田さんの場合はどうでしたか。

古田:私も最初は本当に今おっしゃっていただいたとおりで、どう書いたらいいのか少し迷いました。ですから、改めて今まで自分が読んできた論文をざっと見直して、論文の構成や書くべき内容を理解しました。また使える表現があったらそれを真似たり修正したりして何とか論文を書きました。

DELE:表現はノートにまとめたりしましたか。

古田: Wordに主にフレーズ単位で書き留めました。この表現は使えるのではないかと思ったら書いておきました。「これはいい」となったら書き留めて、また「これは使える」となったらさらに書き足してという形なので、順不同の記録になっています






ESSではパラグラフライティングの原則を徹底的に学びました。

DELE:論文全体の構成については苦労しませんでしたか。

古田:そうですね。パラグラフライティングは、ESSでスピーチを専攻していましたので、その時にみっちり教えられました。1パラグラフに伝えたいメッセージは1個という原理・原則をESSで学部の時からたたき込まれていたのもあって、少し他の人よりはアドバンテージはあったかと思います。

DELE:なるほど。それではESS時代の話を少し聞かせてください。ESS時代に驚いたこと、あるいは苦労したことなどはありましたか。

古田:初めてスピーチを書いたときは、パラグラフライティングになっていなかったので、それを徹底的に修正されました。上回生になると指導に回ります。指導するときは、どうしたら後輩にいいスピーチを作ってもらえるか、というところに結構苦労しました。

DELE:パラグラフライティングが自然にできるようになるまでは、どのぐらいかかりましたか。

古田:年に2回スピーチの大会があって1回目は結構いろいろ直されました。3カ月ぐらいずっとスピーチに向けて準備をしていく中でいろいろ学びました。2回目のスピーチの大会の時には、それより断然スムーズに書けた覚えはあります。

DELE:原稿を何度も書き直すことは大切かとも思います。

古田:そうですね。最初の1カ月はブレインストーミングしながら、先輩と構成を考えました。話題やパラグラフの順番を考えるわけです。それで順番を決めてから実際に文章に書き起こします。その文章を何度も何度も添削してもらった後、発表練習を1週間ぐらいずっとしてからスピーチ本番に臨みました

DELE:上回生になった時は指導の側にまわりました。指導する中で気づいたことや学んだことなどはありますか。

古田:分かっていないと教えられないので、自分が書いていたときよりも、さらに文法に詳しくなりました。発音やイントネーションに関しても自分が話していたときよりも断然もっと勉強して、いろいろなTEDのスピーチも聞いたりしました。間の取り方やうまいフレーズ使い方も学びました。教えることでもっと理解が深まりました。





パラグラフライティングの原則に従えば論文の速読もできます。

DELE:ESSから大学院生活に話を戻します。6年間の課程を終えて博士課程に進みました。博士課程で戸惑ったことはありましたか。

古田:私の学業生活は割と連続していましたから、大きな変化はあまり感じませんでした。

DELE:博士課程の院生と学部生の学生の交流はありますか。

古田:同じ研究室で、常日頃から交流しています

DELE:ではESSの時と同じように、少し指導的な立場になるわけですね。後輩を見ていて気づいたことはありますか。

古田:後輩は論文をイントロダクションから丁寧にすべて読もうとします。ですが、論文はパラグラフライティングの原則で書かれています。パラグラフの最初と最後を読めば大体の流れがつかめることを教えてあげています。

DELE:書くことに関して助言を求められたりすることはありますか。

古田:今年の6回生の卒業論文をちょうど見たところです。「このパラグラフに2つのメッセージがあるからここを分けて」という指導や、単純な文法の間違いについての添削もしました。

DELE:後輩は機械翻訳や文法チェッカーなどのAIは使っていますか?

古田:機械翻訳を使っている後輩もいるとは思いますが、自力で書いている後輩の方が多いように思えます。





英語はすぐには身につきません。学習を長く継続することが必要です。

DELE:このインタビューの主な読者は学部生です。学部生に助言があるとしたら何を伝えたいですか。

古田:英語は勉強してすぐに身につくものではありません。継続してずっとやっていくこと、細く長くやっていくことがすごく大切です。学部生でしたら英語の授業などがあるのでそれがいい機会になると思いますが、1~2回生の必修が終わってしまうと英語の授業がなくなってしまいます。そういうときでも何かしら自分で英語を使うことを継続するべきです。資格試験を目標にしてもいいと思いますし、英語に触れるという意味でしたら英語でドラマを見るなり英語で曲を聴くなりでも結構です。英語に何かしらの形で触れ続けるというのは大事なのではないかと思います。

DELE:全くそのとおりだと思います。しかし、十分な英語力も決意もなく、継続しようと言われてもどうしたらいいか戸惑う後輩にもう少しアドバイスをいただけますか。古田さんの場合はESS活動がありましたよね。

古田:ESSは6回生までずっと所属し続けましたが、やはり研究室に所属してからは、なかなか指導に行く時間は取れませんでした。3回生の時はESS全体の中でメインの世代なので、サブリーダーとして後輩5~6人のスピーチの面倒を見ました。その指導経験は役立ったと思います。




海外プログラムでの出会いから、自分も国際的に働くことが可能だと思い始めました。

古田:留学プログラムに積極的に応募するのも一つの手かとは思います。私自身も3回生でオックスフォードに行った以外にも、5回生の時に香港のプログラムに参加しました。これは京大薬学部と香港中文大学との共同プログラムで、香港に5日間行って、現地の病院や薬局や薬学部を訪問しました。

あとは博士1年で本当にコロナ直前だったのですがKingfisher Global Leadership ProgramというS&R財団が提供するプログラムにも参加しました。実際に世界を見ると、それが英語を勉強するモチベーションになります

 Kingfisher Global Leadership Programでは2週間渡米して、1週間はワシントンD.C.に、1週間はサンフランシスコに滞在しました。NASA、Google、NIH (National Institute of Health)、世界銀行などの世界を代表する機関に行ってきました。そこで研究者やスタッフの方々と、ディスカッションをしました。その人たちの様子を見て、自分も国際的に働くことが可能だということを感じました。そのおかげで私もチャンスがあれば国際的な活躍ができる人材になりたいと思っています

DELE:古田さんはどのようにしてそのようなプログラムの情報を知ったわけですか。

古田:3回生で参加したオックスフォードでのプログラムに関しては、ESSの先輩が参加していたので、それで行ってみたいと思って応募しました。香港の薬剤師のプログラムに関しては、私が5回生の時に初めてできたプログラムで、教授からラボに案内メールが配信されてその存在を知りました。病院実習中だったのですが短期間のプログラムでしたので参加が認められました。

Kingfisher Programに関して私は多分学部2回生くらいの頃からずっと知っていたのですが、参加するチャンスがなかなか巡ってこなくて、ようやく博士1年で初めて応募でき、参加できました。しかしそれは2020年の冬でCOVID-19の状況が悪化する直前でしたから、もしプログラムが1カ月遅れていたら、恐らく中止になったと思います。

DELE:継続が大切というのは全くそのとおりですが、その継続を支える大きな力になるのはESSなどでの人とのつながりや留学プログラムなどでの人との出会いであるようにも思えました。やはり人からの刺激が大切なのでしょうか。

古田:そうですね。それがモチベーションになると思います。

DELE:本日は大変貴重な話をありがとうございました。古田さんの今後のご活躍を祈念いたします。





インタビューを終えて

DELE

古田さんは、落ち着いた感じと穏やかな笑顔が印象的な院生で、肩肘張らずに少しずつご自身の世界を広げてきた方かなともお見受けしました。古田さんは小学校1~2年生の時にアメリカに滞在していました。ですが、古田さんの現在の活躍の基盤は、むしろその後の継続的な努力と視野を広げる積極的な態度に求めるべきだとも思えました。「英語は勉強してすぐに身につくものではありません。継続してずっとやっていくこと、細く長くやっていくことがすごく大切です」という言葉がとても印象的でした。

古田さんは学部時代に医学部ESSで英語を学ぶ仲間を見つけましたが、国際高等教育院・附属国際言語教育センター (i-ARRC) の課外教育部門はさまざまなイベントで仲間に会える機会を提供しています。また英語教育部門では個人を対象にした英語学習相談も行っています。

さらに京都大学が提供する海外留学情報もチェックしてください。京都大学が実施・推奨する交換留学や短期留学プログラムは数多くありますし、奨学金窓口相談窓口もあります。留学しなくても、そもそも京都大学でも英語による講義を受けることもできます。皆さんも積極的に自分の人生を充実させる機会を探してください。



古田晴香さん

私自身まだまだ未熟者ですが、私の経験がどなたかの参考になることがあれば嬉しく思います。


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北川裕貴さん(人間・環境学研究科・博士課程後期3年)(2021/9/16に日本語でインタビューを実施:約7,700文字)



人間・環境学研究科・院生(博士課程後期)


北川裕貴さん


英語論文では論理的な構成が大切です


インタビュー(日本語)は2021年9月16日にZoomで行われました。
インタビュアーは、英語教育部門 (DELE) の柳瀬でした。



英語で書くとなると、かなり論理的に文章を組み立てないといけません


DELE:北川さんは人間・環境学研究科の相関環境学専攻物質相関論講座の博士課程後期に在籍中で、今3年目です。日本学術振興会特別研究員のDC1でもあります。今日はインタビューにご協力いただきましてまことにありがとうございます。

北川さんは既にもう第一著者としても多くの論文を国際的な学会誌に発表されています。国際学会の口頭発表もたくさんご経験です。こういった観点から、今どのように英語を使ってらっしゃるかお話しいただけたらありがたく思います。論文公刊は厳しい競争ですよね。その中で、北川さんが身に付けてきたコツ、あるいは方針や戦略などはありますか。

北川:第一に考えるのは、英語で書くとなると、かなり論理的に文章を組み立てないといけないということです。例えば、修士までに一度英語で論文は書きました。しかし適当に思い付くままに文章を並べ立てていくと、後から読み返すと全然わけの分からない、パラグラフとして読んだときに意味が全く通じないような文章になることが多くありました。なので、英語論文を執筆する際には、文章の論理的な展開を構築していくことを意識して考えています


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1つのパラグラフの中でも、複数のパラグラフの間でも構成が重要です

DELE:「パラグラフ」と「論理的な文章構築」というキーワードが出てきました。そのあたりをもう少し教えていただけますか?指導教員から「論理的に書きなさい」と言われても具体的にどうしていいかよくわからない学部生や修士課程院生もいるかもしれません。

北川:僕が指導を受けた点で一番大きかったのは、 “One paragraph, one idea” です。これが日本語と英語との大きな違いです。日本語を専門に研究している方からは反論を受けるかもしれませんが、英語の場合だと、「最初にそのパラグラフで何が言いたいのかをまず明確にしてから具体例に移って、パラグラフをまた簡潔な形で締める」というように1つのパラグラフの内部構成でもしっかりしたルールがあります。さらにパラグラフ間がどのようにつながってくるのかということを意識しないといけません

DELE:パラグラフとパラグラフはどのようにつなげますか。

北川:突然話題が転換することがないように注意しながら書き進めることが多いです。


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まず図を作ってしまって、それからストーリーを考えます

DELE:全体のストーリーといいましょうか、どのような手順で話を進めていくかをあらかじめ考えておくということでしょうか。

北川:そうですね。理系での話になりますけど、まず図を先に作ってしまって、どのようなストーリーで話していくかということを明確にしてから文章を作っていくということは、広く皆さん一般的にされています。それは僕も意識しています。

DELE:ただ慣れない人は、時系列で自分が行った実験の順番に図を並べるだけだとも聞きます。

北川:僕は、時系列で図を並べたことはほとんどありません。研究を進めて、ある結果が出たときに、その結果をサポートして論理的に解釈が広く認められるように他の実験を進めることが多いです。そうなると、論理的に読者に分かりやすく伝えるためには、時系列順になることは、そもそもないような気がします


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理路整然と事実を書き連ねると、接続詞を多用する必要はありません

DELE:ありがとうございます。これは、英語の問題ではなくてストーリーの問題ですね。英語固有の問題は何かありますか。

北川:これも日本人がよくしがちなことだと思うのですけど、文章と文章の間に接続詞をたくさん入れてしまう癖があります。何でもかんでもhoweverとかalsoとかthereforeとか頻繁に入れてしまいます。でも一流の論文を読むと、接続詞を多用することはほとんどなく、理路整然と事実が書き連ねてあります。つなぎ言葉はあまり要らなくてもいいのではないかと意識しながら書き進めるようには心掛けていますね。

DELE:これは先ほどのパラグラフ内でもパラグラフ間でも、論理の流れを明確にしておくということとも重なりますね。

北川:そうです。明確にしておけば、そんなに接続詞を多用しなくても読者には通じます。無駄はそぎ落とした上で書いていくことは意識しています。


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前後の文脈を確認してから文を使うようにしています

DELE:その他の英語の表現ではどうでしょうか。日頃多くの英語の論文を読んでいるから、自然とそういった表現をそのまま使っているのでしょうか。

北川:そうですね。僕自身そんなにボキャブラリーはないので、ボキャブラリーを得るためにも、日頃読んでいる論文からこういう表現ができるのだということは少し頭に置きます。そんな表現を実際に自分が書くときにも使うことは結構よくしますね。

DELE:表現は覚えておくぐらいですか。それともメモを取ったりしますか。

北川:あんまりマメじゃないので、ちょっと覚えておくぐらいです。でも「そういえば、こういう文章で何か使っていたな」っていうのを思い出して、その文献をもう一度見直します。前後を一通りもう一度さらっと読んだ上で、じゃあこの表現は使えそうだなということで使ったりはします。表現だけを抜き出してくると、わけが分からなくなると思うので

DELE:ある部分だけを借用しては、全体の意味がわかりにくくなるかもしれないというのは貴重なアドバイスだと思います。北川さんはオリジナルな文脈を大切にしながら文を使うということですね。


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相手の意見を一度受け入れてから反論するようにしています

DELE:今度は、国際誌投稿についてお聞きさせてください。厳しいコメントが返ってきたりして、結構心が折れたりしませんか。

北川:めちゃめちゃ折れますね。僕は結構折れてしまって辛い思いをします。でもレビュアーからのコメントは、「論理的にこの展開がおかしいからこの情報が必要だ」とか、「この文献についても言及しなければ論理的に伝わらない」という指摘が多いです。だから、一通り落ち込んだ後にいろいろまた参考文献を調べて、修正したり反論したりします

DELE:そういったコミュニケーションはEメールで行いますよね。その際のコツはありますか。

北川:失礼にならないように心掛けています。やっぱり面識のない方と英語でコミュニケーションするので、失礼があってはちょっと印象がすごく悪くなってしまいます。そうならないように、少しでも相手の意見を尊重した上で、一度譲歩してから、返信や反論をするようには心掛けています。最初から相手の意見を全面否定することはしません。


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見知らぬ目上の方に使う表現に迷うことはあります

DELE:失礼にならないように書くといいましても、日本語の感覚と英語の感覚の違いはありませんか。

北川:日本語の場合だと敬語で「ございます」を付けたりして、かなり分かりやすいと思いますが、英語の場合の丁寧な表現は、あまりこれまでちゃんと習ったことはなかったです。だから中高で習った “Could you” を使えば丁寧になるぐらいの知識しかもっていません。実際に見知らぬ目上の方などに文章を書くときに、どういう表現を使えばいいのか迷うことはあります

DELE:論文の英語に関しては、たくさんの論文がモデルになっていますが、Eメールでのコミュニケーションにはあまりモデルがないということでしょうか。

北川:そうですね。モデルがないですから、どのような英語を使えばいいのか結構分からないことが多くて苦労しますね。

業者への英文校閲はまだ一度も出したことがありません

DELE:なるほど、ありがとうございます。今度はまた論文の英語の話になります。一部の研究者はしばしばプロの英文校閲者に英語の修正を頼みます。専門の会社に自分が書いた英語を送ってネイティブスピーカーに英語を改善してもらうわけです。北川さんはそのようなサービスを使いますか。

北川:いえ、業者への英文校閲はまだ一度も出したことがありません

DELE:自分の書いた論文を投稿前に研究仲間に読んでもらうことはありますか。

北川:投稿する前は共著者の方しか見ていただいていないですね。


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論理展開が重要な箇所では、最初に日本語で下書きを作ります

DELE:当たり前のことを聞くようですけど、初めから英語で発想して英語で書き始めますか。

北川:そうですね。文章についてはそうですけど、最近イントロダクションやアブストラクトなどの特に論理的に展開しないといけないようなところは、ちょっと一度日本語で論理展開だけざっとまとめてしまってから英語で書いていますね。そこはちょっとまだ慣れないところが多くて。

DELE:多くの人は母国語のほうがより明晰に考えることができますから、思考をするのが難しいときには母国語を使います。それに似たことですかね。

北川:そうですね。これまでのバックグラウンドをまとめないといけないとか、書く内容に対して情報量があまりにも多いときは、簡潔にするために日本語で一度まとめています。そのまま英語で書き始めるとすごく冗長になったり、わけが分からない文章になったりすることがこれまで何回かありましたから、少し日本語でまとめてから書くようにしています。ただ、リザルトとディスカッションは最初から英語で書き始めます。

DELE:多くの人が論文の中でもイントロダクション、アブストラクト、タイトル、といった最初の部分を書くのが一番難しいと言います。

北川:そうですね。それらの部分では、いかに短く、わかりやすく伝えるかに非常に苦労します。そのプロセスはちょっとまだ英語で一発ではできてないですね。日本語でちょっと段階を踏みます。

DELE:日本語である程度まとめたアウトラインなどを見ながら英語で書くわけですか。それともそこで機械翻訳を使いますか。

北川:機械翻訳はほとんど使いません。日本語のメモをベースに英語で書いていきます。英語に直したときにもう少しこの情報が必要などという気づきもあります。逆に、日本語の場合は書いていたけれど、英語で書いたら長くなってしまうので削ることもあります。ただ、書いた英語で意味が通じるかどうかを確認するために機械翻訳で日本語に直すことはたまにしています




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学会発表では時間内に収まるように原稿を作って練習しています

DELE:ありがとうございます。今度は学会の発表についてお伺いします。学会発表ではどういったことを注意しながらやっていますか。苦労していることなどありますか。

北川:苦労していることは、やっぱり時間内に話し切ることです。英語で話すのがまだ不慣れなので難しく感じることが多いですね。15分や20分などと定められた時間を超過するわけにはいきません。その限られた時間で、英語でたどたどしく話していると、時間は絶対にオーバーしてしまいます。ですから時間内にきっちり収まるように、ある程度原稿を作って練習しています

DELE:原稿を短くするという問題と、話すスピードを調節するという問題の2つでは、どちらのほうに苦労していますか。

北川:原稿ですね。というのも、話したいことはやっぱりたくさんあります。1つのストーリーとして考えた際に、これも話さないといけない、これも話さないといけない、ここのバックグラウンドは説明しないと誰も理解してくれない、というふうに考えていくと、やはり精選することが大切になります



「日本語っぽい発音でみんなは理解してくれるから、もっとゆっくり話したほうがいい」

DELE:発音の面で気になったりすることありませんか。別にネイティブスピーカーのように発音する必要はありませんが、なかなか口が回らないといったことはありますか。

北川:いや、あんまり僕は感じたことがありません。むしろあまりに僕が練習のときに早口過ぎたので、指導教員からは「日本語っぽい発音でみんなは理解してくれるから、もっとゆっくり話したほうがいい」というふうに指摘を受けたことがあります



3回生ぐらいまでは英語を使えませんでしたし使ってもいませんでした

DELE:ありがとうございます。そのようにして、論文執筆と口頭発表で活躍されている北川さんですけど、これまで英語はどのようにして勉強あるいは習得されてきました? 

北川:ちょっと恥ずかしいのですが、僕はあんまり英語勉強していません。大学入学まではそれこそ普通の中学・高校英語しかやってなくって、特に英語専門の塾に行ったりとか、留学にも行ったりしたこともありませんでした。京都大学に入学して以降もあんまり海外に興味がなくって、英語を一生懸命頑張ろうっていう気にはなっていませんでした。だから、大学3回生ぐらいまではそれこそ全然英語は使えてなかったですし、使ってなかったですね



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4回生で研究室に配属されたら急に英語でコミュニケーションする機会が増えました

北川:でも、大学4回生の4月に研究室に配属された直後に状況が一転しました。まず、帰国直前のイタリア人ポスドクの方と2日ほど研究室で共に過ごすことがありました。また、イタリア人の教授も来日されていましたし、6月にフランスの博士課程の学生も来て1カ月ぐらい滞在しました。その方たちの講義や発表を聞いたりとか、一緒に食ご飯を食べに行ったりとかで、急に英語でコミュニケーションする機会が増えました。そのときに全然自分が英語を話せないというか、何を伝えればいいのかも全然出てこない状態で、これはまずいなと思って、TOEICの勉強を始めたりしました。あとは来日している外国人の方と積極的に話すようにしたりして少しずつ英語を勉強し、身につけていった、今も身につけているという感じですね。

DELE:イタリア人やフランス人の方々と積極的にコミュニケーションを取ろうとしたというのはよく分かるのですけど、TOEICの勉強をしたというのはちょっと意外に聞こえました。

北川:何か最初の入り口としてはTOEICが一番取っ掛かりがよかったのだと思います。漫然と英語を勉強してもゴールが見えないので、何か目標を設定する上でTOEICの勉強を始めました

DELE:TOEICのリスニングとリーディングのセクションのための勉強ですね。実際にTOEICを受けましたか。

北川:はい、4回生のときに受けました。

DELE:目標を設定して、自分を鼓舞したということですね。それからだんだんと英語でコミュニケーションを始めて、大学院に入りました。大学院ではどうでした? 



大学院の授業で、ほぼ毎週英語エッセイを書き、添削してもらいました

北川:大学院1回生の前期に、結構エッセイライティングに特化したような講義を受けて、そこでエッセイの書き方、英語での論理展開の仕方、論理的な文章の書き方などを教わりました。それ以降は、結構うちの研究室には、ヨーロッパの研究者との関係が強いので、その方々とコミュニケーション取ることで、少しずつリスニングとスピーキングに慣れました

DELE:エッセイライティングに特化した大学院の講義は人間・環境学研究科の授業ですか。

北川:そうです。講義自体は日本語でしたが、結構毎週A4用紙で1枚ぐらいの英語エッセイを書く課題が出ました。そこで書いたものを、先生から「ここはパラグラフ冒頭で言いたいことが言えてないから直したほうがいい」といった添削をしていただきました

DELE:素晴らしい授業を受けられましたね。院生さんは何人ぐらいいました?

北川:週に2回、半期で2コマ開講されていました。1コマ辺り10人程度で、合計で20人ぐらいかな。


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4回生になるまで、これほどたくさん英語論文を読まなくてはならないとは思っていませんでした

DELE:英語の論文を主に読み始めたのはいつ頃ですか。学部1回生の頃はやはり日本語の教科書や論文を読むことが多かったと思いますが。

北川:それも研究室に入ってから、つまり4回生からですね。そもそも4回生になったときに、そんなに英語の論文をたくさん読まないといけないとは想定していませんでした。4回生で研究室に配属されてから、指導教員の先生に「このテーマでやるから、じゃ、これとこれとこれの論文を読んできて」みたいな感じで英語論文を渡され、突然よく分からない英語の文章をたくさん読み進めなければいけなくなってしまったのが最初ですね。

それ以降は「こういうテーマでこの材料で研究したいから、ちょっとこれに関する文献を調べて、自分でちょっと進めてみて」みたいな感じで指導教員のほうから研究の進め方を指導されました。新しい研究を自分でどんどん進めていかないといけないので、ひたすらGoogle Scholarなどで調べまくって片っ端から読んでいって、論文を読む習慣を身につけたという感じですね。文献は、英語の論文しかないので。

DELE:理系の研究者にとっては、「英語を使うメリット」がどうこうというよりも「英語を使わないというオプションがない」というわけですね。



とにかく英語で話し掛ける。話し相手がいないなら英語動画で学ぶ

DELE:今の1回生、2回生、あるいは3回生に対して、英語について、あるいは英語以外にもついてでも結構ですが、何かご助言をお願いできますか。

北川:英語に関しては、もうとにかく恥ずかしがらないで、どんどん同じ立場にいる研究者や留学生に話し掛けてみるべきです。研究室での後輩を見ていると、まだ昔の自分のように外国人の留学生の方に積極的に話し掛けたりしていない人が多いです。留学生の方も寂しいと思います。留学生とコミュニケーションすることでいろいろ、研究だけでなく文化や趣味の面でいろいろ話が盛り上がることはたくさんあります。どんどん積極的に英語を使って話し掛けるのがいいかなと思います。

もちろん、話す相手がいないとどうしようもありません。ですが、最近だとYouTubeなどでも結構いろんな解説動画があります。例えば物理や数学の基礎的な内容を解説している英語動画はたくさんあります。そういうのを活用して自分の学びを深めていくのが、今だからできることじゃないかなと思います。



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英語で話してみるとやっぱどんどん面白いことが広がってきます

DELE:後輩の中には、昔の自分のよう留学生に話し掛けていない者がいると言われました。北川さんが変わったのは、やはり4回生になって英語を使わなくてはならないと思ったからですか。

北川:そうですね。英語を使わなくてはいけないというか、英語で話してみるとやっぱどんどん面白いことが広がってくるというのはありますね。例えばイタリア人とポーランドの人が来ていたときに、映画やドラマの話になりました。海外の若い人たちは結構映画やドラマを見ていますから、共通の話題で盛り上がることが多いです。僕も最近は見たりするようになりました。そういう新しい趣味ができたりもします

DELE:案外コミュニケーションしてみたら道は開けるものだし、その中から自分の趣味も広がったり世界も広がったりするということですね。本日は本当にありがとうございました。

北川:ありがとうございました。


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インタビューを終えて


DELE

北川さんは、論文や発表で大切なのは論理的構成であることを強調します。一流論文では接続詞が多用されていないことに気づいたり、他人の表現を借りて使うときには前後の文脈を確認したりしています。そのあたりの洞察や観察に北川さんのセンスの良さが現れているように感じました。インタビューでは「僕はあんまり英語勉強していません」と謙遜していましたが、英語を使いながらの気づきや考察こそが何よりの英語の学びになっているのではないかとも思います。

また北川さんは、YouTube解説動画で自然科学や数学について学ぶことを勧めていましたが、大学入学以前のレベルでしたらKhan Academyを、大学入学以後のレベルの勉強でしたら各種MOOCs (Massive Open Online Courses)を活用することもできます。



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森 和俊 先生(理学研究科・教授)(2021/9/14に日本語でインタビューを実施:動画約33分)


理学研究科・教授

森 和俊 先生

アカデミアの世界に行くと、ポジションを取るときには、
最後はプレゼン勝負になります


インタビュー(日本語)は2021年9月14日に理学部1号館で行われました。
インタビュアーは、英語教育部門(DELE)の柳瀬でした。



日本語字幕はYouTubeで見ると出てきます。
この画面での視聴では字幕は現れません。
YouTubeでも字幕が現れない場合は字幕スイッチをオンにしてください。
この動画は京都大学OCW (OpenCourseWare)でも公開されています。

以下は、森先生のことばの一部です。ぜひ動画を見て、前後の文脈の中でこれらのことばの真意をかみしめてください。

  • 分子生物学を学びたいという思いで、アメリカに飛び出すという決意をしました
  • どうやったらうまく伝わるかを考えながらしっかり原稿を書いて、それを読むというところから始めました
  • 研究者として大事なのは、顔と名前と仕事の3点セットで覚えてもらうことです
  • 学会のプレゼンのときには原稿を読まずにいい発表をするということを念頭にやっていました。それで招待講演が来るようになったという感じですね
  • 私自身は英語で考えて論文を書く、あるいは英語で発表するときには、最初から英語で考えます
  • 私の論文は分かりやすく「すぐに頭に入ってくる」と言っていただけるのですが、それは英語で考えて書いているからだろうと思っています
  • 例えば30分の講演でも10分の講演でも、「何を一番伝えるか」を考え、それを伝えるためにロジックを組み立てていきます
  • 自分のしゃべっていることを、全然知識がない人が聞いたときにこの表現で分かるのかを検討します
  • 優秀だと思ってもらえなければ、アカデミアの世界に残っていけません
  • アカデミアの世界に行くと、ポジションを取るときには、最後はプレゼン勝負になります
  • コミュニケーションに関しては、誠実にやるしかないと思います
  • 本当に自分が目指すものが、今の自分がいるトラックの延長上にあるのかどうかをよく吟味しながら、さまざまな活動をしていただきたいと思います
  • 自分の視野を広げる意味でも、論文はたくさん読んだほうがいいです

村山 陽奈子 さん (理学研究科・博士課程後期3年)(2021/8/26に日本語でインタビューを実施:約13,000字)


理学研究科・院生(博士課程) 
村山陽奈子さん

言語能力だけがコミュニケーション能力ではありません



インタビュー(日本語)は2021年8月26日にZoomで行われました。
インタビュアーは、英語教育部門(DELE)の柳瀬でした。



自分の専門分野では、日本語で書かれている論文はほとんどありません



DELE:お忙しいところありがとうございます。インタビューの読者のために申し上げますと、村山陽奈子さんは理学研究科の物理学第1分野(物理学・宇宙物理学専攻)の博士課程3年生 (D3) です。今年の3月に本学京都大学の中で優れた研究成果を上げた若手女性研究者を顕彰する賞である第13回京都大学たちばな賞 も受賞されている新進気鋭の研究者です。D3の本当にお忙しいところにお時間を取っていただきまして、ありがとうございます。

村山:いえいえ。大丈夫です。

DELE:それでは、最初の質問です。現在、どのように英語を使いこなされていますか。

村山:まず、自分の専門分野では、基本的に日本語で書かれている論文はないので、論文を読むときに英語を使うことが一番多いです。どの国の研究者も英語で論文を投稿して、発表していると思います。次に、研究室にいる留学生の方と英語で話す、英語を使ってコミュニケーションを取ることが多いです。あとは、うちの研究室であれば、試料提供していただいたり、理論のサポートをしていただいたりする共同研究者とのメールのやり取りや、場合によっては、コロナの前だとオンサイトでの議論です。あとは、国際的な研究会だと、コロナの前はどこかの国で国際会議が開催されて、そこに行って英語の発表を聞いたり、自分も英語で発表して質疑応答を受けたりすることがあります。今は、似たような内容がオンラインで開催されています。それぐらいですかね。

DELE:一つ一つについて、もうちょっとお伺いしたいと思います。読んでいる論文は、日本語の文献がほとんどないから、英語で論文を読むのが非常に大切だということですが、それはいつごろから始まりましたか。今はD3ですが、学部の3年生ぐらいからですか、それとも修士に入ってからですか。

村山:学部生のときは、基本的に教科書のレベルの勉強をしていたので、日本語の教科書を読むことが多かったです。ただ、普通の講義ではなくて、ゼミ形式の授業だと、英語で書かれている教科書を生徒で輪読という形で勉強するというのはありました。研究室に所属してからは、日本語の教科書としてまとまっていない内容も勉強する必要がありました。特に今実際に研究されている分野というのは、ほとんど日本語の教科書になっていないこと、例えばここ10年くらいで出た成果とかを勉強しなければいけないので、英語の論文を読むほうが圧倒的に多くなりました








言語が日本語から英語に変わったことよりも、内容が急に高度になったことの方が大変でした


DELE:研究室に所属した4回生になってからは、ほとんど英語中心になってきたということですね。日本語から英語に移行するときの苦労はありましたか。

村山:まず、基本的な用語を英語でどう言うかあまり分からないというのもありました。ですが、言語が変わったことよりも、内容にすごい飛躍があったことのほうが個人的には大変だったように記憶しています

DELE:言語よりも内容のほうが大変だったわけですね。

村山:そうですね。

DELE:最近は、機械翻訳も急速に質が高くなってきましたが、村山さんはお使いになりますか。

村山:最近結構話題になって、トライはしていますが、読むときは面倒くさいのであまり使いません。でも、書くときはGrammarlyみたいな文法チェックは便利だなと思います。周りでも使っている人がすごく多い気がします。

DELE:英語校閲ソフトを使って書くのは、メールですか。それとも、レポートや論文ですか。

村山:メールも、ブラウザーのChromeのプラグインに入っていて、三人称、冠詞とか結構見落としやすいやつは教えてくれるし、スペルミスも分かるので、すごく便利だなと思います。あと、論文などのもっと長い文章を書くときも、Grammarlyでチェックすることは多いです。

DELE:論文を書くときは、初めから英語で書きますか。

村山:そうですね。昔からある用語は日本語でどう言うかわかりますが、最近の用語は日本語で何と言うか分からず、カタカナで書くしかないことも多いので、一回日本語で書くのは逆に手間かなという感じがします。逆に、自分が書いた英語を、DeepLなどで日本語に訳して意味が伝わっているかのチェックをすることはあります。




留学生の人からすると、日本語の発表は多分何を言っているか全然分からないと思います


DELE:あと、留学生の方とのコミュニケーションで英語を使うということですが、研究室の中で留学生の方は何割ぐらいいらっしゃいますか。

村山:年によって異なりますが、だいたい5人に1人ぐらいでしょうか。

DELE:5人に1人ぐらいの留学生の方がいらっしゃると、ゼミでの共通言語、学問的な話をするときの言語は英語になるわけですか。

村山:最初、私が研究室に入ったころは、留学生の人が来たからみんな英語でゼミをしようとなっていました。しかし、最近は研究室セミナーや報告会も日本人は日本語で話して、留学生は英語で話すということになっています。留学生との1対1のコミュニケーションはもちろん英語ですが。

DELE:留学生の方は英語で発表してください、日本人が発表するときは日本語で発表させてくださいといるわけですね。そうでしたら、言語を超えた質疑応答が少なくなるのではないですか。

村山:全くできないですよね。特に留学生の人からすると、日本語の発表は多分何を言っているか全然分からないと思います。一応この分野の慣習として、日本語の発表でもスライドは英語で書きましょうというのがありますが、雰囲気は分かるとはいえ、全然よくないとは思っています。






完璧な英語でなくてもいいと思えて楽になりました。また、言語能力だけがコミュニケーション能力ではありません


DELE:今度はオンサイトでのコミュニケーションですが、これは完全に英語ですね。日本人の中にはあまり英語を話すのが得意ではない人、聞くのが得意ではない人が結構多いですが、村山さんの場合は、その辺の苦労は経験されましたか。

村山:日本語でもしゃべるのがあまり得意ではないですが、英語はもっと語彙も足りないし、何て言ったらいいか分からないということが多かったです。研究室に入るまでは、留学もしたことがなかったし、せいぜいたまに海外旅行に行ったときや、電車に乗っていて外国人にどこで降りるのか聞かれて世間話をするくらいしか本当に英語を使う機会がなかったので、どう話したらいいかも分かりませんでした。

でも、研究室に入って、この分野は英語を使う機会がとても多く、ほかの日本人が英語を使っているのを見て、完璧ではない英語でもいいと思えてからは、あまりハードルを感じなくなりました。また、言語能力だけがコミュニケーション能力ではありません。研究室でも英語が全然話せなくても留学生と仲良くなれる子もいるし、そうでもない学生もいます。しゃべれればコミュニケーションできるわけでは必ずしもないというのが結構大事だとは常日頃思っています。

DELE:それでは言語能力以外のコミュニケーション力というのは何でしょうか。あるいは、どういう人が英語でのコミュニケーションに比較的成功するのでしょうか。

村山:相手の気持ちを考えられるというのと、あとは、相手に話しかけるハードルが低いことが大事なのかなと思っています。うちの研究室に来た留学生で、そういうのがすごく上手な人がいました。うちの研究室の学生はあまり英語をしゃべらないし、向こうも最初は日本語を知りませんでした。でも、言語はあまりしゃべれてなくても、困っていたらすぐに声をかけてくれたり、ちゃんと相手を気にしているのが分かったりするので、その人はすごくいい人だと分かります。言語によるコミュニケーションが難しいとき、第2言語で話すときは、そういう人間性がすごく出るとは思います。


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研究会で物理の話をするより、カジュアルな話をするほうが語彙力不足を感じます


DELE:今度は、海外の研究会での英語発表・質疑応答・学会の懇親会などでの立ち話などについてお聞かせください。どのように英語を使っていますか。あるいは、どのようなご苦労を経験されていますか。

村山:最初は、どう説明や発表をしたらいいかわかりませんでした。しかし、どのシチュエーションでもそうだと思いますが結構定型文みたいなのがあって、それに慣れてきたら、別にそんなに苦労は感じないかなと思います。質疑応答も、最初は何て言われているのだろうというのが結構ありましたが、この分野に慣れてくると、こういうことを聞かれるだろうなと分かるし、専門用語もよりわかるようになりました。そうなると、英語だから難しいというより、そもそもこの分野の知識が足りなさ過ぎて難しいというほうが大きい気がします

懇談会などで研究者同士がもうちょっとカジュアルな感じで話すときは、話題が結構難しい気がします。日本人の友達と話題にするのとは違う話題が選ばれる場合もあるし、本当に人によりますが、例えば自分の飼っている猫の話であれば問題ありませんが、各国の福祉や政治の話になると語彙的にも結構大変になったりします。ケース・バイ・ケースですが、研究会で物理の話をするより、カジュアルな話をするほうが語彙不足を感じることが多いです

DELE:そうですね。ただ、懇談会のおもしろいところは、物理学者が物理のことばかり話すわけでもないところですよね。

村山:そうですね。特に女性同士の方がそうみたいで、あまり物理の話はしないです。

DELE:そういうときに、例えば急に例えば政治や社会制度の話になったときには、村山さんはどう対応されていますか。

村山:正直難し過ぎてついていけないときもありますが、お互いに質問するみたいな感じで話が進んでいくので、日本ではこういうものだというのを聞かれるだろうと思ってあらかじめ考えておきます。






発表などで不特定多数に向けて話すときは、イントネーションの強さを出すようにしています


DELE:リスニングに関しては、特に問題はなかったですか。

村山:昔、英語を使うようになる前の学部生のときは、リスニングがそんなにできませんでした。しかし、自分で英語を話す機会があるようになってからは、なぜか分からないですが聞き取れないということはないです。もっとも、単語が分からないことはたくさんあります。

DELE:話すようになってくると、だんだんリスニングができるようになるのは、確かにそのとおりだと思います。今度はスピーキングについてお伺いします。別に発音はネイティブのようである必要はありませんが、あまりに日本語なまりが強いと伝わらなかったりしますよね。村山さんの場合はどうでしたか。

村山:発音自体はそんなに苦手ではないですが、ほかの国、特にアメリカのネイティブの人からは、発音はいいけれどもイントネーションが弱いと言われたことがあります。日本語はそんなに強いアクセントは使わないじゃないですか。だから、文章中のどの単語を強く言うか、時間をかけて言うかという緩急みたいなのがすごく弱いと聞き取りづらいと言われます。普段話すときはどうしてもそうなってしまいますが、発表などで不特定多数に向けて話すときは、イントネーションの強さを出すようにしています

DELE:イントネーションというのは、人の話し方にもよりますからね。村山さんは本当に落ちついた方で、淡々と、しかし、ちゃんと選び抜かれた言葉で明確に話すタイプです。とはいえ、パブリックスピーキングで大勢の人に発表するときには、ある程度気をつけなくてはいけないということですね。具体的にはどのようなことに気をつけていますか?

村山:まず、これは日本語でもそうですが、絶対に原稿を書いて練習をするようにしています。また、英語ではアクセントの位置を迷うことが結構あって、そういうのは全部調べておきます。あとは、話す量が長過ぎないように調整します。いっぱい話すと、どうしてもあまり発音に時間をかけられなくなってしまうので、特に英語の場合は早口になり過ぎないようにしていますね。

DELE:原稿を読み上げることはしないですか。つまり、原稿を見ながらしゃべってオーディエンスを見ない発表です。

村山:オンサイトの場合は、原稿を見ると、オーディエンスを見て、スライドをめくって、パワーポイントを指してということが全部できないので、原稿を覚えるようにしています。オンラインになってからは、パワーポイントの発表者ツールで原稿を見ながら発表できるので、そちらのほうがオーディエンスにとってもいいだろうと思い始めました。一応練習はしますが、本番も、何回も言い直したりたどたどしくなったりしないようにというくらいで、原稿を見ながら発表するようになっています。どうしても原稿を見ないと、何回も言い直してしまったり、かんだりすることがすごく多くて、次に何をしゃべるのか考える間ができてしまうので、原稿を用意して、読み飛ばしたりしないように参考程度に置いておくと便利だなとは最近思います






今は英語を使うばかりで、英語を勉強するという名目で何かするというのはあまりないです


DELE:ありがとうございます。次の質問に移ります。大学入学以前、学部時代、修士時代、MIT留学時代に自分は英語をどのように勉強していた、苦手だった、得意だったということを簡単に教えていただけますか。

村山:多分3歳、4歳ぐらいで自分では全然覚えていませんが、もともと小さいときにアメリカにちょっとだけ住んでいました。でも日本に帰国すると、英語はすぐに忘れてしまいました。小学校のときは親が英会話スクールに入れていたので、発音はそんなに困ったことはなかったです。でも、その当時の英語力はものすごく低かったので、中学校に入って文法を習って語彙が増えていったときは、ラジオ英会話などを聞いて、聞く量はすごく増やしていました。大学に入るまでいろいろなものは聞いていましたが、正直今思うと、もちろん情報を英語で得る練習にはなるけれども、聞くだけではリスニング能力はそんなに鍛えられなかったです。  

大学に入ってからは、英語を使う機会が全くなかったので、英語の授業の中でも、スピーチやプレゼンなどアウトプットがある授業を意識的に取っていました。でも、特に授業以上に使う機会はあまりなかったです。研究室に入ってからは、英語の勉強のために何か特にするというのはないです。論文を英語で読んで単語を調べることが中心です。あと、最近、正直あまり日本のメディアから情報を得ることがなくなってきたので、研究以外でも特に新型コロナウイルスの情報、ワクチンの副反応の情報は英語のサイト、アメリカの政府やメディアのサイトを見て得たりしています。今は家にテレビがないので、ニュースも基本的に英語のサイトで見ますし、「こんなニュースが世界で話題なんだな」ぐらいの感じで英語のラジオを聞くことが多いです。使うばかりで、英語を勉強するという名目で何かするというのはあまりないです





自分で英語をしゃべるようになってから、弱音が聞き取れるようになりました

DELE:先ほど、ラジオ英会話などを聞いていたけれども、聞くだけではリスニング能力が鍛えられないというご発言がありました。もうちょっとお考えをお聞かせいただければありがたいです。

村山:話す、書くというのは伝える相手がいないとしないじゃないですか。だから、そういうのは全然できませんでした。英語を読んだり聞いたりすることはすごくありましたが、当時は、雰囲気は分かるけれども、聞こえてきた単語からつなげて推測するみたいな感じでしか理解できませんでした。ですから今思うと、全ての音が聞こえていたというか認識できていたわけではないと思います。聞こえてきた単語をつないで、こういうことぐらいかなと推測したいたのではないかと思います。

DELE:通常の会話では、声の響きがそのまま意味の響きになります。音の変化がそのまま意味の変化となるわけです。そのレベルまでは行っていなかったということですか。

村山:そうですね。あと、多分強く発音するところは聞こえていたけれども、弱くなってしまう語尾の音は拾えていなかったのだと思います。自分がしゃべるようになって、ここで弱くなってしまうけれども、実はきちんとこういうふうに発音しているというのを意識するようになって、多分そういう弱音が聞こえるようになったのかなと思います


MITではカルチャーや人間性でびっくりすることのほうが多かったです

DELE:次に、MIT [Massachusetts Institute of Technology] に行かれたということですが、これはいつごろ、どのくらいの期間行かれたわけですか。

村山:おととしの夏から去年の夏まで1年間です。

DELE:行ってみてどうでしたか。

村山:すごく楽しかったし、うちの研究室ではやっていないようなテーマと実験手法があったので刺激にもなったし、そこの研究室の人がみんなとても優しかったので、ストレスなく過ごせました。もちろん最初は、メールも全部英語で来て、本当に情報が全部英語で来るので、全部英語というのはこういう感じなのかとは少し驚きました。しかし、言語が違うから大変というのはあまりありませんでした。そこの研究室の人がとても親切だったことや、安全管理とかが日本の研究室よりしっかりしていたことなど、どちらかというと言語が英語になったからというより、カルチャーや人間性でびっくりすることのほうが多かったです



英語の発音は、その人の個性の一部と感じ始めました

DELE:それでも、CNNやABCといった放送の英語と比べて、若い人の会話の英語はちょっと違うということはありましたか。それともひょっとしてMITの研究室では、留学生が多いので、ネイティブ同士の口語表現はそれほど聞かれなかったのでしょうか?MITの研究室で、アメリカ人は何割ぐらいでしたか。

村山:先生はアメリカの人でしたが、留学生は日本人も結構多いところだったので、アメリカ人は3割程度でした。アジア系の人がすごく多かったです。MIT自体も、たしか半分くらいが留学生だと思います。その前から、研究会とかに行くたびに思っていましたが、人によって英語が違うのがすごくいいなと思いました。昔はネイティブの英語を目指すべきだと思っていましたが、最近は伝われば日本人っぽい英語でも別にいいのかなと思います

DELE:全くそのとおりだと思います。

村山:英語の発音は、お互いの個性の一部と感じ始めてから、あまり無理をしなくなりました。特に話すときにネイティブっぽくアクセントや発音をしっかりしようとすると、一日中だととても顎が疲れませんか。

DELE:そうですね(笑)。

村山:一日中顎を使うと特に疲れるので、普段は日本人っぽいアクセントが弱い感じでしゃべるようにあきらめたというか、受け入れました(笑)。最初のころは、結構頑張ってとても疲れました。





何かを調べる時には、英語で調べた方が、圧倒的に情報量が多いです

DELE:個性の一部というのはとてもいい表現だと思いました。ありがとうございます。今は、英語は学習するというよりも、先ほど言ったように例えばコロナのワクチンの情報を得たり世界情勢を聞いたりするために使うということですね。

村山:そうです。

DELE:日本語でももちろんワクチンや時事問題の情報は来ていますよね。それにもかかわらず、英語を使っているといいなと実感することはありますか。

村山:情報量が圧倒的に違う気がします。例えば私の専門分野だと日本語だけでは絶対に研究できないし、論文も読めないと思います。あと、日常的に情報が欲しいときに、例えば計算するときにプログラミング言語を調べるのも、圧倒的に英語の方が答えを得られます。また、ニュースも日本のメディアはわかりやすさを重視し過ぎ、感情に訴え過ぎていているように思います。特に新型コロナウイルスについては、肝心の科学的な情報が欲しいときに全く入ってこないというのが個人的な不満です。その点、外国のメディアやきちんとした学術記事のサイトでしたら、一般向けに分かりやすくも書いてあるけど、きちんと科学的なことも一緒に書いてあるので、情報を得るためには、そちらを見たほうが早いかなとすごく思います。

あと、最近だとタリバンの話もそうです。イラク戦争があったのは私が小学校1年生のときで、児童館でみんな一緒にテレビ中継を見ていたのを覚えています。今回の出来事はそれと同じぐらい結構大きなことだと思うのに、日本のメディアはあまり取り上げず、特番もなく、ニュースで少し取り上げられるだけです。海外のメディアだといろいろな解説があって、日々情報がアップデートされていて、見ていておもしろいです




英語が苦手であることを理由にコミュニケーションを取らず、その結果、人を傷つけてはいけない

DELE:研究の方に話を戻しますと、英語を使わないことに比べて、使う方がよいと感じるエピソードは他にありますか?

村山:周りがコミュニケーションを取ってくれないというのは、英語をしゃべらなくても伝わってしまうので、自分が逆の立場だったら結構寂しいと思います。日本の研究室で、みんなが日本語でワーッと盛り上がっていても、留学生は何を言っているのか分かりません。みんなが留学生と積極的にコミュニケーションを取っていないのは少し悲しいです。

ある留学生は、「自分が放置されている」「まわりはコミュニケーションを取ってくれない」と思ってすごく悩み、博士に行くつもりでしたが結局行かなくなってしまいました。そういうのを見ているとすごく責任を感じるし、英語が苦手だけの問題ではないと思います。人間としてどう振る舞うべきかという問題ではないかとすら思います。英語は使った方がいいというより、使うべきシチュエーションで、英語が苦手であることを理由にコミュニケーションを取らず、その結果、人を傷つけていいことにはならないと思います

DELE:英語が苦手だということを理由に、隣人である留学生を疎外してはならないということでしょうか。

村山:そうですね。日本では「自分は英語が苦手」というのが、コミュニケーションをしない理由としてすごく許容されていると思います。ですが、その点アメリカは、特に留学生が多いというのもありますが、もし先生が、言語の理由だけで留学生にコミュニケーションを取らなければ、それはハラスメントになります。逆に私はそれにすごく甘えて、留学時代にあまり英語が上達しませんでしたが、先生やほかの院生も分かりやすくしゃべるように気をつけてくれていたし、何回も教えてくれたり、分からないことがあったら聞いてと言ってくれたりしていました。そういう認識、モラルみたいなものが日本にはあまりないと感じます。

DELE:例えば日本人学生が、英語が苦手だと思っている。そこに日本語が不得意で英語ぐらいしか共通言語がない留学生がいる。その留学生が困っていたら、その日本人学生は、日本語と英語が混ざった「どうしたの、any problem?」みたいな形でもいいから話しかけるべきだということですね。

村山:日本語だけでもいいです。そういうのがすごく得意な学生が過去に私の後輩でいて、私もすごく勉強になりました。当時その後輩は英語が全然しゃべれなかったのですが、コミュニケーションは積極的に取って、留学生に日本語でガンガン話しかけに行きました。1カ月しか滞在しない留学生が日本語を覚えて帰っていくこともありました。本当に「言語がしゃべれないから自分はコミュニケーションが取れない」というのは逃げだなとそのとき思って、反省しました





小説を読むことや精神医学について知ることも、コミュニケーションに役立ちます

DELE:村山さんのお話を聞いていると、非常に他人の気持ちを大切にされる方かなと思いました。その辺はどう自己評価されますか。

村山:自分自身の人間性として、割とコミュ障なほうだと思っていましたが。

DELE:コミュニケーション障害系ですか。

村山:そうです。でも理学部に入ると、私よりコミュニケーションが取れない人が多かったです(笑)。他方、バイトとかに行くと私よりすごくおしゃべりな人がいっぱいいて、私はどちらかというとすごく静かです。みんなで何かやろうというときも、他の人がリーダーシップを取ってくれて、私はついていくだけです。そんな私でも、研究室だと結構積極的に話すようになりました。それまでは、そこまで他人のことを気にしていませんでしたが、最近はいろいろと責任を感じるようになりました。

DELE:そうですか。「他人の気持ちを知る」という点では、例えば小説を読んで、いろいろな人の感情を知ったり、ドラマを見て複数の人間関係を観察したりするのは好きですか?

村山:とても好きです。小説を読むのがすごく好きで、小さいころは生身の人間とコミュニケーションを取るのが好きではなかったので、ずっと家で本を読んでいるタイプでした。今は、小説は昔と比べて読まなくなりましたが、ドラマはおもしろいと思って見ますね。

DELE:それは英語のドラマですか。それとも日本語のドラマですか。

村山:日本語の普通にテレビでやっているようなドラマの配信を見たりしますね。

DELE:小説やドラマを「一銭の役にも立たない」と切って捨てる人もいますが、さまざまな人の感情を知る、そして、違う感情を抱いた人が同じ場所にいるということを理解するといったことは、人間の教養を育てるにはとても大切なことだと私は思っています。コミュニケーション力を上げるためにも重要なことではないかと思えてきました。

村山:小説は書き方がすごく過激というか、パーソナリティーについてもすごく振り切って書かれています。そのおかげで、実際の人間に会ったとき、この人はこういうタイプだと解釈ができると、対応もうまくできるので、役立っているとは思います

DELE:そうですよね。

村山:もう1つは、自分がそういうのが好きで精神疾患やパーソナリティー障害について調べ物をしていた時期がありました。そういう経験も、コミュニケーションが難しい人と会ったときに冷静に対処するのに役立っていると思います

DELE:実は、私も精神医学に関する本をよく読みます。コミュニケーションについて、時に言語教育系の本からよりも深く学べるからです。言語教育を例えば単なる言語形式、つまり語彙や文法などの獲得に矮小化するのはよくないと私は思っています。



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相手が言っていること、書いてくることさえ分かれば、スピーキングは実地でブラッシュアップできます



DELE:では、最後の質問になります。学部生に何か助言をするとしたら、どんなことをアドバイスしますか。

村山:英語を使う機会ができるまでは、将来への準備のような気分で英語を学んでいたらいいのではないかなと思います。実際に英語を使う場合、リスニングやリーディングは、相手の言語運用能力でやってくるから、多分結構高いレベルが要求されると思います。ですが、スピーキングなどのアウトプットは自分のレベルで、自分の知っている語彙と使える文法で話せばいいわけです。スピーキングは、最初から高い能力を求められませんから、とりあえず来た情報を受け止められるくらいのリスニング力とリーディング力を準備しておけばいいのかなと思います

あとは、本当に、言語知識だけがコミュニケーション能力ではありません。言語知識以外のコミュニケーション能力は、言語知識と違って付け焼き刃でできません。仮にしゃべれたところで、会話が続かないことはよくあると思うので、コミュニケーション能力をつけておくことの方がすごく大事なのかなと思います。 「英語は使わないからいいや」と思ってしまう人が多分すごく多いですが、一生使わないわけではないし、例えば国内企業に勤めていたはずなのに、突然部署異動で海外の人とやりとりすることは起こりえます。その時、スピーキングは、すぐには上達できないかもしれないけれども、相手が言っていること、書いてくることさえ分かれば、実地でブラッシュアップできます。でもリスニング力やリーディング力がなかったら無なので、そういうときに備えるみたいな感じが結構必要じゃないですかね。

コミュニティーを変えたら自分が集団のコミュニケーションの中で果たす役割が変わります


DELE:あともう一つ、言語知識だけがコミュニケーション力ではなく、言語知識以外のところは付け焼き刃では対応できないということでした。それは、例えば先ほどの思いやり、あるいは教養の広さ、深さということですか。

村山:会話するときの話題提供能力というか、シーンとなったら日本語でも英語でも気まずいじゃないですか。日本語で人と話すときに話題提供能力が低い人は、英語がしゃべれるようになってもきっと会話はできません。私のことですが。

DELE:いえいえ。

村山:でも、そういう力は英語を学ぶほど早くは学べないと思います。

DELE:バイトも含めたいろいろな社会経験は結構それなりに有用ではあるかもしれませんね。

村山:そうですね。いろいろな人と会って話すというのが、個人的にはとても大事かなと思います。コミュニティーによってコミュニケーションの取り方は結構違うし、コミュニティーを変えたら自分が集団のコミュニケーションの中で果たす役割が変わります。ずっと大学の人とだけいてももったいないです。京都は人との接点がすごく多い町だから、ほかの大学の人もいるし、社会人と大学生の距離もすごく近いです。学部生の人はそういう機会がたくさんありますが、大学院に入ったらそんな時間はなくなってしまいます。

DELE:他に何か言っておきたいことや思い出したことはありますか。

村山:学部生の自分に言いたいのは、専門の勉強をもっとちゃんとしろということです。例えば研究する上で人と話していて分からないとか、何か読んで分からないときは、言語の問題ではなくて知識の問題であることがすごく多いので、もっと勉強しておけばよかったということばかりです。

DELE:このテーマも何遍か出てきてきました。専門知識があったら、ひょっとしたら言語はついてくるかもしれないということですね。

村山:研究で運用する語学力という意味では、本当にそうだと思います。研究者同士のコミュニケーションは、専門用語を並べておけば伝わるみたいなところもあります。でも日常会話は全く別だと思います

DELE:ありがとうございました。

村山:こちらこそありがとうございました。






インタビューを終えて


DELE

村山さんは、とても穏やかな物腰の方で、練り上げられた深いことばが静かなトーンで出てくるインタビューでした。研究と日常的な情報収集で英語を使うことは、村山さんにとって当たり前の日常になっている感じを得ました。

また、英語ならわかるけど日本語ではわからず困っている人がいれば、とにかく話しかけるべきだという発言もとても印象的でした。英語という手段にばかり注目して、自分は下手だとか上手だとか考えるのではなく、その先にあるより大切な目的を追求することが大切だと言っているようにも私には思えました。

 大切な研究時間をこのインタビューのために割いてくださった村山さんに改めて御礼申し上げます。



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飛田美和さん(工学研究科・修士課程2年)(2021/8/25に日本語でインタビューを実施:約11,000語)



工学研究科・院生(修士課程) 

飛田美和さん

英語はゴールではなくツール



インタビュー(日本語)は2021年8月25日にZoomで行われました。
インタビュアーは、英語教育部門(DELE)の柳瀬でした。



日頃から英語の文献ばかりを読むので、逆に日本語で書くほうが戸惑うこともあります


DELE:こんにちは。よろしくお願いします。飛田さんは今、工学研究科電気工学専攻の修士課程にご在籍とのことですが、今、毎日の修士課程の生活の中でどのように英語を使っていますか。

飛田:今は研究室に海外から来た人もいないので、普段は英語で話す機会はありませんが、英語の論文執筆のときに使ったり、あとは、学会発表でプレゼンテーションするときに英語で話したりしています。

DELE:日本語と比べて、英語で書くときの格別の苦労などはありますか。それとも、日頃読んでいる文献が英語ばかりだと、かえって英語で書くほうが楽でしょうか。

飛田:それはおっしゃるとおりです。日頃から英語の文献ばかりを読むので、表現も英語に慣れていて、逆に日本語で書くときに、どう書けばいいのかと思うことがあります



工学系の論文に使われる英語のほうが、普通の洋書に使われている英語に比べたらシンプルです


DELE:自分の勉強する文献が日本語中心から英語中心に変わったのはいつ頃ですか。

飛田:それはおそらく学部3年生、4年生のころだと思います。研究をし始めてからです。

DELE:その頃は特に苦労しましたか。それとも、案外工学系の英語はシンプルなので、かえって教養の英語よりも分かりやすかったですか。

飛田:確かにおっしゃるとおり、工学系の論文に使われる英語のほうが、海外の本、普通の洋書に使われている英語に比べたらシンプルですし、使われる表現も限られているので、簡単だと思います。

 一方で、最初にやっていた研究はほとんど理学寄りで、全くなじみのない分野に近いものでした。その中で、あまり日本語の文献を読まないままに最初から英語で読むと、これは自分の知識が足りなくて読めないのか、それとも、英語、言語のせいで分かっていないのかすら分からない時期がありました。その時はかなり苦労しました。





書くことと読むことを繰り返すうちに意識が高まり表現力がついてきました


DELE:では、今度は、学術的目的のために自分の書くことが日本語中心から英語中心に移ったのはいつ頃ですか。

飛田:実験などの授業で書かなければならないリポートはずっと日本語で書いていたので、そういう意味では、大学1年生、2年生のころはずっと日本語で書いていました。研究を始めたのが3年生のころだったので、そこで学術的な執筆のメインは英語に切り替わりました。

DELE:日本語中心の執筆から英語での執筆への変化で戸惑ったことはありましたか。

飛田:やはり苦労はありました。最初は拙い英語で書いていました。書いて読んでというターンを繰り返していくうちに、書かないときには見えてこなかったものも、読んでいると、こういう表現をすればいいのかということもあったので、それでその表現を取り入れてみたりしましたワードフレーズバンクで論文執筆に使われる典型的な表現などを調べ、使いながら身に付けていき、何とかそれらしい文章が書けるようになってきたと思います。

DELE:では学術論文のフォーマット、つまりIntroduction, Method, Result, and Discussion (IMRAD)という大枠は、学部当初からのいろいろな勉強で身につけていたということですか。

飛田:そういえると思います。


機械翻訳の英語は日本語らしい表現になりすぎるので、それを英語らしく書き換えていました

DELE:最近は自動翻訳、機械翻訳を使って英語の論文を読んだり、あるいは書いたりする人もいると聞きますが、飛田さんの場合はどうですか。

飛田:自動翻訳は、正直に申し上げると使ったことがあります。やはりどうしても英語で最初から書き始めると、議論の展開が拙くなってしまう時がありました。今は最初から英語で書きますが、以前は、まず日本語で書いてからGoogle翻訳にかけ、それを編集していました。Google翻訳にかけるとどうしても、あまりにも英語が日本語らしい表現になり過ぎるので、それを英語らしい表現に書き換えていました

DELE:最初のうちは、英語で考えることがあまり得意ではなかったので機械翻訳を使ったけれども、今は英語で書けるようになってきたということですね。

飛田:そうです。






質疑応答で一番難しいのは、イエスかノーで答えにくい質問です


DELE:学会では英語で発表して質疑応答するわけですよね。その際の苦労などはありますか。

飛田:プレゼンテーション自体は事前に準備できるので、準備しておけばできます。しかし、これはいろいろな人が感じていることだと思いますが、やはり質疑応答が一番難しいです。日本語でも難しいものが、さらに英語になると瞬発力が求められる点では難しいと感じています

あと、イエスかノーで答えにくい質問が一番難しいです。最初に結論を答えなければという意識はあるのですが、「どうだろうか、正しいような気もするし、そうではないような気もする」というときには、まず “It depends” “Partially, yes” などのように答えます。そして、相手にさらに詳しく質問しながら何とか乗り越えています。

DELE:どのように知的な会話を成立させるかというところに難しさを覚えているのですね。

飛田:そうです。それは日本語でも同じことです。


科学的なディスカッションのときには結論を先に言ったほうがいいと思います


DELE:さきほど、最初にイエスかノーかで答えたほうがいいのだけれどもとおっしゃいました。日本語であれば長々と細かな論点が続き、最後に「ですからノーということになるのですが」というような形になることも多いです。英語の発想と日本語の発想は、どちらがいい、悪いではなく、違うという意識は飛田さんの中に前からありましたか。

飛田:私は、そもそも英語と日本語の発想があまり違うと思ったことがありません。日本語でもやはり、「はい」や「いいえ」などと最初に結論を答えましょうということはよく聞いていましたし、それが大事だといろいろなことを聞きながら思っていました。それは日本語でも英語でも同じことだと思います。ただ、日本語だと「イエス」「ノー」だけではなく、いろいろなグラデーションを付けた細かいニュアンスも最初に答えられますが、英語だとそれに慣れていないので、経験を積みながらいろいろなフレーズを身に付けてきました。

DELE:私はもう58歳ですので、ここでは世代による差があるのかもしれません。私たちのときには、あまり最初に「イエス」「ノー」をはっきり言わないことが多かったように思います。

飛田:なぜですか。そちらのほうがメリット、アドバンテージがあるのでしょうか。

DELE:私たちの世代がよくやるのは、「そうですね、これにはこの件もありますし、このような事情もありますし、こういった背景もありますので」と長々と言い、相手に、おそらくこの人は「ノー」と言うだろうと予想させることです。明確に「いいえ、それはできません。なぜならば・・・」という言い方はあまりしませんでした。

飛田:そのようにやんわりと断らなければならないときはそうかもしれませんが、科学的なディスカッションのときには結論を先に言ったほうがいいと思います。さきほどの言い方には、すごく日本らしさを感じました。日本はわりと周辺を先に説明して、最後に要点を言いますが、アメリカやヨーロッパの一部の国は逆の文化だと思います

DELE:では、飛田さんが、日本語でも「イエス」「ノー」を先に言うと思い始めたのはいつ頃からですか。例えば小学校の学級会や中学校の国語の時間に指導を受けたのでしょうか、それともご家庭で日頃そう言われていたのでしょうか。

飛田:一番影響が大きかったのは、おそらく大学に入ってからいろいろな学会発表、研究発表を聞く機会が出たことでしょう。発表を聞く時に私の中で、この人の回答は分かりやすい、この人の回答は結局よく分からなかった、などといろいろな経験が積み重なったことです。聞いていくうちに、やはり最初に結論を言ったほうがいいという私の感覚の中で思いました。

DELE:それはよく分かります。私も日本語でいろいろなビジネスメールを書きますが、そこではもう最初に「残念ですがこれはお受けできません。なぜなら・・・」という形で書いたりします。





学会や研究のディスカッションの場では、基本的にほとんど聞き取れないことはありません


DELE:次の話題です。多くの日本人は、英語は読めるし書けるけれども、発音や聞き取りは苦手に感じています。飛田さんはどうでしょう。

飛田:それは、もちろん発音に苦労することはありますが、聞き取ることについては、学会や研究のディスカッションの場では、基本的にほとんど聞き取れないことはありません。相手もおそらく配慮してくれているからだと思います。ノンネイティブ・イングリッシュスピーカーもいるという前提でネイティブ・イングリッシュスピーカーの人たちもきちんと話してくれているので、聞き取れることが多いと思います

一方で、日常会話になってくると、だんだんスラングも入ってきたりして、そもそも単語を知らないこともあります。もちろん、速過ぎて分からないことももちろんあります。


母の横で一緒に英語のカセットテープを聞いたり、ビデオを見たりしていました


DELE:これまで、小学校、中学校、高校、そして大学と、飛田さんはどのような英語学習の経験をされてきましたか。

飛田:中学校、高校の時は、学校で皆と同じように英語の勉強をしていました。ただ、母が英語や海外の文化が結構好きでした。日本の文化にもすごく興味があると同時に、海外の文化にも興味がある人だったので、そこで母の影響をかなり受けました。母自身が英語や中国語やロシア語などのいろいろな言語の勉強をしていたので、母の横で一緒に英語のカセットテープを聞いたり、ビデオを見たりしていました。それがおそらく最初の英語学習の経験だったと思います。

DELE:それは飛田さんがお幾つの時ですか。

飛田:小さい時からです。2歳から6歳の頃です。

DELE:そこで、おそらく耳が英語に慣れたのでしょうね。

飛田:そうだと思います。そのおかげで耳自体は、学習言語というか、日常会話ではないきちんとした発音には慣れていました。でも映画やドラマや日常会話の発音には全く慣れていませんでした。

DELE:それ以外に、英会話学校に行ったり、よく海外旅行に行ったり、あるいは、周りに英語を話す人がいたりしたという経験はありましたか。

飛田:少し海外旅行に行ったことはありましたし、少しだけホームステイしたこともありましたし、少しだけ英会話教室に通ったこともありました。あと、母の友達に英語を話す人がいました。本当に一年に1回ほどですが、その母の友達が来て、話す機会もありました。けれども、コンスタントにそのような状況に置かれていたわけではありません。

DELE:中学校や高校で周りの同級生と比べて、飛田さんは自分の英語は普通だと思っていましたか。

飛田:テストの点数は良かったです。やはり母のおかげである程度の基礎はできていたと思います。けれども、周りには帰国子女の人が結構いたので、やはりかなわないとずっと思っていました





ノンネイティブだとどうしても、それなりに話せるつもりではいても、少しのことで誤解を招くこともあります


DELE:帰国子女にはやはり、さすがにかなわないと思っていたけれども、今、修士課程の学生として、普段英語を使っている点では特に問題は感じないということですか。

飛田:問題を感じるときがないわけではありません。やはりネイティブ・イングリッシュスピーカーのほうが微妙なニュアンスまで伝えられるし、誤解される機会もほとんどないと思います。一方、ノンネイティブだとどうしても、それなりに話せるつもりではいても、少しのことで誤解を招くこともあるので、やはりギャップは大きく、埋まらない溝を感じます

DELE:外国人として英語を話すと、10伝えなければならないときに、9.5ぐらいはまず伝えられるけれども、残りの0.5か少しのところで、ちょっとしたニュアンスや誤解が生じたりするということですか。

飛田:はい。8ぐらいにしておきます。頑張れば9.5まではいくと思いますが、やはり10にはならないと思います。



大学院に入って日常的な読書もすべて英語に切り替えました

DELE:そのギャップを感じて、今、何かやっていることなどはありますか。あるいは、やる必要があると思いますか。工学者の中には、英語はある程度上達すればいい、大切なのは研究なのでという人もいます。いろいろな考えがあるので、私はこのインタビューでいろいろな人の考えを聞きたいと思っているのですが、飛田さんはどうでしょう。

飛田:私自身はオンライン英会話をやっています。あと、日常的に読書も、大学院に入るまではずっと日本語の実用書や小説などを読んでいましたが、それを全て英語に切り替えました。ほとんど、日本の小説以外は全て洋書で読んでいます。ある程度はもう日本語と同じぐらいのスピードで読めるようになってきたと思います

DELE:それはすごいです。私も日頃、聞くもの、読むものでできるだけ英語を増やそうとしています。オーディオブックを聞いたり、朝は The New York Timesを読んだりしています。

飛田:私はScienceの記事を読もうとしています。1週間に1回ぐらいですが。

DELE:Scienceにはポッドキャストもありますが、それは聞いたりしますか。

飛田:Scienceのポッドキャストは聞いていません。ただ、皆がおそらくよく聞いているようなTEDは聞きます。あと、今お気に入りなのは、Savvy Psychologistというポッドキャストです。




英語の勉強だけでは飽和してきたこともあります


DELE:そういった習慣は、やはり修士に入ってから始めたのでしょうか。

飛田:はい。学部の時はほとんどそれをやっていませんでした。修士に入ってからポッドキャストや、できるだけ英語で取り入れられるものは取り入れ始めました。それまでは日本語でやっていたことを英語に切り替えました

DELE:それはやはり、修士に入って英語がもう絶対に必要だと思ったからですか。

飛田:それももちろんそうですが、ある程度英語の勉強だけでは飽和してきたこともあります。能力がそのレベルに達したことも大きいと思います。そもそも英語で普段のことを取り入れられる、楽しめるレベルにまで達したからそのようなことができるようになったのだと思います。

DELE:「英語の勉強に飽和した」という表現が非常に面白いと思いました。よく分かる気がします。英語を自己目的化した勉強はどうも面白くありません。実際に世の中で起こっていることに関連した英語の方が面白いと感じ始めたということですね。


ツールをうまく使えるかどうかが非常に大事だと感じています


飛田:おっしゃるとおりです。あと、先ほど申し上げようか迷ったことがあります。それは、確かに工学の分野では「研究が大事で、英語はある程度でよい」という意見についてです。そのような考え方ももっともだと思うことがよくあります。やはり英語はゴールではなくツールなので、それをいかにうまく使っていくかが一番大事だと思います。しかし一方で、バランスが大切とも思います

相手がそれを聞きたいと思うレベルの自分の専門を持つことが一番大事なのはいうまでもありません。でもそれと同時に、やはりツールをうまく使えるかどうかが非常に大事だと感じています。基本的な、中学英語文法の基礎を押さえた話し方ができるかどうかでだいぶスムーズさ、伝わりやすさが違うと感じます。そこはきちんと押さえておいたほうがいいと、日頃思っています。


英語の勉強のための勉強、例えばテストのための勉強ではなく、いかにうまくディスカッションするか、あるいは信頼関係を築くか、質問に答えられるかという観点で有用なフレーズを自分の中にためておくような英語の勉強の仕方が、工学をする者にとっては大事なのではないかとよく感じます。


私自身、興味があったので、わりと積極的に参加しました


DELE:まさにおっしゃるとおりだと思います。英語教師は教室の中の英語学習のことばかりを考えますが、英語は教室の外で使うものです。飛田さんは割に学部時代から科学者や工学者が科学のことについて語るために英語を使う現場をそれなりに経験してきたということですか。

飛田:経験してきたというとおこがましいのですが、目撃、つまり他の人がやっているところを見てはきました。でも自分がやる機会はそんなに、すごくあったとは言えません。

DELE:それは、飛田さん個人の努力ですか、それとも、飛田さんの専攻では大体そういうものなのでしょうか。

飛田:私自身、興味があったので、わりと積極的に参加しました。

DELE:それは、例えば日本で開催される国際的な学会に参加したということですか。それとも、海外に行かれたりしましたか。

飛田:基本的には国内でした。学部の時に所属していた研究室が結構海外とのやりとりも多くある研究室で、海外から研究者が来て講演したり、プレゼンテーションしたり、あるいはディスカッションしたりする機会はかなりありました。そこに積極的に私も参加していました






質問上手はディスカッション上手ですから、質問することがとても大事な要素になります


DELE:先ほど、多くの日本人が英語の語順で分かりやすく話すことに苦労しているという話がありまました。どうしても語順の発想が日本語のようになるわけです。飛田さんもそう感じましたか。あるいは日頃から英語をよく読んだり聞いたりしているので、英語の語順で発想することに慣れていますか。

飛田:それは、自分が話すときにはいまだに苦労しているところではあります。どうしても動詞が最後に出る発想で考え勝ちなので、自分の頭の中で一生懸命、主語の次にはすぐに動詞にもってくるようにします。ですが、どちらかというと、疑問文に結構苦労する人が多いのかなと思っています。

DELE:疑問文の苦労といいますと?

飛田:本当に基本的なことですが、例えば一般動詞であれば “Do you …” や “Does she …” になり、be動詞であれば “Is it …” になりますよね。さらに疑問詞を付けたら “What does it …” となりますが、そういった当然の語順が苦手な人が以外に多いかと思います。また、テストのための勉強、TOEICやTOEFLだと疑問文の形はあまり出てこないと思います。スピーキングテストで受験者が試験官に質問をすることはほとんどありませんから。

DELE:おっしゃるとおりです。

飛田:しかし、聞き上手は話し上手といいますが、普段の会話、ディスカッションなどでも質問上手はディスカッション上手ということで、質問することがとても大事な要素になります。それなのに疑問文がなかなか、すらっと出てこないと少し不便かなと思います。



Thanks for the FeedbackCulture Mapという実用的な本を面白く読みました


DELE:ありがとうございます。聞いていて、とてもためになります。また飛田さんのことに戻ります。先ほど、日本語でやっていた読書なり何なりを英語でするようになったとおっしゃいました。自分は本をよく読むほうですか。

飛田:よく読むほうだと思います。

DELE:先ほど、日本語の小説以外は大体英語で読むようにしているとおっしゃっていました。今英語で読んでいるのは、どのような本が多いですか。

飛田:最近は実用書がもっぱら多いです。例えば、研究者がどのようにフィードバックをどう受け取るべきかというThanks for the Feedbackです。それから Culture Mapという本もすごく面白かったです。多くの人は、「西洋対アジア」や、「西洋対アジア対中東」という枠組みで考えがちですが、実は結構、アジアの中でも、あるいはヨーロッパの中でも、アメリカの中でもグラデーションがあります。それを7つぐらいの要素に分けて、スケールにして示している本です。おそらくいろいろな多文化的な経験をしてきている人にとっても、自分の経験とはこういうことだったのかと理論に置き換えられるような本だと思います。

DELE:英語を使うようになって良かったことなどはありますか。

飛田:そうですね、洋書も結局、有名なものは翻訳されているものが多いので、日本語の本を読めばいいわけです。その点ではそれほどアドバンテージはないのかもしれませんが、本に限っていえば、翻訳されていない本を読めることが一番分かりやすいメリットです。この作者の他の本も読んでみたいと思ったときに芋づる式に読んだ本があり、それがすごく良かったのですが、その本はまだ日本語には翻訳されていない本だと後から分かりました。そのような本に到達できなかったというのはかなり大きな違いかと思います。それ以外に何かありますかねぇ・・・


アメリカから来た研究者の一人に「君は面白そうだね。大学院に来ないか」と言われて連絡先をもらいました


DELE:工学研究科の場合には、英語を使わない研究生活は考えられないので、英語使用がもう当たり前だということですか。

飛田:その点は非常に大きいと思います。やはり、いくら論文も翻訳してもらえばいいとはいえ、ちょっとしたところで発信するツールがあると、より幅広く自分の成果を伝えることができます

一つ思い浮かんだエピソードがあります。日本で開催された国際学会でポスター発表をする機会があり、その時に海外からの研究者も来ていて英語でディスカッションをしました。その中のアメリカから来た研究者の一人に「君は面白そうだね。大学院に来ないか」と言われて連絡先をもらいました。その時にはもう京都大学の大学院に進学しよう、この分野で学ぼうと決めていたので、特にそれを追い掛けることはしませんでしたが、英語で話せてディスカッションができるとそのようなチャンスが巡ってくる機会が多くなるというのは、間違いなくメリットだと思います。

DELE:そうだと思います。偶然のチャンスというものは何気ない会話の中から自然と発生してくることが多いですから。



コピーマシンの前で待っている時にたまたま会話した2人の発想が共同研究の話につながっていったそうです


飛田:まさに。「コピーマシン・トーク」とも言えるかもしれません。話がどんどん脇にそれてしまうのですが、今のコロナウイルスのワクチン開発秘話のようなものをまた聞きしました。その人の話によると、元々の発想はもう何十年も前にさかのぼって、コピーマシンの前で待っている時にたまたま会話した2人の発想が共同研究の話につながっていったということでした。やはりそういう何気ない会話で共同研究や領域の改革などが生まれていくのだなと思い出しました。

DELE:他の分野の人と話をすると、その人にとっては当たり前のことが、自分にとってはとても面白い発想なので、思わぬブレイクスルーが生じるというようなこともよく聞きます。なので、やはり英語で発表して終わりというのではなく、発表から生じるインタラクションの中でどう自分の新しい道、あるいは、お互いの新しい道を見つけるかということが英語を使うメリットの一つでしょうか。

飛田:まさにそう思います。即興的なインタラクションは、やはり翻訳に頼り切りでは難しいかもしれませんね。

DELE:それでは最後の質問になりますが、学部生に向けて助言がありましたらお伺いしたいです。

飛田:一つは、先ほど申し上げた、疑問文を活用できるといいということです。英語のテストに向かっての勉強では、疑問文を自分で使いこなすことはなかなか難しいかもしれませんが、中学校レベルでいいので疑問文をうまく使えるようになった方がいいと思います

DELE:それは “Do you like …” “Does she like…” などというような、機械的なエクササイズをしろということではなく、実際の話の中で上手に疑問文を使い、相手との会話を豊かにしようということでしょうか。

飛田:もちろんです。しかし、同時に、やはり文の組み立ても分かっていたほうが伝わりやすくなると思います。






便利なフレーズを幾つかポケットに入れておいたほうがいいです


DELE:他には何かありますか。

飛田:うまく話すために意識しておいたほうがいいと思うことは、信頼関係を築くためのフレーズを幾つかポケットに入れておいたほうがいいということです。先ほど申し上げましたが、私は自分の意図を100%表現することは難しいと思っています。工学系で英語が専門ではないとするとなおさらです。 でも英語はそもそもゴールではなく、ツールなので、100%にする努力を75%ぐらいで止めておくとしても、残りの25%をどう埋めるのかということです

例えば、相手の表情をよく見ながらディスカッションをしていて、少しけげんな顔をされ、「伝わっていないのではないか」「誤解されたかもしれない」と思ったときに、どうやって対処するのかという瞬発力が求められることがあると思います。そのときに、例えば “Did I say something strange?” “Does it sound right?” “Does it make sense” “Am I making myself clear?” など、確認するフレーズを幾つかポケットに忍ばせておくと、その場ですぐに誤解が解けますし、謝れます。そうすると、また信頼関係を築きやすいと思います。

DELE:会話はCo-construction、共同で構築するものです。だから、コミュニケーション上の問題を一人で全部抱えてしまうのではなく、お互いで会話を作るストラテジーを勉強しておいたほうがいいのではないかということですね。

飛田:まさにその通りです。

DELE:その他に何かありますか。

飛田:先ほどの2番目のものと少しかぶるかもしれませんが、75%の表現力しかもっていないスピーカーにとっては幾つか困るときがあります。例えば、説明している途中で自分が何を言っているのかが分からなくなるときです。そもそも日本語でも説明することが難しいのに、さらに英語になったら、もう途中で何を言っているのかとなるときが結構あります。そういうときに使えるフレーズを忍ばせておくこともいいかもしれません。

DELE: “Where am I?” などですか。

飛田:それもそうですし、 “Let me explain again” “Let me start from the beginning”、あとはもう “In a nutshell” と言ってしまうなどです。

そして、質疑応答で聞き取れない、分からない、また、相手が早口のときにはやはり、もう少しゆっくり言ってくれと、ためらわずに言うことも大事だと思います。あと、相手の質問の意味を明確に理解するために、逆にこちらから “Do you mean …” など自分の言葉で相手の意図を確認するフレーズを使い慣れておくことです。そのようなツールをできるだけ自分の筆箱の中に入れておくことが大事だと思います。



英語はゴールではなくツール


DELE:そのような方法をコミュニケーションストラテジーといったりしますが、そのようなストラテジーを知っておくといいだろうということですね。他に何か一般的に学部生に伝えておきたいことはありますか。英語から離れても結構です。

飛田:やはり一番感じるのは、英語はゴールではなくツールなので、うまく使えるような練習意識を持っていたらいいのではないかなと思います。それが一番お伝えしたかったことです。

DELE:素晴らしいです。今ので、インタビューのタイトルが決まりました(笑)。楽しかったし、私のほうが勉強になったかもしれません。ありがとうございました。

飛田:それはうれしいです。私の方も良い時間をいただきました。






インタビューを終えて


飛田


学びの途中にいる者が、いろいろ偉そうなことを言ってしまいました。不完全なりに工夫してきたことが、誰かの参考になればと願っています。

DELE


ポスター発表の後に、アメリカの研究者から大学院にリクルートされたというエピソードもありましたが、飛田さんとお話をしていると、そんなこともあるだろうなと思わざるを得ませんでした。上の記録ではずいぶん削除しましたが、「聞き上手」でもある飛田さんのおかげで、実はインタビュアーであり発言は控えるべき私も、ついついたくさん話をしてしまいました。質問がうまいことには、飛田さんの日頃の読書習慣も関係しているのかもしれません。とにかく楽しいインタビューでした。飛田さんのこれからますますのご活躍を祈念いたします。


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A.K.さん(農学研究科・修士課程1年)(2021/8/6に英語でインタビューを実施:約7,000文字)

A.K.

農学研究科 修士課程1年

「重要なのはコミュニケーションであり、
英語を話すこと自体ではありません」



インタビューは、2021年8月6日にZoomを使って英語で行われました。

インタビュアーは、英語教育部門のSara Schipper講師です。



「果樹園芸学は農業の一分野で、特に果物に焦点を当てています」



DELE:本日、農学研究科のA.K.さんにインタビューするセラ・スキッパーです。A.K.さん、まずは、少しだけ自己紹介をお願いします。

A.K.:修士1年のA.K.と申します。農学研究科の研究室に所属して、果樹園芸学を専攻し果物について研究しています。

DELE:果物ですか。専攻のお名前をもう一度お願いします。

A.K.:果樹園芸学です。


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DELE:私が日頃あまり聞かない用語です。もう少し詳しく説明していただけますか?具体的にどのようなことを研究しているのか、また、どのようなきっかけで興味を持たれたのでしょうか?

A.K.:ええ、あまり一般に知られている用語ではないと思います。果樹園芸学は農学の一分野で、特に果物を中心に研究しています。私の研究室では、梅について研究している学生もいれば、ブルーベリーについて研究している学生もいます。私は具体的には、柿について研究しています。さまざまな栽培品種の柿の実の特徴を写真で捉えています。この研究は、育成された栽培品種の形状を評価しやすくすることで、新しい品種の育成に役立つと考えています。正直なところ、このテーマは私がオーストラリアから帰国する時期を考慮して教授に提案していただいたものであり、あまり乗り気ではありませんでした。しかし、たくさんの栽培品種があり、その中にはとても特徴的でユニークな形をしているものがあることを知り、興味を持つようになりました。



「私の研究室では、英語を話す機会がたくさんあります」



DELE:そうですか。さて、このインタビューでは主に皆さんの英語での経験にお聞きしています。そこで、最初の質問ですが、A.K.さんは勉強や学校でどのように英語を使っていますか?

A.K.:私の研究室には留学生が多いので、英語で話す機会がたくさんあります。留学生は主に中国や台湾から来ていて、単なる会話ですが、私は毎日話しています。また、私が実験について尋ねたりすることもあります。ですから、留学生と話す機会はたくさんあります。また、私の研究室では、毎週火曜日に進捗報告会があります。発表者が英語でプレゼンテーションを行い、教授や学生が英語で質問をしますから、これも英語で話す機会のひとつですね。それから、これは現在の状況ではありませんが、ダブルディグリー・プログラムでも英語を使おうと思っています。このプログラムについてはご存知ですか?



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DELE:はい。でもA.K.さんの状況を少し説明してくれると嬉しいです。

A.K.:来年、2022年から2023年までの1年間だけ、台湾に留学して、そこでトロピカルフルーツの研究をしようと思っています。行けるといいんですけど。

DELE:コロナウイルスのせいで・・・

A.K.:入国することができないかもしれません。

DELE:そうですね。ダブルディグリー・プログラムとは、向こうの大学で学位を取得し、こちらでも学位取得を目指すということですね?

A.K:はい。


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DELE:台湾でどのような勉強をするのか、もう少し具体的に説明してもらえますか。何を研究しようとしているのか、そしてそれが将来どのように役立つと考えていますか。

A.K.:ハイパースペクトルカメラ [=物体の固有の色調を検出するカメラ] を使ってアボカドの研究をしようと思っています。アボカドの熟度と、波長や強度との関係を調べたいと考えています。台湾の指導教官に提案したのですが、まだ返事が来ないので、本当に取り組めるかどうか不安です。将来的には、この研究によって、アボカドの収穫時期や食べ頃を簡単に見つけることができるようになるかと思います。完熟していないアボカドを食べた経験のある人は多いと思います。

DELE:ありがとうございます。それでは、ちょっと話を戻します。研究室には留学生が多く、ほとんどの留学生は英語を使うとおっしゃいましたね?

A.K.:はい。

DELE:日本語でコミュニケーションをとることもあるのですか?

A.K.:中国人の学生は5、6人いますが、その中で日本語を話せる人はほんの数人、1人か2人です。だから、たいてい英語で話しています。

DELE:では、進捗報告会はどうでしょう。毎回1人の学生が英語で発表するのですね。

A.K.:3名です。

DELE:なるほど、学生の研究の進捗状況についてですね。

A.K.:はい、そうです。どんな実験をしたかとか、どんな結果が出たかとかです。

DELE:なるほど。研究室以外で、英語を使う場面はありますか?

A.K.:オーストラリアの友人が一人いるので、その人とLINEで話すことがありますね。そうですね、それも日常的に英語を使う場面だと思います。



「具体的な答えや自分の意見を言わなければならないことに気づきました」



DELE:なるほど、では、これまでの英語学習の経緯や、英語の勉強方法を教えてください。

A.K.:小学生の頃、英語の塾のようなものに通っていました。でも、当時は英語を真剣に勉強していたわけではありませんでした。

DELE:その時の年齢はいくつですか?



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A.K.:10歳、9歳、あるいは11歳だったかもしれません。でも、中学に入ってからは辞めて、英語は学校の授業だけで勉強していました。高校もそうですね。大学に入ってからは、外国人の先生が担当するILASセミナー の授業を受けました。その授業の中で、先生は「自分の研究室に興味があるなら、いつでも来ていいよ」と言ってくれました。そして、実際に先生の研究室を訪問し、研究室に入ることを決めました。それが、私にとって初めて英語を日常的に話す機会でした。そして、2 回生の夏までその研究室に所属していました。

DELE:学部生として?

A.K.:はい。学部生としてです。

DELE:研究室ではどのようなことを研究していたのですか?研究室でのA.K.さんの役割はどのようなものですか?

A.K:MaRCU(Molecular and RNA Cancer Unit)という研究室でした。私はラボのメンバーとして、細胞を培養したり、タンパク質を抽出したり、結果を分析したりといった実験を行いました。また、ジャーナルクラブといって、ラボメンバー全員が集まって、誰かが読んだ雑誌について発表するという活動にも参加しました。私に特別な役割があったわけではありません。


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DELE:その後、英語の勉強はどうでしたか?

A.K.:当時、私は夏休みに留学しようと決めていました。それで、2回生のときにカナダのモントリオールに行きました。そのプログラムは3週間というとても短いものでしたが、それが私にとって初めての海外体験でした。

DELE:海外での生活はどのようなものでしたか?ホームステイをしましたか?

A.K.:はい、ホームステイをしました。

DELE:なるほど、ホームステイでは英語を使うことが多かったのでしょうね。

A.K.:はい、そうですね。

DELE:具体的に苦労したことやエピソードなど、覚えていることはありますか?

A.K.:もちろんです。 一番苦労したのは、ホストファミリーとのコミュニケーションです。カナダに行く前は、日本の友人に「どちらでもいいよ」などと、曖昧な答えをすることが多かったんです。しかし、この答え方ではホストマザーが混乱してしまい、具体的な答えや自分の意見を言わなければならないことに気づきました。それからは、質問されたらすぐに自分の考えを言おうとするようにしました。

DELE:帰国後、英語力を維持するための機会はありましたか?

A.K.:研究室 [MaRCU] には外国人の友人が何人かいましたから、研究室を出てからも英語で話をしていました。一緒に遊んだり、大阪に行ったり、観光したりしていました。また、英語力の向上とTOEFL受験のサポートをスキッパー先生にお願いしたのもその頃だったと思います。私が2回生の2018年12月にTOEFLのテストを受けました。

DELE:私の記憶が正しければ、主にライティングとスピーキングを練習しましたね。



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A.K.:はい、そのTOEFLの得点を活かしたいと思いました。それで、シドニー大学の交換留学プログラムに応募しました。3回生の初め、つまり2019年の4月ですね。でも実は、半年近くもシドニーで生きていけるかどうか不安だったんです。ですから、その前にもう1つプログラムに参加するべきだと思いました。もっと海外での経験が必要だと考えたのです。それで、ニュージーランドで英語を学ぶプログラムにも応募しました



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DELE:短期プログラムのようなものですか?

A.K.:短期、そうですね、4週間のプログラムでした。2019年9月に日本を出て、ニュージーランドに4週間滞在しました。その後、2020年2月にシドニーに行って、2020年6月にプログラムが終わったんですが、それが最後に参加したプログラムです。そして今後は、ダブルディグリー・プログラムにも参加しようと思っています。

DELE:そうですね。以前、オーストラリアでプログラムが始まったといっても、授業がオンラインになるまでは2、3カ月しか滞在していなかったと聞きましたが。

A.K.:A.K.:はい、2ヵ月弱でした。

DELE:では、オンラインの授業を受けていたのは、約4カ月以上ですか?

A.K:3ヶ月です。

DELE: オンラインの授業はどうでしたか?対面授業より難しかったと思いますか?

A.K.:そうですね。実は、私にはオンラインの方が良かったかもしれません。オンラインであれば、授業を録画したビデオが提供されます。それがいつでも見られるわけです。だから、授業で聞き逃したことがあっても、復習して追いつくことができるんです。

DELE:同じ講義をもう一度見ることができるわけですね。

A.K.:そうです。そして、録画をよりゆっくり、あるいはより速く再生することができます。これはとても便利ですね。また、時差の関係で、ある授業では数人の学生しか受講していませんでした。アメリカの学生は、真夜中だったりして、同じ時間に授業を受けることができないんですね。だから、あるクラスでは、先生と私、そしてあと1人か2人の学生だけで授業を受けていました。

DELE:それは、先生と話ができるいい機会ですね。

A.K.:ええ、とてもいい機会です。何度も聞いて、「ああ、今のは聞き逃したからもう一回言ってください」とかお願いすることができました。皆、私に親切にしてくれました。



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「レポートの内容について、先生方と深く議論できます」



DELE:なるほど、そうですか。では、次の質問ですが、どのような場面で英語が使えることのメリットを強く実感したり、「この場面で英語が使えてよかった 」と感じたりしますか?

A.K.:いくつかの場面が思い浮かびます。ひとつは、先ほどお話したように、火曜日に進捗報告会があるのですが、その報告内容について先生方と深く話し合うことができることです。その点はとても助かります。そしてもう一つは、他の人に比べて論文を少し速く読めることです。

DELE:研究用の論文ですよね。

A.K.:はい。論文を短時間で読むことができるので、プレゼンテーションやセミナーなどの準備もそれほど大変ではありませんでした。

DELE:では、研究論文も英語で書いていますか?

A.K.:論文執筆はまだです。

DELE:研究室では、協働作業をしていますか?他の学生の研究を読んだりしていますか?

A.K.:他の学生ではなく、他の国や他の研究者の研究を読んでいます。ですから、ジャーナルから1~2本の論文を選んで、研究室の他のメンバーと共有することが多いですね



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「以前は、自分だけが悪いのだと思っていたので、言うのが怖かったです」



DELE:次の質問です。英語を習得する上で、どのような困難や課題がありましたか。きっと何かあったとは思うのですが。

A.K.:そうですね、英語を4つのスキルに分けて考えると、リスニングとリーディングは、まあ、リスニングには問題がありますが、リーディングは大丈夫でした。

DELE:一番簡単だったのですね。

A.K.:簡単というわけではなく・・・

DELE: 他と比べるなら一番簡単。

A.K:そうですね。私はこの大学の入試に合格するために、高校や中学でたくさんの文章を読む訓練を受けました。そして、この大学の入試ではセンター試験のリスニングが課されていたので、リスニングもまあまあでした。ですから、リスニングも慣れていました。しかし、ライティングとスピーキングは馴染みがありませんでした

DELE:なるほど、インプットよりもアウトプットの方が難しかったのですね。

A.K.:そのとおりです。特にTOEFLを受験したときは、自分の気持ちや考えを表現するときに、正しい表現や正確な言葉が出てこないので、沈黙が多くなり、文法的なミスも多くありました。つまり、自分の気持ちを言葉で表現しようとしたときに、多くの困難に直面したということです

DELE:では、その困難をどのようにして克服したのでしょうか、あるいは今も克服中といったところでしょうか?言語学習は常にプロセスですよね。

A.K.:そうですね。だから、会話の中で、相手の言っていることが理解できないときは、もう一度言ってもらうようにしています。実は以前は、それは自分のせいだと思っていたので、言うのが怖かったんです。でも、最近は考え方を変えて、何度も繰り返してもらうようにしています





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DELE:そうやってA.K.さんが繰り返しを求めた時の反応は?

A.K.:「OK」とか言ってくれます。

DELE:では、恐れる理由はなかったのですね。

A.K.:そうですね。理由はありませんでした。

DELE:他に何かしていることはありますか?ライティングについては?

A.K:ライティングについては、最近は何もしていないのでよくわかりませんが、TOEFLを受験したときは、毎日のようにいくつかの文章を書き続けていました。英語で日記をつけるといいと聞いていたからです。それで、その方法を試してみました。実際、それによって語彙が増え、文法にも気を配るようになりました。これはいい練習になったと思います。

DELE:日記を書いているときに「語彙力が上がった」とのことですが、それは辞書を使いながら書いていたということですか?

A.K.:そうですね、Googleで調べたりもしました。あとは、自分の考えを表現することに慣れるために、フレーズやセンテンスを覚えておくと、そのセンテンスを覚えておけば、いざというときにその言葉を使うことができると思ったので、英語の洋画を見たり、英語のテレビドラマを見たりしていました。そういったことをしていたわけです。

DELE:なるほど、会話の表現を聞くために。

A.K.:そうですね、それを覚えるために。

DELE:また、ドラマや映画で役に立ったものはありますか。

A.K.: はい。私は、日本のドラマというよりはアニメを英語で見るのが好きです。ストーリーを知っているので、英語を理解しやすいからです。それに、画面には字幕も表示されているので、それもとても助かります

DELE:つまり、英語で聞くと同時に、英語を読んでいるということですね?

A.K.:日本語でストーリーを知っているので、それらを組み合わせています。

DELE:それはいいアイデアですね。




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「重要なのはコミュニケーションであり、英語を話すこと自体ではありません」



DELE:実はすでに少しアドバイスをいただいていると思うのですが、今、英語を勉強している学部生に向けて、他に何かアドバイスはありますか?

A.K.:もし私がアドバイスできるとしたら、英語を話すこと自体はそれほど重要ではないということでしょうか。それよりも、英語でコミュニケーションをとることの方が大切だと思います。ちゃんとした英語が使えなくても、親切な人ならわかってくれることもありますからね。

DELE:なるほど、完璧な文法の英語はそれほど重要ではないということですね。

A.K.:そうですね。それほど重要ではありません。私は会話において常に文法を完璧にしておくことは、可能だとは思いません。不可能だと思います。

DELE:良い指摘ですね。現実的な目標が必要ですよね。

A.K.:ええ、そのとおりです。相手が理解できるまで何度も説明しますし、質問もできます。また、ジェスチャーも使います。そういったことが、英語でのコミュニケーションに役立っているのだと思います。だから、ただ完璧に話すだけというのは、最良の方法ではないと思います。

DELE:つまり、間違いを恐れないことですね。

A.K.:はい。

DELE:リーディングとライティングについてはどうでしょうか?

A.K.:日本の学生の多くは、読むことに慣れていると思います。

DELE:書くことはどうですか?さきほどは、日記をつけることを勧めましたよね?

A.K.:日記もいいのですが、それに加えて、誰かにチェックしてもらうのがいいかもしれませんね。私の場合は、先生や他の留学生にチェックしてもらって、すごく上達しました。自分では気づかなかった間違いを見つけることができました。だから、他の人にチェックしてもらうのもいいと思います。もちろん、自分で勉強することも大切ですが・・・

DELE:日記はもちろん自己練習ですよね。でも、エッセイやTOEFLのライティングサンプルを書いて、誰かにアドバイスをもらうのも、とてもいいアイデアだと思います。他に何か付け加えることはありますか?

A.K.:いいえ、ありません。

DELE:今日は英語でとても的確に答えを伝えてくださって、ありがとうございました。

A.K. :ありがとうございました。


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安藤幸先生(教育学研究科・講師)「英語はツール。機会があったら、まずは使ってみよう」(2021/7/16日本語で実施:約23,000文字)



安藤幸先生(教育学研究科・講師)


「英語はツール。機会があったら、まずは使ってみよう」


 
このインタビューは2021年7月16日にZoomを通じて日本語で行われました。
インタビュアー (DELE) は、英語教育部門長の柳瀬です。




仕事では、院生の研究や教育活動の国際化を支援



DELE:こんにちは。どうぞよろしくお願いします。

安藤:はい。よろしくお願いします。

DELE:では最初に現在のお仕事の様子を、特に英語使用との関連から簡単にご説明いただけますか。

安藤:はい。現在、私は教育学研究科のグローバル教育展開オフィスの講師として働いています。グローバル教育展開オフィスは2018年に教育学研究科の中に新設されました。位置付けとしては研究科の学際教育研究拠点となっています。

グローバル教育展開オフィスの中には主に2つの役割があるのですが、1つは創生開発ブランチです。ここでは新たな教育課題に対して、国際的、学際的な研究から挑もうとしています。もう1つが国際教育支援ブランチで、ここを私が担当しています。

ここでは主に院生の研究や教育活動の国際化を支援しています。さまざまな取り組みの中には、例えば海外でのインターンシップがあります。ここで言うインターンシップは企業インターンシップとは少し違って、例えば自分の分野で活躍している先生のところに研究を見に行くといったことです。また、フィールドワークを希望する院生に対して、先方の受け入れ担当者との調整を行うなどもします。また、院生の国際学会での発表や、英語での論文執筆に対しての支援も行っています。さらには、教育学研究科にも学術交流協定校が幾つかあるのですが、そことの合同授業の実施だとか、院生を含めた交流の支援も行っています。

DELE:そういったいろいろな国際化を進めていこうという中で、先生がコーディネーターといった形でお働きになっているということですね。

安藤:そうですね。助教の先生もいますし、あとは教授の先生もいるのですが、みんなでつくり上げているという形です。私一人がしているというわけではなく、やはりいろいろな専門があり3人とも違うものですから、いろいろな側面から学生をサポートするということをしています。

DELE:では日頃から英語を使って、メールやZoomで交渉をする、あるいはコロナ以前でしたら海外出張をするなどのお仕事もやはり多いわけですね。

安藤:はい。そうですね。今はどうしてもコロナで学生が海外に行くこともままならないのですが、以前は交流が盛んでした。今ですと、学術交流協定校の先生方と今後の交流をどうするのかという話し合いをZoomで行ったり、その交流を続けられるように申請書を一緒に書こうかという話をしたり、どのようなテーマで一緒に協力ができるかという話し合いを続けています。



 英語を勉強するというよりも、英語がなければ勉強ができない、仕事ができないという環境でやってきました



DELE:では、そういうお仕事に就く前は、先生はどのような教育を受けられてきたのでしょうか。また、どのようなお仕事をされてきたか、あるいはその中で英語をどのように学んできたか、そういったこともお聞かせいただけますか。

安藤:はい。私は日本の大学からアメリカの大学へ交換留学をしました。そして後にダブルディグリー留学をして、日本とアメリカで学部を卒業しました。さらにその後にアメリカで大学院へ進学し、ソーシャルワーク(社会福祉)の分野で修士号と博士号を取得して、そしてアメリカの大学でしばらくは教員として教育と研究に携わっていました。ですので、アメリカには合計で16年ほどいたのですが、日本に帰国して、今年でもう5年がたとうとしています。

 京都大学へ来る前の大学では、理工系大学院教育の国際化業務に携わっていました。特にアジアを中心に、優秀な留学生の獲得とか、理工系の先生方の研究を推進するために連携拠点を作るとかいうこともやっていました。インドネシアとタイに拠点を作るということに関わっていたので、特にインドネシアとタイはかなり頻繁に訪問と滞在をしていました。このような過程で、私自身は英語を勉強するというよりも、英語がなければ勉強ができない、仕事ができないという環境でやってきましたので、今でも英語学習そのものを意識することはほとんどなく、英語を使って仕事をするというマインドセットでいます。

 


中学2年の時のホームステイが、英語が楽しいと思うようになったきっかけ



DELE:先生は交換留学で初めてアメリカの学部に入ったわけですよね。これは結構きついことではないのかと思います。といいますのは、英語力の点で言うと、Ph.D.で入るとそれなりに専門という武器がありますからまだよいのですが、学士号獲得を前提に学部生になると、いろいろ広範囲に勉強しなくてはならないからです。先生の場合はいかがでしたか。

安藤:少し余談になるのですが、私が初めてアメリカに行ったのは中学2年生の夏休みでした。これは初めて海外に行く経験だったのですが、アメリカのテキサス州サンアントニオでホームステイを1カ月して、ここですごく英語が大好きになりまして、いつかアメリカで暮らしたいとずっと思っていました。このホームステイが、英語が本当に楽しいなと思うようになったきっかけでした。私は、その当時はやっていたいろいろなJ-POPやアイドルなどには全く興味がなくて、ビートルズだとかサイモン&ガーファンクル、カーペンターズなどばかりを聴いていました。

そして、これも偶然ですが家の近くにプロの通訳士の方がいて、中学から大学に入るまで英語を教えてもらっていました。そこではもちろん英語学習の目標として、例えば高校を卒業するまでに英検1級の手前までいこうとか、TOEICでこういう点数取ってみようという学習も先生はしてくださいました。もちろん中間や期末試験前には学校の英語の勉強もしましたし、大学受験に向けた英語の勉強も先生は教えてくださったのですが、それ以外に、英語を楽しく使うということをしてくださったことがとても印象的です。また、先生がいつもおっしゃっていたことは、英語を正しく話し、英語を正確に聞き取るためには、語彙を増やし、文法をしっかり勉強しないといけない、ということでした。ですので、単語、イディオム、文法の学習も行ってくださいました。

 英語の歌を聴きながら虫食いになった歌詞を一生懸命聞き取るような練習だとか、どうしてそこにその単語が入るのだろうと考えながら歌を聴いたり、一緒に歌ったり、ドラマを見ながら理解することやシャドーイングをするなど、そのようなことをしてくださったので、楽しい、大好きという気持ちでやってきました。

そしてさらに、アメリカに行きたい、アメリカで勉強したいという気持ちがずっとあって、そういうことから、私としてはあまり抵抗なく、むしろやっとアメリカに来られた、これから自分の好きなことが勉強できるという気持ちで学部に入ったという感じでした。少し本題からずれていくような気がして申し訳ないのですが。

 

 

英語の音楽の歌詞を聴いて理解できるのが楽しいとか、ドラマを見て文化的な背景までもが分かってくるのが、ただ単にものすごく楽しかった



DELE:先生はどのように楽しさを感じていたのでしょうか。

安藤:当時は実際に先生と1対1で勉強をしていても、別に近くに外国の方がいるわけでもなく、普段の生活ではそういうふうに触れることはできませんでした。実際に直接その英語を使うということまではそれほどなかったと思います。ただ、音楽を聴いたら耳に入ってくることを理解できるのが楽しいとか、ドラマを見て、その先にある文化的な背景までもが分かってくるというのが、ただ単にものすごく楽しかったような気がします。あとは、当時ビートルズの映画もWOWOWなどで放送されていたので、そういうものを見たりしました。吹き替えではなくて、じかにその人たちの声でしゃべっている英語が分かるということが、ただただ楽しかったような記憶があります。高校を卒業するまでに、英検1級の筆記合格(面接では不合格)まで持っていってくださったのも、先生のおかげです。

DELE:英語の生の音声が、自分の中で意味として通じることがうれしいというのは私もよく分かります。そうなりますと、先生の場合は英語を勉強というよりも、英語で歌われている歌を聴くとか英語で演技がなされているドラマを見るという形で、英語で表現されている内容への興味が強かったということでしょうか。

安藤:非常に面白いなと思いましたね。

DELE:その個人的な学びと学校の英語の勉強の対比はどうでしたか。

安藤:実は学校の勉強もすごく楽しかったです。私は他の勉強がすごく苦手だったので、例えば算数や数学などは全く意味が分からなかったし、化学などはもう何が起きているのか本当に分からなかったのですが、そんな中で、英語の点数だけは誰にも負けませんでした。クラスでいつも1番だという自信があったし、先生が言っていることももちろん分かっていました。化学などではそういうことが一切なかったのですが、唯一保てる自信というか、何かそういうものをくれた記憶があるので非常に楽しかったです。英語の勉強は受験英語の勉強でさえも楽しかったです。

 

講義の英語がわからなかったので、録音して一字一句文字起こししました



DELE:素晴らしいですね。では、それで満を持してアメリカに渡りましたが、どうでしたか。いきなりスムーズにいきましたか。

安藤:無理でしたね(笑)。

DELE:やはりそうですよね(笑)。

安藤:楽しかったですし、もうここに自分がいるのだということはやはりすごくうれしかったのですが、実際に話されている英語というのは、もちろん教科書に書かれているようなものではないですよね。イディオムだったり、ニュアンスだったり、そういうものが全部含まれているわけで、一切分からなくて本当につらかったです。だから、母親に毎日コレクトコールで電話をしていました。「分からない。授業に行っても独りぼっち」などと言っていましたが、1~2カ月は母親も黙って悩みを毎晩聴いてくれていました。でも、ある時母親が「もう帰ってきなさい、もういいよ」と言ったので、電話をするのはやめました(笑)。

それから工夫したことといえば、先生に許可を得て、毎回授業をテープにとりました。当時はカセットテープでしたけれども、一番前の席に座って、全部の授業で先生の声をテープにとりました。アメリカの授業は大体1時間半か、もしくは3時間の授業ですけれども、全部の音声をとって、そして図書館に行って一字一句書き写しました。これを1年間ぐらい、毎回全授業でしました。

DELE: 1年間ぐらい。それはものすごい努力ではないですか。

安藤:実家に戻ると、多分その時に書き写したノートが全部残っているはずなのですが、それを1年ぐらい全部の授業で続けました。アメリカに留学した方はみんな共通だと思いますが、1学期に絶対4クラスぐらいは取らないといけませんので、その授業を全部録音して書き出すというのは結構労力でした。

DELE:すごいです。書き写しは、普通に考えて聞くことの3倍あるいは5倍以上の時間がかかりますよね。

安藤:だから何度も聞き直しをしました。ただ、その時に、その週に与えられているリーディングと照らし合わせると、多分このことを言っているという単語は分かるので、書き写していました。でも少し悲しいのは、授業の時にどっと笑いが起きたりするのですが、その時は理解できないのですよね。そして図書館などでずっと寝ずに書き写している時に、やっとみんなが笑っていたそのジョークとかが分かって1人で笑うという、すごくさみしい経験もしました(笑)。1年ぐらい続けるとテープにとらなくても聞こえるようになってきましたので、それからは、例えば一字一句書き写さなくてもポイントだけでノートを取れるようになりましたが、それまでにはすごく時間がかかりました。当時は、留学生で英語が第二言語なのだから、ネイティブの学生とはスタート地点が違う。同じ勉強量では絶対にかなわないので、2倍も5倍も10倍も努力をしないといけない・・・と言い聞かせていました。

 



完璧主義者で神経質だった自分も、何かうまく諦めることを覚えたような気がします


DELE:つまりディクテーションと呼ばれる方法を貫いたのですね。でもディクテーションではどうしても分からない箇所がありますよね。

安藤:あります。

DELE:それでもディクテーションを続けるというバランスはどのように取っていましたか。

安藤:諦めだと思います(笑)。私も日本にいた頃はすごく完璧主義者で神経質でしたけれども、何かうまく諦めることを覚えたような気がします。本当に分からなければ、先生に聞きに行けば教えてくれたりします。ただ、全部を聞きに行くと向こうも困りますよね。準備もしていないのに聞きに来るなという感じですけれども、「これだけやっているのにここはどうしても分からない」と言って聞きに行くと、どの先生も嫌な顔はしません。あとは本当に、もういくらやっても分からなければそこは諦めです。学生の皆さんもこれまで受験勉強をされてきて、もちろん100点を取ろうと完璧を目指している方もいれば、1~2問ぐらい落としてもいいという気持ちでやってきた方もいるのではないかと私は思うのですが、そういう諦めかなと思います。

DELE:自分なりの努力を精一杯行った後の諦めですね。「ここまでやったのだから、後は人に聞こう」ということですね。

 

アメリカ人は、努力を積み重ねた人に対して敬意をもって接してくれます



安藤:そうですね。聞いてもいいのだということです。

アメリカ人は、努力して目標を達成した人のことを、独立独歩の人、self-made manと言いますが、努力を積み重ねた人に対して敬意を持って接してくれる、ということを私も実感しました。努力をしている人を、必ず見てくれている人がいます。もちろん、成績という評価で現れるのも一つですが、そうでなくとも、あの人は頑張っている・・・ということを見てくれている人はちゃんといて、そういう人には惜しみない拍手を送ってくれる・・・そんな国です。

成績がちゃんとついてくるようになると、いろいろな賞をもらえるようになりました。Honor Societyへの入会案内が届いたりしました。そういうものも、ひとつひとつ自分の自信につながっていきました。

アメリカではどこの大学でも4月ごろになるとacademic excellence weekがあって、その一年頑張った学生を表彰します。わたしも大学生?院生まで、毎年何かしらの賞をいただきました。ありがたいことです。

アメリカは、その点では、褒めて褒めまくって育てる。褒めてやる気を起こさせるのがすごく上手だなと思います。



 

学部時代は図書館と教室と寮の部屋の3点のトライアングルの中だけで完結していました



DELE:そうやって1年間かけて英語力を付けてこられました。その1年間の最中、あるいは1年間を越えて、アメリカでの対人関係はどのように変わりましたか。

安藤:なかなか難しかったです。

DELE:最初はなかなか、まず先生が言っている話が分からないだけでなく、友達や周りのアメリカ人が言っているジョークなども分からないですよね。

安藤:まず分からないです。真に受けてしまうこともありました。例えば 「What’s up?」 や「How are you?」などと言われたときに「今は元気だけれども、実は昨日は・・・」とか何かべらべらとしゃべってしまうのですが、あの人たちは、さっと通り過ぎてしまうのです。

DELE:(笑)

安藤:「Good.」や「Hi.」「Thank you.」などそれぐらいで、その先の会話は全く期待していないのに、私は一つ一つのやってきたことに対して真面目に答えようとしてしまうことがあり、時としてそれは必要ないということに後から気付くこともありました。

DELE:学校の講義を聴くだけではなく、いろいろなアメリカ人、あるいは他の留学生との友人関係が増えてきたのはいつ頃ですか。

安藤:最初の交換留学の時は、大学からお金を出してもらった交換留学でした。成績が取れなかったら帰ってきなさいということでしたので、本当に勉強しなければと思っていました。図書館と教室と寮の部屋の3点のトライアングルの中でしか動いていないような状況で友達もあまりいなかったので、実際に現地の友達と仲良くなるのには少し時間がかかったように感じます。友人関係が豊かになったのは、大学院に入ってからかもしれません。大学生の時はやはり言葉の問題もあるし、対人関係はなかなか難しかったかなという気がします。

 

大学院では専門科目ばかりを学ぶので逆に英語が楽になりました



DELE:なるほど。そうやって学部を終えて、そしてそのまま修士課程に入ったわけですよね。

安藤:そうです。違う大学ですけれども。

DELE:違う大学の大学院でしたらまた状況が変わりましたか。

安藤:私の学部のダブルディグリーの大学はニューヨークにあったのですが、すごく寒いところで冬にはマイナス20度にもなりました。しかも9.11の直後でした。だから、社会自体がもう何というか、閉鎖的というか、攻撃的というかそういう雰囲気の中でした。私だけではなく、留学生はみんな肩身の狭い生活や思いをしていたのかなと思います。パキスタンなどの出身の子ですと襲撃されたりするような留学生もいましたし、北朝鮮をイランやイラクと並んで「悪の枢軸」とするに関する発言がブッシュ大統領からあったりして、その影響でアジア人に対しても風当たりがきついかなと感じるようなこともあったので居心地が悪かったのです。

私も差別の標的になることもありました。リンゴや卵を投げられたり、「国に帰れ!」といきなり言われたり、「Hey China doll!」と怒鳴られたりもしました。目尻を引っ張る仕草をされたり、授業前にトイレに行って戻ってくると、私のかばんが教室の隅によけられていたりしたこともありました。英語ができるようになると、私に向けられた差別発言なども耳にちゃんと入ってきてしまって、しかも理解できてしまうので・・・それはそれで辛かったです。しかし大学院入学でテキサスに引っ越すと、また何か全然ニューヨークとは違って、表面的かもしれませんが歓迎はしてくれるという雰囲気で、居心地が良かったような気はします。

DELE:9.11直後のニューヨークと南のテキサスとではずいぶん違ったということですね。学部と大学院では勉強の内容も少し違ってきたりしますが、英語はどうでしたか。

安藤:全然違います。先ほど、学部ではいろいろな勉強をするという話がありましたよね。ですので、いろいろな科目を取らなくてはいけません。一般教養のクラスも取らないといけないし、専門以外のものも取らないといけませんでした。ですが、大学院での私の専門はソーシャルワークで、専門職です。日本では専門職大学院と言うのでしょうか。修士ではそのソーシャルワークの専門職に入ったので、英語に関して言うと、ソーシャルワークに関連する単語がほとんどになったので、大変だと思ったことはなかったような気もします

日本でいちばん苦手だった数学ですが、アメリカの大学で心理学を専攻すると必須で統計を取らなければならず、とても心配でした。しかし、電話帳ほど分厚い教科書を使って懇切丁寧に説明をされると、とてもよくわかりました。日本で数学ができなかったのは、単純に、日本語での数学の概念や単語が理解できなかったのだと気付きました。英語だと、数学に関する単語や説明がとってもシンプルなのです。そこで、数学が一番の得意分野になりました。統計の授業のテストではいつも100点満点以上でした。というのは、アメリカ人の学生ができなさすぎるので、先生が成績評価に困ってカーブ(成績比率に基づく度数分布表)を付けるのですが、それをすると、私は大きくカーブをそれて、いつも満点以上になってしまうのです。この特技(?)は大学院で、さらに高度な統計をしなければならなくなったときにも役立ちました。理論系や、思想系のクラスのディスカッションでは寡黙な私が、統計のクラスでは、生き生きとなるわけです。そして、アメリカ人のクラスメートが、絶え間なく私に統計の質問をしにくるようになったのです。「統計でわからないことがあればSachiに聞け」、という周りの態度が、私に自信を与えてくれました。

DELE:非常に面白いです。やはり内容理解が大切なわけですね。大学院と学部の英語の違いに話を戻しますと、学部のほうが大変だったわけですね。

安藤:嫌な教科もやらないといけないし、学部のほうが絶対に難しいです。ですので、大学院に入ってからのほうが比較的楽でしたし、それぐらい話が聞けるようにもなっていたということだと思います。あと、学部は大きな大学だったので、どうしても多肢選択方式の試験が多くて、そうなるともう間違えられないというか、1個答えられないとなかなか点数が取れませんでした。ですが大学院になると論文形式の課題が多くなります。もちろんそれはそれで大変なのですが、きちんと書けば理解してもらえるというのはあったような気がします。



 



英語母語話者も結構ライティングは苦手



DELE:それでも書くことの難しさはありませんでしたか。日本の高校の英語ライティングは、話し言葉をそのまま書くようなスキルです。しかし、論文調で書くのは違うスキルです。

安藤:違うと思います。やはり書くことは難しいですし、今でもそんなに得意ではありません。でも、これは外国人だからということではなくて、アメリカ人もライティングは苦手なのではないかなと思います

DELE:おっしゃるとおりですね。

安藤:学術的な文章は、一定の書き方に則っていなければなりません。例えば、自分の意見を述べて、それをバックアップする論文を見つけてきちんとサポートをする、そして結論を述べるといったことです。しかしその型さえ身につければ、むしろ書きやすいとは思います。

DELE:ですよね。ずいぶん昔ですが、ロンドン大学にいた森嶋通夫先生という経済学の教授が、「自分は論文の読み書きは全部英語で行うが、経済学とは違うことを書こうとすると、英国人の秘書にお願いすることが多い」などとおっしゃっていました。どんな分野でも達意の文章を書くというのは容易ではありませんよね。

 

パブリック・スピーキングを苦手とする英語母語話者も多い



安藤:できないですよね。また余談になるかもしれませんが、私がアメリカにいた時、トーストマスターズというパブリック・スピーキングの技能を向上させる集まりを見に行ってみたことがありました。そこで、アメリカ人でもかなり多くの人、7割、8割の人が人前で話すことが怖いのだと聞きました。実際に論文検索などをしてみても、「fear of public speaking」、人前で話すことが怖いという論文がたくさん出てきます。それに対する治療法についてもいろいろ出てくるのを見ていると、英語話者、アメリカ人であっても人前で話すということがすごく怖い、そして、話を上手にできるようになるには練習を要しているということが、非常に面白いと思いました。これは第2言語として英語を話すから怖いというわけではなく、そもそもトレーニングが必要なことなのだと思うと少し気が和らぐなと思いました。


 



学術的ライティングは日常生活のライティングとは全然違う技術で、訓練が必要



安藤:あとアメリカの大学は、やはり一般教養で学部の最初からイングリッシュ・コンポジションなどを勉強します。そして大学の中にはライティングセンターなどもあって、そこではレポートの提出があったときなどに、言語学や文学を専門とする大学院生などがチューターとして学部生のみならず院生のライティングをチェックしてくれるのです。先生も、必ず論文を出す前にはライティングセンターで見てもらってきなさいという指導をします。アメリカ人の学生であっても訓練しないと書けないのだと思うと少し気が和らぐなと思いました。

また、私自身、後にアメリカで教員になった時に感じたのですが、むしろ第2言語でやっている留学生のほうが丁寧に英語を書いてくるのです。アメリカ人の学生はネイティブだからチェックもせずにpeopleをpplと書いてきたりするのです。そういうことを見ていると、学術的に文書を書くということは全然違う技術で、訓練がとても必要になります。これは私たちが普段日本語で何かを書くときにも当てはまります。そして、生活していると全然知らない単語に出会うことは今この歳になってもあるわけですから、やはり日々勉強しないといけませんし、言語学習は一生続くと思います。

DELE:そうですね。ですから、われわれは、英語は外国語だから難しいと思いますけれども、実は相手に対して分かりやすく誤解のないように伝えるためには、一定の型に即して話す、書くことが重要です。それはネイティブスピーカーであっても、そういった訓練を受けていないとなかなかできません。だからその技術を学んで、なおかつ自分の専門の知識があるとそれなりに英語が使えるようになるわけです。もちろんネイティブ並みにというわけにはなかなかいかないでしょうけれども、反面、ネイティブスピーカーでもやたらと冗長な言い方しかできない人がいることに気づけたりもします。

 [続く

博士課程では初めて血を吐くぐらい本を読んで勉強したと思いました(笑)



DELE:次に、博士課程に入った時にはどうでしたか。修士課程と博士課程は連続的なものでしたか。それとも、やはり少し違うものでしたか。

安藤:全然違います。社会福祉の場合、アメリカではマスターが実践をするための最終学位で、ほとんどの人はマスターを取って実践に入っていきます。しかし、Ph.D.に行くというのは、そこから新たな段階に入ることで、連続していませんでした。研究者であって、実践者とは完全に切れていていました。修士の段階は実践者養成というようなものなので、修士論文も必須ではなく、授業で課される課題以外には論文を書いたりもさほどしなかったので、初めて研究の道に入って、アメリカに来た当初よりも、多分初めて血を吐くぐらい本を読んだり勉強したと思いました(笑)

DELE:やはりそうですよね。

安藤:ですので、学部時代よりもはるかに勉強したなと思いました。博士課程ですので、もちろんそうであらねばならないとは思いますけれども。

DELE:でも、その頃は英語を勉強しているのではなくて、英語を通じて論文を読んで、論文を書いて、話してというふうに、英語は道具になっていましたか。

安藤:はい。そうですね。そして博士課程までいくと、周りの結束がものすごく強かったです。勉強はやはり厳しかったので、入学したときには20人いたのですが、1カ月たつと2人ほどがいなくなり、1学期が終わると、もう5人ほどがいなくなっていました。1年が終わると進級試験があるのですが、その時にはどんどん減って10人になって、私と一緒に入学した人で最終的に卒業したのは5人だったと思います。ですので、それを思うと、外国人は私1人でしたが、みんなすごく良くしてくれて、その人たちで一緒に頑張ろうという連帯感はあったと思います。それは外国人だからということではなくて、目標に向かって一緒に目指している仲間という感じでやっていました。この頃になると、教授たちは、「あなたたちは私の生徒ではなくすでに私のcolleagues」と言っていたのを今でも覚えています。同級生との結束もそうですが、教授たちとの結束も強かったと感じます。

 

何も心配せずに勉強に打ち込めるのは何て幸せなのだろうなと思っていました



DELE:月並みな質問ですが、なぜ先生はそのように最後まで残れたのでしょうか。

安藤:頑張るしかなかったからだと思います(笑)。そうでなければ日本に帰るしかないですし、でも自分はここでやりたいという気持ちがありました。恵まれていたことといえば、同級生の多くが自分よりも年配で、その同級生の人生経験から学べることがたくさんあったことです。私のように大学を卒業してそのまま大学院に上がってきた人は少なくて、同じ歳の院生がもう1人いただけでした。他はみんな一回りも二回りも上の人が多くて、家族やいろいろな事情を抱えながら来ていたりしたわけです。そういった中で、何も心配せずに勉強に打ち込めるのは何て幸せなのだろうなと思っていました。もちろん奨学金などもありましたし、いろいろな社会的な責任を背負っている同級生に比べて、この未熟さでいいのかなという思いもありましたが、何てラッキーなのだろうと感謝しながら勉強をしていた気がします。

 



何とか英語でけんかができるようになった時に、少し成長をしたのかなと思いました



DELE:くどいようですが、落ち込んだ時やつらかった時はありましたか。

安藤:もちろん、日々ありました。

DELE:それがピークにきてしまい、もう駄目だとかいうことはありませんでしたか。

安藤:しょっちゅうありました(笑)。例えば指導教員などの先生とあまりうまくいかないということもありました。でも多くの場合、自分が悪いからではないのですよね。先生も人間ですから先生の事情があるし、毎回私とのミーティングに来てくれないと思っていたら、ただただ物忘れの激しい先生だったりしました。ですから自分視点で、「先生は私が嫌いだから来てくれないし、きちんと指導をしてくれない」とかではなくて、「何か先生にも事情があるのだ」と思ったりしました。でも時には、「先生、私の話を真剣に聴いてください。だって私は自分で授業料を払っているのです。先生に教えてもらうためにここにいるのだから教えてください」と言う勇気も必要かなと大学院の時には思いました。

DELE:自分の世界だけで閉じ込んでしまって自分が悪いから駄目なのだとは思わずに、あの人にはこういった事情があるのかもしれないと考えた上で、実際に交渉をするということですね。でも交渉は、以前から、例えば高校生の頃からできていましたか。

安藤:できていなかったと思います。日本人はどうしてもイエスと言ってしまうとか、あまりはっきりと言わないということを言われがちですが、私も当初は、やはりそういう典型的なところがあったと思います。それでも相談ができる先生などはいて、そういう先生のところに行くと、「教育というのはあなた自身の機会ですよね、あなたがこうしたいからいるのですよね、自分がきちんと主張しないといけないよ」と言われて、主張しないといけないのだと思ったこともありました。

DELE:一つには必要に迫られて、一つにはそういった助言も得ながら、自己主張もできるようになっていったということでしょうか。

安藤:そうでした。ですから、相手から何かを言われたりしたときに受け入れるだけだったのが、何とかけんかができるようになった時に、少し成長をしたのかなと思いました

DELE:それは強いですよね。かっとなったり、机を叩いたりといった下手なけんかは駄目ですけれども、ことばでうまくけんかができることは、実はとても大切ですよね。

 

半年間文書を書き続けて、不当な医療費請求を退けました



安藤:本当にそうだと思います。受け入れているばかりだとやはり損をしますし、生きていけません。一つ、これは例になると思うのですが、私はアメリカで交通事故を経験しました。車で1時間ほど離れた場所にあるインターンシップ先に車で向かっていると、高速道路の中央分離帯のブロックが1個だけ飛び出ていて、そこに時速約80マイル、約130キロで激突したのです。車の片方はもう大破したという感じで、私自身は直接外から見える外傷はなかったのですが、背骨の一つを圧迫骨折していました。それで動けないような状態になったのですが、近くに友人が勤めていたので、その人がすくに駆け付けてくれました。そして、苦し紛れに救急車に乗ってしまったら何千ドルの請求が来るか分からないと思い、「友人が送ってくれるから救急車には乗りません」など、いろいろと交渉をしたりしました。そして、その後にいろいろな先生に診てもらうと、多くの請求書が届き始めました。

 当時私は、カイロプラティックの先生に診てもらっていました。アメリカではカイロプラティックはお医者さんと同じレベルのきちんとした国家資格ですので、その先生に診てもらい、そこでレントゲンも撮って、外傷はないけれどもここを骨折しているねという診断をしてもらい、それを持ってER (Emergency Room:救急処置室)に行きました。

ERの先生は何もせず、その画像診断のセカンドオピニオンをくれただけなのですが、そのERは医学病院とつながっていたので、研修医がその画像を見て、さらにそこにスタッフドクター(研修医を監督している医師)が来て3度目の判断をするという過程がありました。実際には何もせず、触られてもいないし、持ってきたレントゲンを見ただけで何の処方もされていないのです。しかも、レントゲンを表裏、逆に見ていたのです!素人の私でも、そっちは裏面だって分かりました。

でも後に請求書が来て、スタッフドクターに対する請求書、お医者さんとその場にいた研修医たちに対する医療費を全部請求されたのです。詳細は何もなく、例えばどういうことに幾らかかっているかという説明はなく、ただ単に2,000ドルと書いた請求書が来るわけです。最初に私を見たERドクターに対しても、上記の2000ドル以外に650ドルという請求書が別途届きました。でもERドクターには、どういう理由で来たのか?というやり取りがあったため、私はこれについては支払わなければならないと思って、この650ドルは支払いました。けれども、研修医とスタッフドクターについては、一切何もなかったので、それについての2000ドルの請求が理解できず、一連のやり取りが続きました。

ですので、それについて私はきちんと文書を書いて、「私はこういう目的でレントゲンを持って行ったのです。ただ、この2,000ドルが何に対して支払うものなのか分からないので、何にいくらかかったのかの細目が全て欲しいです」ということを半年ほどずっと書き続けました。でも向こうは、一方的に2,000ドルという請求書をずっと送り続けてくるのです(笑)。でも私は、すごくしつこく「何月何日にこういう手紙がまた来たけれども、これは理解できないから教えてほしいです」ということをずっとやり続けて、ようやく半年後に、「すいません、間違いでした、支払いは必要ありません」という返事が来たのです。向こうも説明ができなかったのです。その時は何か少し達成感がありました(笑)。

DELE:それはそうですよね。

安藤:でも多くの人は、「病院には行ったし、2,000ドルか、アメリカの病院は高いと聞いているし」といって払ってしまうかもしれないと思います。

 

日本に帰ってきた最初の2~3年は、アメリカに帰りたいなと思っていました



DELE:そうですね。そうやって、かなりいろいろな文化的な交渉力も付けた上で、アメリカでお仕事を始めました。学生の身分から社会人になった時はどうでしたか。そこで変化はありましたか。

安藤:あったと思います。面白かったです。そんなにいろいろなことを苦だと思わないので、楽しいなと思ってやっている面があるのですが、でも、やっときちんと仕事に就けた、社会人になったのだと思ったような気はしました。そこの大学はペンシルバニア州にあったのですが、白人さんか黒人さんかしかいないというような環境で、ほとんどがアメリカ人の先生でした。小さな大学で、200人ほどの教員のうち、アジア人は私ともう1人の先生ぐらいしかいなかったので、面白い環境ではありました。そして、「アジア人はどうしても若く見られるから、アメリカ人の学生たちにばかにされないようにしっかりとしなさい」と言われた記憶があります。

DELE:そうやってアメリカでお仕事もそれなりに楽しくしていたけれども、今度は日本に帰ってこられます。周りは英語をしゃべらない人ばかりです。環境が変わりました。その時はどうでしたか。

安藤:私は大学生の時にアメリカに渡って、20代から30代にかけてずっとアメリカにいたものですから、社会人というか大人として自分一人で生活するという経験を日本ではしてきませんでした。ですので、アメリカから日本に帰ってきた時に初めて大人として生活を始めました。それこそ銀行口座を開くとか、実印を作るとか、携帯電話を契約するとか、家の契約をするといったことを全部初めてやったのですけれども、何と煩雑なのだと思いました。

同時に、英語は何て楽なのだと思いました。日本語には平仮名、片仮名、漢字、英数字、漢数字といろいろありますけれども、それが入り混じった文章を読まされるのがすごく苦痛で、英語は何て楽なのだろうと思いました。

DELE:基本26文字しかないですからね。

安藤:そうですよね。ですから、日本語はすごく難しい。しかも、社会人として初めて日本に戻ってきて敬語を使うとか、まどろっこしい文書を作らないといけない。職場は国立大学で、私の直属の上司はそのような文書を「霞が関文学」などと言っていましたけれども、独特な書き方の文書を作らないといけないことが理解できなくて、すごく苦しみました。

あとは、ちょうどスーパーグローバル大学が始まった時に帰ってきたのですが、ふとした拍子に、私が外国人としてカウントされていることにすごくショックを受けました。海外に何年以上いた人は外国人とカウントするというような指標があり、それで外国人教員とカウントされたようです。外国人であり、女性であり、海外で学位を取った人といった形で、何かいくつも例外的な枠組みでカウントされていることにすごく衝撃を受けて、私は外国人なのだと思いました。それなのに、日本人として同じような行動も期待されました。今までアメリカであれば、良くも悪くも外国人として特別に扱ってもらえていたのが、いきなり同調するように求められるというのはすごく苦しくて、最初の2~3年は、もう本当にアメリカに帰りたいなと思っていました

DELE:面白いですね。バイリンガルであり、なおかつバイカルチュラルであるということは、ある意味で、両方の言語文化圏から一人前であることを要求されるわけですよね。それがなかなかしんどいということですかね。

安藤:そうですね。

DELE:一方では、「安藤先生はアメリカに16年いたのですから英語で交渉してください」と言われながら、一方では、「霞が関文学が分からないとは何事だ」と怒られるわけですね(笑)。

安藤:そんなことも分からないのかと言われるわけです(笑)。

 



アジアの人たちと話す中で、英語はあくまでもツールなのだと感じました



DELE:そしてまたお仕事の中で、今度はタイやインドネシアとの交渉などで英語を使うわけですが、タイやインドネシアの交渉相手は英語が母語ではないですよね。

安藤:そうですね。

DELE:そういう点でのギャップなどはありましたか。

安藤:実は、むしろ心地良かった記憶があります。アメリカにいた時は、私もさほど英語が得意なわけでもなくネイティブのようには話せないので、いつまでたっても外国人でした。アクセントもあって上手にしゃべれないし、もちろん言葉足らずということもあったりして、常に外国人が英語で話しているという状態でコンプレックスを抱いていました。前職の大学では、ヨーロッパの人たちとの交流もありましたが、やはりアジアの国々での交流を通して英語はアメリカ中心なわけではないのだと感じ、いろいろ英語があるのだと思いました

 英語を第2言語とする人たち同士でコミュニケーションを取ると、向こうも下手なのですが、変な英語でも、簡単な単語の羅列でも、自信満々にしゃべるのです。ただ一生懸命伝えたいとか、一生懸命話を聴いてほしいという思いが伝わってくるので、何かすごく面白かったです。私はこういう経験から、英語はあくまでもツールなのだと感じました。もちろん「英語学習をしなくてよいですよ。正確にしゃべらなくていいですよ」と言っているわけではありません。でも、まず伝えたいとか、相手のことを知りたいとかいう思いもすごく大事かなと感じた経験です。

DELE:そういった中で、新しいアイデンティティー感は出てきましたか。それともそんなものは出てこなかったですか。

安藤:私は常に日本人だというアイデンティティーです(笑)。日本人だと言うのはおかしいかもしれませんが、でも私はアメリカにいた時から、実はずっと私は日本人でしかあり得ないと思っていました。アジア人でもなく日本人だと思っていたので、そう思うと、やはり、より日本人だと思ったのかもしれません。

DELE:でも日本に帰ってきた直後は、日本人なのだけれども日本のことがよく分からなかったりすることで少し大変だったということですね。

安藤:そうですね。

 

英語との関わりは、自分で決めるもの



DELE:では次の質問です。現代では世界の多くの地域で英語が多く使われていますが、そういった中で先生は、自分にとって英語はツールにすぎないというお考えを述べられました。現代社会で、英語が使われていることに関して、もし何かご意見がればお伺いしたいです。

安藤:もちろん英語を使って仕事をするなど、学習をする機会は増えていると思います。特に科学技術などを勉強していて専門にしようとしている人であれば、英語基準で科学の研究が進んでいるところもあるのでどうしても使わないといけないと思います。

けれども、一方で、英語を使わなくても生活ができるのが日本なのかなとは思っていて、自分が望めば英語を使わない生活ができるとも思いますし、それでいいならそれでいいと思います。

でも逆に、自分が選べば英語を使う環境に身を置くことも可能です。京都大学にもたくさんの留学生や外国にルーツを持つ先生がいらっしゃるので、そういう先生方と交流をしたり授業を取ったりすることもできると思いますし、研究をするにもそのような分野に進むこともできるだろうし、外資系の企業を目指すこともできると思います。

 

機会があったら、まずは始めてみたらいいのではないかと思っています



DELE:では最後の質問です。京都大学の学部生および大学院生に、英語の学習や使用、あるいは学生生活そのものに関して、何かご助言があったらお願いします。

安藤:いくつかあります。私は英語の先生ではないので、英語学習はこうあるべきと言えるほどのものではないのですが、例えば英語の学習をしないといけないとか、したほうがいいのかな、したいなと思っているのであれば、どのような動機であっても、まずは始めてみたらいいのではないかと思います。例えばですけれども、国際学会で論文発表するために英語学習をしなければいけないと思うとか、指導教員の先生から、英語で発表するのだから英語を勉強したほうがいいよと言われたのであれば、英語を発表することを目標にしてノウハウなどを身に付ける学習をしてはよいと思います。

 

アメリカの学会発表文化は日本の文化とは大きく異なる



安藤:私はアメリカの学会でいろいろな発表をしてきましたけれども、初めて日本の学会に参加した時にすごく驚きました。何に驚いたかというと、日本の学会では発表者がレジュメを用意してみんなに配って、上から下までずっと黙々とレジュメを読むのですよね。それにすごく驚きました。そして、もちろん質疑応答の時間が設けられるのですが、その発表された方ではなく司会者が質問をします。オーディエンスとのアイコンタクトすらありません。これは何だ?と思いました。

アメリカの学会はもっとダイナミックです。はっきり言ってしまえば、「読み上げるだけの発表であれば論文を読むから、そんな時間は使わないでくれ」というようなものですよね。だからオーディエンスとのアイコンタクトもすごく大事だし、発表の途中であっても質問されたり、したり、動き回ってボディーラングエッジを使ってという、伝えようとするためのことをすごくします。ですので、パワーポイントや資料はあくまでもそのしゃべっていることを補助する役割であって、日本で配られるレジュメとは違います。

だから、そういうノウハウを知らずして英語発表に行ってしまうときっと驚きます(笑)。ですから、英語学習をしないといけないな、したほうがいいなと思っているのであれば、例えばそのようなことを含めた英語学習から始めてみてはどうかと私は思います。

 

専門性を支えるのは、裾野の広い、幅の広い汎用性



DELE:他には何かございますか。

安藤:他に考えていたことは、先ほどお話ししたように、私の専門はソーシャルワークで専門職なのですごく特異な分野でした。ですので、専門職としてのプライドというか、「心理学者とは違うんだ」とか、「カウンセラーとは違うんだ」とか、「看護師さんとは違うんだ」とか言うわけです。自分たちの倫理はこうだからとか、自分たちの行動規範はこうだからとかいうことを言って、アイデンティティーが形成されていきます。

その時に思ったのは、学問を極めるということは洗脳に少し近いかもしれないということです。思想だとか倫理とか行動というものを教化する側面が強い。でも、専門家を育てるということはそういうことだと思い、何か少し怖いとある時思ったことがありました。もちろんそれは自分たちの専門職を守ったりする上ではすごく大事なのだけれども、すごく狭い世界に生きているなと感じました。

 そして、ソーシャルワークは人の心や社会、社会問題に関わるわけですけれども、もちろんその専門だけで完結するわけではなくて、いろいろな専門家との連携が必要です。なのに、どうしてもあまりに専門性が定まってしまうと、他分野の人々と関われないというところがあるのではないかと思っていました。

今、大学院で研究をしている学生などは、やはりどんどん自分の専門に先鋭化していくと思うのです。どんどん先細っていく、深く掘っていく、それはすごく素晴らしいし、何かの専門家になるというのはそういうことだと思います。しかし、先細れば細るほど、関連の分野であっても他の専門とはどんどん離れていくような気がするのです。

京都大学の高等教育研究開発推進センターの松下佳代先生が専門性に基づく汎用性ということをおっしゃっています。専門性を支えるのは、裾野の広い、幅の広い汎用性であるということです。他分野、他領域、少なくとも近隣領域の人たちともつながる汎用性を育てなさいということをおっしゃっていると思うのですが、やはりいろいろな世界を見ておかないといけないと思います。

時には少しずれたことを勉強してみるとか、それが怖いのであれば、少し近隣の分野から、いろいろな本を読んだり人に会うというようなことを京都大学生もしたほうがよいのかなと少し思ったりします。異なる世界とつながっておくというのはすごく大事かなと思います。

 




いろいろな人とつながれる教養の深さや広さを、大学や大学院の間に育てる



安藤:関連したところでもう一ついいですか。

DELE:ええ、どうぞ。

安藤:以前、オックスフォード大学におられたある京都大学の先生が非常に面白いことをおっしゃっていました。『ハリー・ポッター』などの映画の中に出てくるハイテーブル・ディナーというのがあります。先生たちが正装のガウンを着て、みんなで食事をします。実際にオックスフォードでは、院生などがその場に呼ばれるらしいのです。で、その時に著名な先生がぽっと横に座ってきたりするのだそうです。そのように話さないといけないような状況に置かれた時に、いかに社会的な話題を出せるか、しかも高度な話が出せるかがすごく大事だよということをおっしゃっていました。

そのような時に、例えば自分の専門とは違う人だとか、一般の人と出会った時に、自分の専門分野のことについてしか話せないような人が魅力的なのだろうかということを私は少し考えさせられました。やはりどうしても1つの研究しかしていなければそのことしか話せない。いろいろな人とつながれる教養の深さや広さを、やはり大学や大学院の間に育てるということがすごく大事かなと思います。

 

Fake it until you make it!



安藤:もう一つだけいいですか。

DELE:はい、どうぞ。

安藤:私もそんなに順調に目標に向かって論文を書いたりできるような大学院生ではなかったので、「書けない」とか、「もうやめようか」とかすごく悩んでいろいろと思っていた時期もありました。これは英語が問題というよりはアイデアがまとめられないといったことだったのですけども、そのような時に私の先生がこう言いました。「Fake it until you make it.」

DELE:「Fake it until you make it.」、なるほど。

安藤:「できるようになるまで、取りあえずその振りをしてみろ」と言われたのです。最初は意味がよく分からなかったのですが、まずは何か書く、今日はアイデアだけ書き出してみる、そして箇条書きにしてみるとか、今日はワンパラグラフ書いてみるとか、文章にしなくてもよいから取りあえず何か書くという作業を続けなさいと言われて、そのとおりにやっていたら、取りあえずワンパラグラフは書けるようになっていった、そのような経験があります。

英語学習もそうだと思っていて、もちろん誰も最初から得意に話せたり、書けたり、読めたり、聞けたりするようなことではないと思うので、やらなくてはいけないとか、やってみたいと思っているのであれば、何かを始めて、とにかくひたすら続けるということかなと思いました。

DELE:そうですね。「Fake it until you make it.」というのは少し皮肉が入って韻を踏んでいる面白い表現ですね。「まずはとにかく形だけでもいいからやってみろ。そのうちに中身が付いてくるようになるから」ということですよね。とても大切なことです。もちろん言うまでもないことですが、「本当は実はここは足りないのだ」といった誠実で正直な反省心は必要で、完全なるフェイクになってしまってはいけませんけれども。

安藤:それは駄目ですよね。

 

英語で情報を得る習慣を日常化する



DELE:何か他に言いたかったことがあればお聞かせください。

安藤:英語の練習というか、私が普段やっていることとしては、学生の頃から日本でやっていたことは一つ一つ訳さないということかなと思いました。英語で聞いているのであれば、取りあえず英語の脳みそで聞くということです。アメリカに渡った時は、当初は私も1個ずつ日本語を、この単語の意味は何だろうと一つ一つ調べたりしていたのですが、一つ一つ覚えずに、ニュアンス、コンテキストで理解するということをしていました。

最近は、日本に帰ってきてしまうとなかなか英語で聞く機会も減るのですけれども、私の家のテレビはケーブルが入ってNHKワールドとかNHKのドキュメンタリーなどが流れるので、そういうチャンネルの番組をずっと聞いていたりします。あとはFacebookなどで、とにかくCNNだとかBBCとか何でもよいのですが、英語のニュース媒体で情報を得ます。私であればソーシャルワーク関連のプロフェッショナルの団体が出しているようなもの、ニューズレターのようなものをFacebookで流れるようにしておいて、何か面白い記事が上がってきたら、ぱっと流し読みをするということが日課になっています。ですから、「今ではこういうことをこういうふうに表現するんだ」とかを知ることができます。「こんな議論があるのだ」とかということで日々流れてきたものを、真剣にごりごりと読む必要はないかもしれませんが、軽く目を通して、こんなことが世界で起きているんだということを日頃から注意深く気に留めるようにはしています。

DELE:ありがとうございました。非常に面白かったです。

安藤:ありがとうございます。

 

 

 



インタビューを終えて



 

安藤



このような機会をいただきありがとうございました。改めて読み返してみると「私の昔の経験が、今の学生さんの役に立つことがあるだろうか」と思います。「世界はどんどん進んでいて、そんなに苦労しなくても、もっと便利な方法があるのに」、ということもあるかもしれません。そんな中でも、なにかしら学生さんの心に響くことあれば光栄です。

 

DELE



大変楽しいインタビューでした。お忙しい中に時間を割いてくださった安藤先生に改めて御礼申し上げます。

ここではディクテーションについて若干の補足しておきます。

ディクテーションは、聞こえてくる英語をすべて書き取る訓練です。可能な限り文字起こしをするために何度も英語を聞き直します。ですが、安藤先生も言うように、完璧主義で臨むと失敗します。丁寧に発声された英語教材を完全に聞き取ることも難しいわけですから、即興の生の英語を完璧にディクテーションすることはほぼ不可能です。ですから、ディクテーションをするにせよ、自分が聞き返す回数や時間を予め定めておいて、それを越えたら諦めて教科書や他人から答えを聞く方が生産的です。

このウェブの他のページには、リスニングの学習法についての特集があります。ぜひお読みください。


追記(2022/05/09)

AIの発展は凄まじく、スマホのアプリで簡単に英語音声の文字化ができるようになりました。しかし、英語の音声的特徴を身につける重要性は変わっていません。どうぞ英語を音楽のように心地よく聞き、歌うように話せるようになるまで英語リスニングを学習することをお勧めします。

英語学習相談FAQ:リスニング:8. どこでも英語音声を文字化したい (Otter)

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/consultation_jp_FAQ#frame-649

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